戦闘狂
「そうだ、これは返しておく」
村を出てすぐ、クリスティナは黒い宝石を差し出した。先日、人里まで送ってもらう対価にとケイが渡した物だ。
「それは送ってもらう報酬に渡したものですよ?」
「何を言っている。報酬はニルシュの丸薬だろう。これじゃ貰いすぎだ」
そういえば、そんな話でまとまったんだっけ。
素直に石を受け取った。
「その魔石だがな、あまり人前で出さない方がいいぞ。小さな村で売るのもやめておけ。たぶん価値がわからん。二束三文で買い叩かれるのがオチだ。売るなら王都のような大きな町の信用できる店にしておけ」
「そんな価値のあるものなんですか?」
「私にも正確な価値はわからない。しかし、曲がりなりにもベテランの域の冒険者が見た事がないって事は、そういうことなんだろう」
「なるほど、忠告ありがとうございます」
この石、結構ヤバい代物だったようだ。
「それから、それだ」
「どれ?」
「敬語はやめないか? ケイの方が年上だろう?」
「あー、そうですね、わかり・・・わかった」
元・日本人サラリーマンの性です。とりあえず初対面は敬語が無難。
「名前もティナでいいぞ」
「わかった、ティナさんで」
「さんも不要なんだがな」
ティナさん、雰囲気が偉いんで、呼び捨てにしにくいんです。
ティナさんによると、ここから街道までは1日で出られるそうだ。そこから村まではさらに1日。遠いと言えば遠いが、ゴールの見えなかった今までとは比べたら天国のような道程だった。
クリスティナの後ろについて森の中を進む。
フェリカ族のお姉さんに治療してもらった左足は、ほとんど痛みを感じなくなっていた。特殊な丸薬を作る種族なので、医療技術が高いのかもしれない。
1時間程歩いたころで、クリスティナがピタリと歩を止めた。辺りを見回していたケイは、危うくぶつかりそうになってしまった。
「何かあった?」
「前方に2、いや3か。分からないか? 結構強いぞ?」
さっぱり分かりません。
「向こうも気付いてるな。散開してる。3はまずいな・・・」
クリスティナが苦い顔をしてこちらを振り向いた。
「3頭いると、さすがに君を守れない。まだ動けるな。木に登ることはできるか? あぁクソ、骨折していたんだったな」
「3頭って、もしかして魔獣?」
「あの魔力にまだ気付かないのか?」
クリスティナが呆れたように言った。
あ、僕、魔力分からないんです。
「前にも言ったけど、防御魔法使えるから自分の身は守れるよ」
「? あれはブラフじゃなかったのか? その魔力量で防御魔法は無理だろう」
そういえば、実際にバリアは見せてないんだっけ。
1歩さがってバリアを展開した。
「・・・・・・・・は?」
ティナが絶句している。
このバリア、やっぱり何かおかしいのだろうか。
「なんだそのバカみたいな魔力密度は。それは絶対に防御魔法じゃないだろ」
あ、やっぱり普通とは違うんですね。マオが『防御魔法みたいなもの』なんて言っていたけど、あくまで『みたいなもの』だったようだ。
「その壁、どのくらい保つ?」
「えっと1時間くらい?」
非常時に混乱させるのも悪いので、当たり障りのないあたりを答えておく。
「そんなに保つのか!?」
当たり障りあったようだ。ホントは10年くらい保つらしいです。
「信じるぞ。ケイは護衛対象としては見ない。それでいいんだな?」
「大丈夫」
そう答えた瞬間、正面の森の下草がガサガサ揺れ、大きな赤毛のクマのような魔獣が1頭あらわれた。
「パラレクスベアか!」
クリスティナは嬉しそうに口角を上げた。
え、なんで嬉しそうなの?
クリスティナは左手で腰に装備していた短剣を抜くと、クマに向かって投げつけた。同時に右手で長剣を抜き、一気にクマとの距離を詰める。
(速っ!)
一瞬、目の前から消えたように見えた。信じられないスピードだった。人はあんなに速く動けるものなのか。
驚いていた刹那、両サイドの茂みからクマがあらわれた。
一頭はクリスティナの方へ。もう一頭がケイの方へ突進してきた。
クマの速度も恐ろしいほど速く、一瞬で目の前まで来ると右前足で強烈なフックを放ってきた。
ガツッ!
バリアに衝撃が走ったが、破れることは無かった。
効かないとみるや、左右からフックの連打。
だが、どれだけ攻撃を受けてもバリアが破れる気配は無かった。
バリアはまったく問題が無かったのだが、ケイは生きた心地がしなかった。
巨大な赤毛の塊から放たれる強烈なフック攻撃。凶悪な白い爪が目の前を何度も滑っていく。
しばらく攻撃が続いた後、クマはバテたのか、攻撃を止めて四つ足になった。荒い息を吐きながらこちらを睨みつけている。
クマの攻撃が止まったことで、ケイは少し落ち着きを取り戻した。
(大丈夫、マオのバリアがクマごときに破れるはずない。山で見たシロクマモドキはコイツの倍以上の大きさだった。マオはアレですらザコだと言っていた)
バクバク鳴る自分の心臓の音しか聞こえていなかったケイだったが、落ち着いた事で周りの音が耳に入ってきた。
「あはははは、パラレクスのクマは一味違うな! だが攻撃が遅すぎるぞ! もっと速くだ! もっと楽しませろ!」
・・・え、ティナさん、随分楽しそうっすね。
性格変わってません? もしかして、戦闘狂だったりします?
それに今のクマの攻撃が遅いんですか。そうですか。
クリスティナの楽しそうな声を耳にして心に余裕のできたケイは、声のする方へ振り向いてみた。
直後にガツンと衝撃が走ったが、クマがフックをかましたのだろう。気にせずクリスティナの姿を探してみるが、そこには大量の血を流したクマが2頭倒れているだけだった。
次の瞬間、目の前のクマの上にクリスティナが降ってきた。
長剣がクマの脳天に突き刺さっていた。
「この状況でよそ見できるとは、君の胆力もなかなかのものだな」
クリスティナが楽しそうに囁いた。
「しかしパラレクスのクマは頑丈だな。初撃で首を落としそこなうとは思わなかったぞ。久しぶりにギア上げてしまったよ。おかげでいい運動になった。やっぱり冒険はこうじゃないとな! それにしてもケイのシールドはすごいな! 襲われてるの見てさすがにダメかと思って急いで戻ってきたんだが、全然平気じゃないか」
荒い息を整えながらも、口数が異常に多かった。
戦闘になるとハイになるみたいですね、クリスティナさん。
「あー・・・これ、借り物のバリアなんで、僕が凄いわけじゃないんですよ。クリスティナさんの方がすごいです」
「うん? 敬語に戻ってるぞ? あとティナでいいぞ?」
しばらくため口には戻れそうになかった。




