見覚えのない宙(ソラ)
(あのピークまで行けば山頂が見えそうだな)
空の青と、雪の白。二色しか無い世界。この景色が好きで、毎年雪山を登るのが恒例になってしまった。
家族からは単独登山は危ないから止めておけと釘を刺されているが、人に歩調を合わせるのが苦手で、どうしてもソロになってしまう。
(ふぅ、風つよ・・・)
足を止めて振り返ってみると、白いキャンバスに描いてきた1つだけの足跡が強風で既に掻き消えていた。
足跡も無いし、帰り道を間違わないようにしないと、と気を引き締めた刹那、雪原に幾筋かのまばゆい光のラインが走った。
雪山好きの22歳の青年からは地面を走る光の筋にしか見えなかったが、上空を旋回していたタカからは、青年を中心に巨大な魔方陣のような物が輝いているのがハッキリと見えていた。
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(え、なんで真っ暗?)
白と青の景色が、一瞬で完全な暗闇に変わった。
雪庇でも踏み抜いたのかと焦ったが、滑落したような衝撃も浮遊感もなかった。
怪我をしていないかと心配になり、目をつぶって集中してみたが、特に痛む場所はなかった。
スマホを取り出しライトを付ける。
足元は磨かれたような一枚岩、周りに照らし出されるものは無く、広い空間にいるのが分かった。途方に暮れ、しばし呆然としてしまった。
暗さに目が慣れてくると、洞窟の中の小部屋のような空間の真ん中にいるのが分かった。広さは学校の教室くらいだろうか。
上から落ちてきたのかと思い、天井を見上げたが、どこも穴は開いていなかった。 落ちてきたわけではないらしい。
スマホの電池を消耗するわけにはいかないので、背負っていたリュックの中からヘッドライトを取り出し、光源を交代した。スマホは命綱、電池を切らすわけにはいかない。
部屋には入り口が1つだけあり、そこから立って歩ける程度の洞窟が奥へと伸びていた。
(進むしかないか)
とにかく、外に出ない事には救助要請もできない。
洞窟を奥へと進んでいくとさっそくの分岐。戻るつもりもなかったので、特に目印を付けることもなく勘を頼りに進んだ。
程なくして、頬に冷たい空気が流れているのを感じた。
(外に通じているかもしれない!)
冷気の流れてくる方向へ駆け出すと、上り傾斜の先に出口らしき穴を見つける事ができた。
これで帰れる!
一気に駆け上り狭い穴から顔を出す。
「は・・・?」
そこには満天の星空が広がっていた。
時間ははまだ昼前、午前10時頃だったはずだ。
長時間、気でも失っていたのだろうか。
「それにしても、すごいな・・・」
それは言葉を失う程の星空だった。
登山が趣味なので綺麗な星空は見慣れていたが、今まで見た星空の比ではなかった。
にじみの無い天の川がベッタリと空に張り付き、アンドロメダ銀河はもちろん、さんかく座銀河までも肉眼でハッキリ見えた。
「・・・あれ?」
見慣れているはずの星空だったが、突然ものすごい違和感を覚えた。
天の川とアンドロメダ銀河の配置がおかしい。そして致命的だったのは・・・
「オリオン座が・・・無い?」
あるはずの場所にオリオン座がなかった。
それどころか、知っている星座が1つも無かった。
星が多すぎて分かりにくくはあったが、一等星くらいはわかる。
その配置が、自分の記憶とはまるで違っていた。
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呆然と星空を見つめる事、小一時間。
体が冷え切っている事に気付いて、一旦洞窟の中に引き返すことにした。
「・・・日本じゃないのか?」
さっきまで間違いなく長野のお山にいたはずだ。
戻り際にスマホを確認したが、電波は立っていなかった。電波どころか、位置情報すら確認できなかった。
星空の件を考えれば、日本どころか地球ですらない可能性があった。
何をするにも、明るくなってからでないと危なくて動けない。
最初にいた部屋は風も通らず、床も平坦だった事を思い出し、そこに戻って一晩明かすことにした。
日帰り登山の予定であったが、念のため冬用の寝袋は持ってきていたので潜り込んで丸まってしまおう。
目が覚めたら、悪い夢は終わっているかもしれない。
記憶を頼りにルートを逆に辿っていくと、見覚えのない広い通路に出てしまった。
分岐は1つしか無かったはずだが、ルートを間違えたのか他の分岐を見逃したのか。
「まぁ、いいか」
最初にいた部屋に何があるわけでもなし、休めそうな場所さえ見つかればいいのだ。
風の通らない平坦な場所を探して進んでいると、在り得ないものが目に飛び込んできた。
広い通路の脇に開いた大きな穴。その穴から明かりが漏れていた。
(自分以外にも誰かいるのか?)
こんな場所に住んでいる人・・・。
助かったという気持ちは微塵も無く、恐怖しかない。
しかし、ここがどこかも分からない現状で逃げ出すという選択肢は無く、恐る恐る中を覗き込んだ。
中は体育館程も広さがある大きな空間で、蛍光灯でも付いているかのように明るかった。
部屋の奥には石でできた大きな台座のようなものがあり、その上に黒いモヤのような物が鎮座していた。
形の定まらない黒いモヤの中央には大きな瞳が一つ。
眠っているように瞼を閉じていた。
その瞼がゆっくりと開き、巨大な瞳がこちらを見据えた。
(・・・ここはたぶん長野ではない。長野にこんな生き物がいてたまるか)




