朝チュン
チュンチュン・・・ チュンチュン・・・
柔らかい朝日を顔に受けて、ケイは目を覚ました。
見慣れない天井と、ふかふかのベッド。
ここしばらく野宿が多く、肌寒い朝を迎える事が多かったケイは、久しぶりに迎えた穏やかな朝に再び目を閉じてまどろんだ。
「おはようございます」
隣から女性の声がした。
冷や汗が流れる。
「一夜を共にしてしまいましたね」
・・・やらかした?
昨日、誰かと酒でも飲んだっけ?
寝ぼけた頭で必死に昨日の夜の事を思い出す。
確か、ティナと別れて・・・
雷鳴の記憶と共、昨日の出来事を鮮明に思い出した。
ガバッ!
ケイは勢い良く起き上がった。
「きゃっ! ・・・びっくりした」
可愛らしい声。
反射的に横を振り向く。
そこにいたのは、昨日意識を失う前に見た小さな老婆。・・・のような女の子だった。
ベットの端の方で半身を起こし、口に手を当てて驚いた顔をしていた。
目元には皴がより、髪も抜け落ち、やせ細って確かに老婆のように見えるのだが、声は若々しく、肌にはシミも無くツヤもあってちぐはぐな印象を受けた。
「おはようございます」
女の子が柔らかな笑顔で再び挨拶をした。
「あ、おはようございます。」
挨拶されたら挨拶を返すのは常識だ。
「うふふ、憧れの朝チュンを体験してしまいました。いいものですね、うふふふ・・・」
「あ、喜んでもらえたなら、良かったです」
状況が分からず混乱していたケイは間抜けな返答をした。
「昨晩はおじいさまとおばあさまが大変失礼いたしました」
と、深く頭を下げる。
いえいえ・・・と返しかけてやめた。
「ですね」
たぶん、お茶に一服盛られたよね。大変失礼だよね。
「今呼びますので」
そう言うと、女の子は枕元にあったベルをチリンチリンと鳴らした。
「私はノエルと申します。お名前を伺っても?」
「ケイと言います」
「ケイさん。うふふ、ワンちゃんみたいで可愛い名前ですね」
「よく言われます」
犬っぽい名前と言われることにも慣れてきたなぁ。
ほどなくして、ノックと共に気まずそうな顔をした老夫婦が部屋へ入ってきた。
「正座、です」
女の子がビシッと床を指差した。老夫婦はおずおずと指示にしたがった。
ノエルちゃん、ご老体にあんま無茶させないでね。
「ケイさんに謝ってください」
「昨晩は大変申し訳ありませんでした」「申し訳ありませんでした」
老夫婦が頭を下げた。
「えーと、あんな事をした理由を伺っても?」
ケイはベットの縁に腰掛けて老夫婦と向き合った。
カイルはおずおずと話を始めた。
「実は、昨夜ノエルは重い病気だと言ったが、本当のところは病気ではなく呪いの類なんだ。フリューゲル家に代々伝わる呪いでね。各代の子供の一人に必ず発症するんだ。発症した子には特別な力が宿るんだがね、その代わりに寿命が急激に減っていくんだ」
ふぅ、とカイルはため息をついた。
「力を使わないという選択は無いんですか?」
ケイが言葉を挟んだ。
「ああ、言い方が悪かったね。力の代償に寿命が減るのではなく、力はいつでも使えるが、常に寿命が減っていくんだよ。ノエルは年老いているようにも見えるが、今は14歳だ」
「14歳・・・」
ノエルを振り返る。80歳と言われても驚かないし、体の大きさだけで言えば8歳と言われても驚かない。
ノエルは恥ずかしそうに布団を引き寄せて顔を半分隠した。
慌てて顔を逸らした。ああ、憐れみを顔に出してしまったか。最低だな僕は。
「延命する手段もあってね。その方法とは他人から寿命を奪う事なんだ。血を吸う事によってね。一人につき1回限り、1年分の寿命を吸い取る事ができる。あぁ、安心してください、あなた様からは寿命は吸い取っていません」
「あたりまえです!」
心外だとばかりにノエルが声をあげた。
「ノエルは生まれてから1度も血を吸っていないんだ。血を吸わなかった者は決まって15歳を過ぎた頃に死を迎える。もう時間が無いんだ」
カイルの目からは涙が溢れていた。
「どうしても血を吸ってもらいたくてね、君を騙して連れてきてしまった。本当にすまなかった。ノエルにはさんざん叱られてしまったよ」
カイルは深々と頭をさげた。
あまりの事に言葉も出ない。
この子は理不尽な死が目の前に迫っている不安の中で、差し出された手を振り払ったのか。どこの誰とも知れない余所者の、たった1年の寿命を思って。14歳の少女だぞ?
