魔王っぽい何か
『へぇ、まさかこんな所まで来れる者がいるとはね』
黒いモヤがしゃべった。
音ではなく、直接頭の中に響くような声だった。
身体が震えた。
怖い。
得体の知れない者がしゃべるとこんなにも恐ろしいものなのか。
『もしかしてヒトかな。すごいね、歓迎するよ』
そう言うと、黒いモヤは人のような形へ姿を変えた。あくまで形だけ。1つだった目は2つになった。
『それで、こんな所まで何の用かな? 武勇伝を作りに来たのなら相手をしてあげるよ』
大きな三日月型の口が現れた。
足が震える。喉が渇く。声を出そうにも舌が動かず、逃げ出そうにも足が動かない。
『あはは、魔素が濃すぎて動けないかな。でもここまで来れただけでも大したものだよ』
黒い人のようなモノが嗤う。
『退屈してたから少し遊んで欲しかったけど、動けないんじゃ仕方ないね。衰弱する前に帰った方がいいよ』
・・・あれ、帰っていいんすか?
思わぬ提案で極度の緊張が和らぐと、辛うじて舌が動くようになった。
「あ、あの、つかぬ事を伺いますが・・・」
『なんだい?なんでも答えてあげるよ』
「ここは何処でしょうか?」
『・・・はい?』
二人で見つめ合ったまま、間抜けな沈黙が流れた。
『えっと、何処と言われても大雑把すぎてどう答えればいいかわからないよ。こちらからも質問していい?』
「どぞ」
『キミ、この魔素濃度の中にいて平気なの?』
「マソって何ですか?」
『えー・・・』
なんか呆れられている。
「とりあえず体調に問題はないです」
『すごいね。みんな苦しそうにするのに・・・』
「あ、もしかして高山病ですかね。魔素濃度って酸素濃度の事か」
苦しそう、濃度、ときたら高山病の事に違いない。
『・・・たぶん違うと思う。話、噛み合ってない気がする』
違うらしい。
『それで、結局キミは何しに来たの?』
「来たくて来たんではないんです。尾根を歩いてたら突然地面が光って、気付いたら洞窟の中に。あっちにある小部屋みたいなところです」
ざっくり最初にいた部屋の方向を指差す。
『うん、何言ってるのか分からない』
「ですよねー・・・」
再び、間抜けな沈黙が訪れた。
『あ、ちょっと待って、転移したって事? 小部屋って「探索の間」の事か?』
「いや、名前は知りませんけど・・・」
『あれまだ動いてたのか! 成功したって事だ! すごい、すごすぎる! まさか成功するなんて!』
ラスボスムーブしていた黒い人が、突然、子供のようにはしゃぎ始めた。
なんだか緊張していたのが馬鹿みたいに思えてきた。
「あの、興奮してるところすみませんが、分かるように説明してもらえます?」
『ああ、ごめんごめん。1000年くらい前にね、この星に順応できる知的生命体を補足して転移させる魔方陣を完成させたんだよ! ただ、広い宇宙を闇雲にサーチしたところで生命体を補足できる確率なんてゼロに等しいし、稼働はさせたものの成功するわけないと思ってたんだよ! 奇跡、奇跡だよ!』
「・・・へー」
『キミは他の世界から来たんでしょう! どんな世界なんだい、キミのいた世界は! なんでもいいから教えておくれよ!』
「つまり、お前の仕業って事なのね」
もうコイツに敬語使わなくていいや。
黒い人は、冷ややかな目で見られていた事気付いて、気まずそうに咳払いをした。
『キミの見た目は完全にヒト属だね。こっちにもヒト属がいるんだよ。安心してね』
「いや、すぐ帰るから」
『魔力全然感じないけど、キミの世界のヒト属はみんな魔力弱いの?』
「いや、魔力なんて無いから。そもそも魔力って何?」
『コレ』
指を一本立てると、そこから小さな火柱が上がった。
おお、スゴイ、ファンタジーだ。
「僕の世界では誰も魔法なんて使えないよ」
『でも魔力はあるでしょ?』
「無いよ」
『無いの!? どうやって生きてるんだい!?』
「魔力無いと死ぬんすか?」
『死ぬでしょ。』
死ぬのか。
『ホントに魔力無いのかなぁ・・・ちょっとこっち来て』
ちょいちょいと手招きされたので素直に近づく。
黒い人から黒いモヤが伸びてきて、僕の全身を包み込んだ。
なにこれ、キモチワル。
「何この黒いの。気味悪いんだけど」
『うわ、ホントに死なない!』
「死なないって何!?」
『魔力を全部抜き取ってみたんだよ。普通は死ぬ。』
「さらっと物騒な実験すんな!」
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「あの、そろそろ元の世界に戻してください」
至極まっとうな要求をした。
すると、黒い人は気まずそうに目を逸らした。
『あー・・・あの転移魔方陣ね・・・、まさか成功するとは思ってなかったから・・・』
嫌な予感しかしない。
『帰る方法が無いんだ』
「やっぱりか!」
『転移って、転移先には必ず座標を示す魔方陣が必要なんだよ。一応、転移の動作履歴を解析して逆操作すれば元の場所に送り返す事はできるんだけど・・・』
「それやってください」
『そうすると、元居た場所には戻れるんだけど、星って移動してるから、間違いなく宇宙空間に放り出される事になるんだよ』
「うそでしょ!?」
『だから、転移先の魔方陣は絶対に必要なんだ。君のいた世界に魔方陣を描く方法が無い以上、送り返す事は不可能なんだ』
黒い人は目を逸らし続けながら絶望的な宣言をした。
「でも、僕が転移した時に地球上に魔方陣発動したよね?」
『転移元の魔方陣は、知的生命体に網張って、ヒットしたら展開する方式だからどこにいても発動するんだ。まさか本当にヒットするとは思わなかったけど』
「そんな・・・」
『本当にごめん』
黒い人は本当に悪いと思っているらしく、しゅんとしてしまった。
元の世界に当然未練はある。
一人身だが、実家には家族がいるし、やり残した仕事もある。
登山中の失踪で遺体が見つからないなれば、いつまでも家族を悲しませる事になるだろう。捜索隊にも迷惑がかかる。
しかし、怒鳴り散らしたところでどうにもならない。
思考を無理やり切り替えてこれからの事を考える事にした。
「謝られたところで簡単に許せるような事じゃないけど、謝罪は受けるよ」
『ごめんなさい』
最初の言動から察するに、この黒い人はその気になればいつでも僕を殺せる力を持っいるのだろう。
面倒なら殺してしまった方が早いし、簡単なはずだ。
それをせずに真摯に謝ってくれるという事は、そんなに悪いヤツではないのかもしれない。
「こっちで生きていく上での協力はしてくれよ」
『それはもちろん。希少な実験動物を簡単に死なせたりはしないよ』
前言撤回。コイツは悪いヤツだ。




