魔力の無い勇者様
ノエルは、お気に入りの本を抱えて、ベッドから窓の外を眺めていた。
今日は朝から比較的気分がよく、体を起こす余裕があった。
手元の本に目を向ける。
『むかし、むかし、ある町に魔力溢れる勇者の青年が・・・』
冒険譚の常套句。
その青年の魔力は、やがて魔王をも凌駕し、魔王を倒してお姫様を救い出す。
とても好きなお話だった。
でもよく考えると、魔王の魔力を凌駕しているのだから、勝つのはあたりまえだ。
きっと魔王と戦うのも怖くない。
ヒロインもとても可愛らしいお姫様だ。
そりゃあ、やる気も出るでしょう。
再び視線を外に向ける。
私の勇者様は、魔力なんて全然ないのに、魔獣の溢れる森を抜け、死の山を登り、魔王に挑もうとしている。
バケモノみたいな容姿の私なんかのために。
たったひとりで。
魔力なんて全然ないのに。
ケイさんと初めて会った時、化物でも見るような目を向けられた。
慣れてはいるんだけど、あれはタイミングが悪すぎた。
ちょうど雷が鳴るとか、神様はどれだけ意地悪なのだ。
しかも、騙して連れてきたとか。
おじいさまとおばあさまは大好きだけど、人を騙すのはよくない。
でも、結果として、私にとってはお話の中の出来事でしかないはずの朝チュンをしてしまった。
すごい体験だ。
朝チュンのしきたりに従い、裸で寄り添っておくのが礼儀だろうか。
いやいや、さすがにハードルが高すぎる。
ベッドの端にいるだけでも限界だ。
朝チュン、恐るべし。
でもきっとケイさんが目を覚ましたら終わってしまう。
叫び声をあげて逃げ出してしまうだろう。
そう思っていた。
私が醜くなっていくにつれ、周りから人が消えていった。
お父様も、お母様も、お兄様方も、お姉様方も。
コワイ クサイ キモチワルイ
召使も料理人も消えてしまった。
おじいさまとおばあさまだけが最後まで一緒にいてくれた。
本当に大好き。
そして恐れていたことが起こってしまった。
ケイさんが目を覚ましたのだ。
でも朝チュンを迎えたヒロインは幸せそうにこう言わなければいけないのだ。
「おはようございます」
ケイさんと目が合った。
すごく怖かった。叫び声をあげられるのか。気持ち悪いと言われるのか。臭いって言われるのか。
ケイさんはきょとんとした顔でこう言った。
「あ、おはようございます。」
涙が出るほど嬉しかった。
手元の本に目を落とす。
この物語の勇者様は大好きだったはずなのに、もう本を開こうとは思わなかった。
ヒロインのお姫様がずっと羨ましかったけど、今ならこう言ってやりたい。
私の勇者様の方が、ずっとずっとカッコイイんだぞ。