ノエルに目を向ける。
「あ、ケイさん、今寿命分けてもいいなんて思ってますね? 絶対に吸いませんからね! 人の命を奪いながら生きるなんて絶対にゴメンです!」
拗ねたようにプイッと顔を背ける。
可愛らしい仕草だった。
昨日、見すぼらしい老婆なんて感想を抱いた奴を殴り飛ばしてやりたい。
カイルが話を続けた。
「この呪いはね、その気になればいくらでも寿命を延ばせるという事でもあるんだ。ご先祖様の中には手当たり次第に血を吸って何百年も生きた者もいる。そんな者の末路は決まって凄惨なものだがね。死か、化物になるか。本当に悪質な呪いなんだよ。今ではフリューゲル家は、吸血鬼一族として名が通ってしまっている」
「ああ、それで余所者の僕に声をかけたんですか」
「その通りだ。フリューゲル家の悪名は村の住人なら全員知っているからね。血族からは寿命は奪えないし、もちろん動物の命で代用もできない。この村の外から訪れる世間に疎い冒険者に縋るしかなかったんだ。それにあなたは怪我をしている様子だったから、来てくれると思ったんだよ」
回復魔法で治してくれるって話か、と骨折した右腕を見ると、三角巾も包帯も無かった。
「あれ!? 治ってる!?」
肘を曲げ伸ばしても、手をぐーぱーしても全く痛みがなかった。
「それが私の力です。私の回復魔法、ちょっとすごいんです。昨日ケイさんが寝ている間に治しておきました!」
ノエルがフフンッと鼻を鳴らして得意顔をした。
たしかマオが『回復魔法は使い手が少なく、効果も低い』と言っていた。骨折を瞬時に治せるって、ちょっとどころの話ではないのでは?
「すごいな、全然痛くない。ありがとう、ノエルちゃん」
「むぅ、私、もう14歳なので、ちゃんは失礼ですよ!」
「ああ、ごめんごめん、ありがとう、ノエル」
「どういたしまして!」
ノエルは笑顔で答えた。
牙が可愛いなおい。昨日、吸血鬼みたいで不気味とか思ってた奴を蹴り飛ばしてやりたい。
「そうだ、左足も怪我してるんだけど、治してもらっていいかな。力使うと疲れるとかある?」
左足の包帯はズボンの下に巻いているので、昨日は気付いてもらえなかったようだった。
「もちろんいいですよ! 少し疲れますけど大丈夫です! 普通の魔法とあまり変わりませんから!」
左足を裾をまくって包帯を解く。
傷自体はカサブタになっていて大したこと無さそうに見えるが、ふくらはぎ全体が内出血で赤黒く腫れていた。
「うわぁ、結構酷いですね。どうしたんですかコレ」
「暴漢に襲われたんだよ」
ピレアさんの顔を思い出しながら答えた。いきなり撃ってきたし、暴漢でいいよねあの人。
ノエルは傷に両手を当てて目を閉じる。
ノエルの手のひらと傷の周りがぼんやりと光っている。
おおスゴイ、痛みが消えていく! こんな怪我が瞬時に治るってすごいな。
・・・1分が経過した。
あ、瞬時に治るわけではないんすね。
・・・3分が経過した。ノエルの額には薄っすら汗が滲んでいる。
「あの、あんまり無理しなくても・・・」
「もうちょっとです!」
5分後。
「治りました!」
「あ、ありがとう。すごいね。もう全然痛くないよ。・・・ちなみに昨日、骨折治すのにどのくらい時間かかった?」
「1時間くらいです!」
「い、1時間!? すごいがんばってくれたんだね」
「はい! すごいがんばりました!」
ノエルが頭を突き出す。
あ、コレ褒められ待ちかな。頭撫でて嫌がらないかな。
恐る恐る、毛が半分くらい抜けている頭に手を伸ばす。
ノエルがグリグリと頭を押し付けてきた。
全然大丈夫だった。
「ケイさんって、冒険者じゃなかったんですか?」
「違うよ。見ての通り、魔力が全然ないからね。冒険者にはなれなかったんだ」
「でもすごい怪我されてましたよね? 何のお仕事されてるんですか?」
・・・ふっ、その質問が来たか。
だがしかし、僕は昨日までの僕ではないのだ。
ケイはビシッと親指を立ててニヒルな笑顔で言い放った。
「家庭教師です!!」




