身内宣言
新参者の揉め事に、にわかに沸き立っていた酒場が一瞬で静まり返った。
柄の悪い二人組も、受付嬢のリライラも固まっていた。
建付けの悪い扉から入ってきたクリスティナが、酒場の方へ目を向ける。
ざわざわ・・・ざわざわ・・・
「(おい、あれってまさか・・・)」
「(こっち来てるって噂ホントだったのか、初めて見た)」
「(きゃー、クリスティナ様!? 本物!?)」
あー、クリスティナさんて、やっぱりそういう感じの人なんですね。S級って言ってたし。さすティナ。
ざわざわ・・・ざわざわ・・・
「(絶対目を合わせるなよ。笑いながら瞬殺されるぞ)」
「(あれが殺戮姫か、魔力量エグいな)」
え、今すごい物騒な通り名がきこえたよ!?
「ああ、こっちにいたか、ケイ、待たせたな」
「いや、全然待ってないよ」
ピタッ
ざわめき始めた酒場がまた無音になった。
リライラの目は見開かれ、視線がクリスティナとケイを往復していた。
絡んでいた二人組は固まったまま冷や汗を流している。
「なんだその二人は? 知り合いか?」
肩に回された腕からビクッと震えた感触が伝わってきた。
「あー・・・えっと・・・」
ケイは困ったような顔で苦笑した。
それを見たクリスティナは何かを察した。
つかつかと歩み寄ると、ケイの肩に回されていた細身の男の腕を捻り上げた。
「イデデデデデッ!」
細身の男が情けない声を上げた。
クリスティナはつまらない物でも捨てるように男の腕を放ると、ケイの肩にポンと手を置き、尻もちをついた男を見下しながら言い放った。
「お前ら、いい度胸してるな。私に一撃入れた男だぞ」
ざわざわざわざわ・・・
ざわざわざわざわ・・・
酒場が一気にざわめきだした。
「(え、なんて? 聞き逃しちゃったんだけど、なんて?)」
「(あのヒョロイのが殺戮姫に一撃入れたらしい)」
「(ウソでしょ!?)」
「(腕を折られながらも一撃入れたのか、やるな)」
「(あの魔力量はブラフか)」
「(私さっき笑っちゃったよ、どうしよう)」
「(俺なんて煽っちゃったよ、逃げた方がいいか!?)」
「(大丈夫だ、死ぬならバルクールブラザーズだ)」
「(尊い犠牲だな)」
「(バカだね、あの二人。リライラにいいとこ見せようと思って・・・)」
リライラは完全に涙目、二人組に至ってはガクガク震えている。
「ちょっと、ティナさん。助かったけど、あることないこと広まって収拾つかない感じなんだけど・・・」
「ウソは言ってないぞ?」
ティナは悪戯っぽく舌を出した。
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「担当を交代させてきただきます。ギルド長のガイゼルと申します。先ほどは当方職員が失礼いたしました」
冒険者ギルドのカウンターでは、先ほどの垢ぬけた女性に変わって、風格のある中年紳士が対応してくれていた。
カイゼル髭がこんなに似合う人も珍しい。カイゼル髭のガイゼルさん、名前も覚えやすい。
「あの、僕が非常識な事を聞いたのが原因なので、あまり叱らないでやってくださいね」
「お気遣い、ありがとうございます。善処いたします」
紳士は柔らかく微笑んだが、目が笑っていなかった。
すごい怒られるやつだコレ。ごめんリライラさん。
「まず、討伐証明、パラレクスベア3、ピョンタ2だ。パラレクスベアは群れ、ピョンタはそれぞれ単独。場所はパラレクスの森。特記事項無し」
クリスティナは慣れた様子で巨大なクマとイノシシの犬歯をカウンターに置いた。
え、あの馬鹿デカいイノシシ、ぴょんたって言うの? むっちゃ可愛い名前なんですけど!?
