雷鳴
ギルドを出ると、クリスティナはギルド横に繋いでいた馬にフワリと跨った。
「悪いが急ぎたいんだ。慌ただしい別れですまないな」
「いや、急いであげて。妹さんによろしく」
「ケイはしばらくこの町にいるのか?」
「まだ決めてない。世間知らずだから、この町で色々調べてから、行き先を決めようとは思ってる」
「そうか、王都へ寄った際にはギルドに顔を出してくれ。ケイが来たら私に連絡するよう伝えておく」
「ギルドの人に僕がケイだって分かるかな?」
「安心しろ、魔力が無いと伝えておけば間違えようがない」
「あはは、なるほど。王都は一度は見てみたいから、必ず行くよ」
「約束だぞ。それじゃあな」
そう言うと、クリスティナは町の出口へ向けて颯爽と走り去った。
涙を流す暇もない。
クリスティナさん、去り際まで男前ですね。
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ケイは、クリスティナと別れた後、ギルド前でぼーっと立っていた。
心にぽっかり穴が空いたような気分だった。
古くからの友人と別れたような気でいたが、ティナと会ってから3日しか経っていない事に気付いて愕然とした。それだけ魅力的な女性だったということだろう。
辺りが急激に暗くなり、村の明かりが灯り始めた。
ケイの心を代弁するように、雨がポツポツと降りだしていた。
(落ち込んでばかりもいられないな、宿、探さないと)
気を取り直して足を踏み出そうとしたとき、ふいに声をかけられた。
「もし、冒険者の方でしょうか」
声を掛けてきたのは、身なりの良い、人柄の良さそうな老紳士だった。頭にはハンチング帽をかぶっている。
「えっと、ごめんなさい。冒険者ではないんです」
冒険者ギルドの前に立っていたら、冒険者と思われるのは当たり前だ。誤解させてしまった事を謝った。
「そうでしたか、失礼しました。初めてお見掛けする方だったので、てっきりこの町にやってきた冒険者の方かと。それでは行商の方でしょうか」
「行商でもないんです。あははは・・・」
現在、無職なんです。冒険者の道が絶たれた以上、何かできる事を探しておかないとこの先困りそうだ。
「大変失礼な事をお聞きしますが、お金なり、宿泊先なりに困っておいでではありませんか?」
あぁ、冒険者ギルドの前で三角巾釣った奴がぼーっとしてたから、仕事が無くて途方に暮れてると思われたのか!
雨も降ってきたので、心配になって声をかけてくれたのだろう。
「お金はあります。泊まるところもこれから探そうかと」
「もしよろしければ、今晩は私共の屋敷に泊まっていかれませんか? 実は仕事を依頼する人を探しているのですが、冒険者ギルドに依頼できるような内容ではなく、困っていたのです。見ればお怪我もされているご様子。私共の身内に回復魔法を使える者がいますので、治療もして差し上げます。お話だけでも聞いてもらえませんか?」
どうやら単に慈善で声をかけられたわけではないようだ。
しかし、人柄が良さそうという理由だけでノコノコついていく程バカではない。
こちとら <知らない人には付いて行っちゃダメゼッタイ> が徹底教育されている日本人なのだ。
回復魔法というのも都合が良すぎて怪しい話だ。
「申し遅れました。私、カイル・フリューゲルと申します。現領主の父にあたります」
うわ、身元のしっかりした偉い人だった!
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現在、ケイは領主の別荘の一室で、老夫婦と向かい合って食事をとっている。
老紳士に話に乗った理由の一つは降り始めた雨だった。
誤解を受けやすい魔力無しの自分に、すんなり宿が見つけられる保証はなく、しだいに強くなっていく雨の中で宿探しに奔走するのは御免被りたかった。
それに、困った様子の老紳士をみて、話くらいは聞いてみようと思ったのだ。
連れてこられたのは、町の外れにある大きな屋敷だった。
屋敷に着くころには、雨はザーザー振りになっていた。
今も馬で駆けているであろうクリスティナは大丈夫だろうか。
屋敷に着いて濡れた帽子をぬいだカイルの頭には、なんと猫耳が生えていた。
初めて見る猫耳獣人、ありがとうございます。しかも銀髪。白髪かもしれないけど。
妻のエレナも猫耳だった。ありがとうございます。しかも銀髪。白髪かもしれないけど。
一緒に食事をと通された部屋の長テーブルを見た時は、もしや端と端に座ってコントみたいに食事をとるのかと思ってしまった。
その状態でご老人と言葉のキャッチボールをするのはシュールすぎる。
しかし、そんな考えは杞憂で、テーブル端に3人分の料理がまとまって運ばれるのをみてホッとした。
食事は特別豪華なのものではなく、エレナが作ったものだそうだ。召使もおらず、配膳もエレナがやっていた。
「つまらないものばかりでごめんなさいね。今は3人しか住んでいなくてねぇ」
エレナは申し訳なそうにそう言ったが、ケイは豪華な食事より、おばあさんの手作り料理の方が嬉しかった。
「とんでもないです。ここのところずっと携帯食だったので、暖かい料理で嬉しいです」
「そうかい? それならたくさん食べておくれ」
エレナは優しく微笑んだ。
「さっそく本題なんだがね」
と、カイルが切り出した。
「いまこの家には私たちと一緒に孫が住んでいてね。その孫の家庭教師をしてほしいんだ」
「家庭教師、ですか」
うん、無理だ。数学なら大丈夫。数字は異世界でも裏切らない。他はダメだ。魔法がある以上、物理・化学も怪しい。少なくとも相対性理論は崩壊した。
「残念ですが、学が無いので・・・」
「ああ、勉強を教えて欲しいわけじゃないんだよ。家庭教師というのはあくまで名目でね、ただ孫の話し相手になってやってほしいんだ。ノエルは重い病気でね。ああ、ノエルというのは孫の名前だ。もう先は長くないんだ。誓って言うが、うつる病気ではない。ないんだが、やはりみんな気味悪がってね・・・」
カイルは焦燥した様子で続けた。
「とりあえず一週間、住み込みでお願いできないだろうか。報酬は1日金貨1枚。もちろん食事は三食出すよ。受けてくれたら明日にでも回復魔法を使える者も手配しよう」
ティナが宿一ヶ月分と言って渡してくれたのが金貨1枚だったから、日本円で20万~30万円くらいだろうか。破格の報酬だ。まぁ、報酬額に関係なく、こんな話を聞かされて断れるわけがないのだが。
「わかりました。とりあえず一週間、よろしくお願いします」
ケイは頭を下げた。
「おお、そうか、やってくれるか。ありがとう。ありがとう」
カイルは何度も頭を下げた。
エレナが食後のお茶を入れて持ってきてくれた。
「お茶を飲んで一息ついたら、孫に会ってやってください」
とても甘い味のするお茶だった。
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カイルの後について屋敷の二階にあがる。
「こちらの部屋です」
そう言うと、扉を開けて中に入った。
部屋の中は真っ暗だった。
後に続くと、部屋に入った瞬間に饐えたような臭いがした。
ザーザーと降る雨の音がやたら大きく聞こえる。
突然、窓が光り、雷鳴が轟いた。
その光は、窓際に備え付けられた大きなベッドを一瞬照らし出した。
ベッドにはその大きさに見合わない小さな何かが半身を起こしていた。
再びの閃光と雷鳴。
同時に、小さな何かがその体の大きさには不釣合いなほどの大きな目を見開いた。
暗闇にその大きな目だけが爛爛と輝いている。
カイルがロウソクに明かりを灯した。
部屋の様子がぼんやりと浮かび上がっていく。
そこにいたのは、小さな老婆だった。
体はやせ細り、皮膚には皴が寄っていた。
老夫婦と同じように猫耳があるが、その猫耳には毛が生えていなかった。
髪の毛も半分が抜け落ち、皮膚病の猫のように見えた。
そして口元には異様に長いキバが生えていた。
獣人だからでは説明が付かないそのキバは、まるで吸血鬼のようだった。
ケイは突然強烈な眠気に襲われた。
「おっと」
カイルが後ろからケイを支えた。そして無理やりベッドの方へ歩かせる。
ケイは抵抗もできず、ベッドに突っ伏すように倒れ込むと意識を失った。