「ソロでパラレクスベア3頭とは、流石ですね」
「ソロじゃない。2人で、だ」
クリスティナは親指で隣にいたケイを指差した。
「いや、ティナが一人で倒したよね?」
「何を言っている、見事なタンクっぷりだったぞ?」
ざわざわ・・・ざわざわ・・・
「(おい、お前パラレクスベア3頭タンクできるか?)」
「(バカ言うな、タンク殺しだぞあれ、1頭でもごめんだ)」
「(それより今ティナって愛称呼びしなかった!?)」
「(うっそ、聞き間違いじゃない? パーティーメンバーでもクリス呼びだったよ?)」
なんか酒場の人たちにすごい聞き耳立てられてるんだけど・・・。
あとティナさん、僕の評価を過剰に上げようとするのやめてください。ザコなのは事実なので、あとで困るのは自分なんです。
「討伐報酬はどうしますか?」
「半分現金で。半分は手形で頼む」
「かしこまりました」
「それからこの依頼票なんだが・・・」
そう言うとクリスティナはリュックから一枚の紙とフェリカ族から貰った丸薬を取り出した。
「依頼は達成済みだ。現品はこれだ。達成報告は王都のギルドでやるが、報酬の半分をこちらで前借りできないだろうか? 現金でお願いしたいのだが」
「かしこまりました」
ギルド長は淀みなく即答すると、依頼票にサラサラと何やら書き込んで判を押した。
シゴデキこの人。
「あとはパラレクスベアの毛皮が2頭分ある。時間が無いので最高額での買い取りで頼む。差額と手間賃は王都のギルドで払うから回しておいてくれ。半分現金、半分手形で頼む」
「かしこまりました。毛皮はこちらにお願いします」
一流冒険者と一流職員。手続きは流れるように進んでいった。
「これはケイの分だ」
クリスティナは手形と金貨の入った袋を受け取ると、金貨の袋をケイの前に置いた。
「クルシュの丸薬はギルドの依頼でもあるんだ。手に入ったのはケイのおかげだから、報酬の半分は受け取ってくれ」
「報酬はこの村に送ってくれたことだけで充分なんだけどね・・・」
遠慮して問答している時間も無さそうだったので、素直に受け取った。手にずっしりと金貨の重みを感じる。
「これ、宿代にしたら何泊分くらいになるの?」
「2年くらいは泊まれるんじゃないか?」
「うぇ!?」
変な声が出てしまった。
一泊5000円として・・・・350万!? ティナは高いとこ泊まりそうだから倍もありえる・・・
「ごめん、ありがたいんだけど、そんな大金持ち歩くのは怖いよ。保管する場所も無いし、預けるアテもない。きっとトラブルにしかならない。宿一ヶ月分くらいの金額だけ貰えると助かる」
酒場の方からギラギラした視線を感じるような気もするんです、意識過剰なだけかもしれいないけど・・・。
「ああ、そうか、そうだったな。商人ギルドにも登録してないんだったな。手形も高ランクしか使えないか・・・すまん、かえって迷惑だったな」
「いや、気持ちは本当に嬉しいよ。ありがとう」
クリスティナはケイから金貨袋を受け取ると、金貨1枚を銀貨に両替してもらい、ケイに渡した。
「ありがとう」
ケイには本当にそれで充分だった。
「残りは私が預かっておくからな、ちゃんと取りに来いよ」
「分かった。なるべく覚えとくよ」
酒場のほうから良からぬ視線があるのはクリスティナも気付いていた。
そうだ、ケイはいつでも自分の身が守れる冒険者とは違うのだ。それに右手に大怪我もしている。もし自分の軽率な行動のせいでケイが襲われるような事があったら・・・。
ケイを見る。何の魔力も感じない。パラレクスの森なんて危険地帯を一緒に歩いていたのでマヒしていた。彼からは何の魔力も感じないのだ。
ケイは慣れない左手一本で銀貨の袋をリュックに仕舞うのに手間取っていた。
クリスティナは、そんなケイの袖を引っ張って体を寄せると、ケイの横顔にキスをした。
(!?!?!?)
突然の事に、ケイは声も出せずにフリーズした。
「「「キャーー!!!」」」
酒場から黄色い悲鳴が上がった。
「キャーー!!!」
これはガイゼル。
ケイは目をまん丸にして、クリスティナの方へ振り向いた。
クリスティナは悪戯に成功した子供のような顔で笑っていた。
「これで君に手を出そうなんて思う輩は消えただろ?」




