第38話 彼我の実力差を思い知るが良い
全然楽しくない下校からようやく解放された隼人に向かって、何がそんなに楽しいのか、笑顔の明星と翠が手を振る。
「あ、それじゃあ、また明日ね、隼人!」
「それでは先輩! また明日!」
「はいよーっす。またなー」
隣に立つライバルに張り合うように黄色い声で挨拶をする二人は、心底適当な隼人の挨拶が帰って来ただけで更に嬉しく感じてしまう。
だがしかし、明星も翠も完全に忘れているようだけど、ここは大好きな人のお家であると同時に──。
「あー! 隼人今帰りー?」
「おおー。耳の早い事でー」
「なんか声聞こえたからね、おかえりー」
「はいはい、ただいまーっと」
──今の二人が逆立ちをしても、チートを使っても絶対に敵わない最強のボスが住まう魔王城の隣でもある。
玄関先で話していたせいか。
窓を開けていた乃愛の耳に隼人たちの声が届いてしまった。
「んー? あれ? 明星と翠ちゃんだ。珍しい組み合わせだね? 今日は三人で帰ってたの?」
二階の窓から姿を現した黒川乃愛が視界に入った瞬間、明星と翠はつい十秒前まで浮かべていた満面の笑みを消して、緊張感漂うぎこちない愛想笑いを浮かべた。
もちろん、微妙な表情を浮かべているのは二人だけではない。
隼人もまた完璧な作り笑顔を浮かべて、二階の部屋から自分達を見下ろしている乃愛に話しかけていた。
「館花とは部活が同じで帰る方向も同じだからな。空野はたまたま学校で会った感じだ」
「あ、そうなんだ? それなら私も隼人が部活終わるの待ってから一緒に帰れば良かったねー!」
「用事もないのに待ってどうすんだよ、ははは!」
「それもそっか、あはは!」
家の前に立った隼人。
二階の窓から彼を見下ろす乃愛。
そんな二人がが笑い合って話す光景。
もう敵ではないはずの女子だと言うのに、自分達の好きな人と楽しそうに話している乃愛に、振られて落ち込んでいるはずなのに笑顔を浮かべて彼女と話す隼人。
たまたま帰り道が同じだっただけの部外者二人は、そんな隼人と乃愛の会話を目の当たりにして言葉を挿む事も出来ず。ニコニコと愛想笑い。
(隼人って乃愛に振られたんだよね?)
(黒川先輩は隼人君を振ったのだよな?)
自分と話している時よりもずっと楽しそうに乃愛と話をする隼人を見て、そんな事を考える明星と翠は顔を動かす事なく視線だけを隣に居る恋のライバル(笑)に向ける。
(そっか、そうなのかも。振られたからって、隼人が乃愛を嫌いになったわけじゃないんだよね。家も隣同士でそれどころか部屋も隣同士で、ずっと近くにいる状況は何もかわってないじゃない。こんなどうでもいい子に張り合ってる場合じゃないのかも)
(そうだ。確かに隼人君は振られたのだろうが、だからと言って黒川先輩の事を嫌いになったわけではないはずだ。むしろ、いつもすぐ近くに居るのだから、忘れようにも忘れられないに違いない。こんな頭の軽そうな女を相手にしている場合ではないのかもしれん)
自分がまだ隼人の一番ではないと言う現実を理解する。
まあ、だからと言って二番目なのかと言われると全然そんな事はなくて、下から数えた方が早いんだけど。
「それじゃあ俺はもう家入るから、空野も館花もまたなー」
「またね!」
「あ、ああ!」
玄関に消えていく隼人を見送った二人は、彼が居なくなったのを確認してからほぼ同時に乃愛の居る窓を見上げた。
「明星も翠ちゃんも知り合いだったんだねー!」
「あ、うん! 今日たまたま帰りが一緒になっちゃってね」
「会うのは今日が初めてだったが、黒川先輩とも知り合いだったんですね」
「うんうん。みんな小学校から同じだから、何だか嬉しいね」
「う、うん! そうだね!」
「あ、ああ! そうだな!」
満面の笑みを浮かべた乃愛。
明星と翠はぎこちない笑顔を浮かべるのみ。
なんとか返事をする事しか出来なかった。
黒川乃愛は目を引くような美少女ではない。
飛びぬけた美人でもない。
それでも、黒川乃愛は可愛い。
飛びぬけて可愛くはないけど、普通に可愛い。
隼人と一緒にのびのびと育った黒川乃愛。
そんな彼女は明星や翠が長年に渡って抱いていた嫉妬や敗北感と言った感情とは無縁で、とても真っ直ぐに育った。その結果。
と所謂『心の余裕』が満ち溢れていた。
心の余裕は自信となり。
自信は態度に繋がる。
そして、態度が人を作る。
黒川乃愛は自然な可愛さを持つ少女として成長していた。
「あ、折角だし二人共うち上がってくー? もう少しで夕飯だから、良かったら食べて行かないー? あちょっと待ってね、すぐ下行くねー」
「あ、いや──」
「その──」
何事にも余裕のある人間はそれだけで魅力的だったりもするので、そう言う余裕が乃愛を可愛く見せているのかもしれない。
世間的に見れば、或いは写真や動画で見るだけでは、千人中千人が空野明星や館花翠の方が可愛いと言うかもしれない。
だけど、実際に三人と喋ってみれば、千人中五百人くらいは乃愛の方が可愛いと言うかもしれない。そんな感じ。
そんな乃愛に待つように言われた二人は無視する事も出来ず。
彼女が玄関から出て来るまで、隣に居る人間の事など無視して無言待機。
しかし、どうやら考えている事は二人共違った様子。
(それはまあ小学生の頃はよく遊びに来てたし、中学高校でも隼人に会えないかなとか思って遊びに来てた事もあったけど……。どうしよう。寄ってもいいんだけど、適当に理由付けて帰る方がいいのかなぁ。居づらいんだよね……)
(黒川先輩の家にお邪魔するのは初めてだの事だが、あがらせて貰えると言うのであればお邪魔しよう。今までは恐ろしくて近寄る事も出来なかったが、今や黒川先輩は恐れるべき敵ではない。むしろ、黒川先輩に協力して貰えれば百人力ではなかろうか)
片や、その昔散々遊びに来て、目の前でイチャイチャする隼人と乃愛を見せつけられすぎた結果、またそう言う光景を見る羽目になるんじゃないかとしり込みする明星。
片や、あくまでも乃愛と隼人は終わったものと考え、であれば彼に一番近い乃愛を味方に取り込んでしまおうと画策する、強かな翠。
それぞれに思う所がある様子。
だが、無言の時間は一分もない。
すぐにガチャリと開いた扉の向こうから部屋着姿の乃愛が現れた事で、二人が下した決断は──。
「どうぞどうぞ、明星も翠ちゃんも入って入ってー! お母さんも食べてってだってさ!」
「あ、ごめん、乃愛。私は──」
「それではお言葉に甘えて、失礼します。黒川先輩!」
断りを入れようと口を開いた明星だったのだが、すぐ隣で乃愛の誘い自信満々に受けた翠が、自分の方を向いて軽く口角を上げたのを見た瞬間、方針転換。
「どうぞうどうぞぉ。翠ちゃんとご飯食べるの初めてだね」
「はい! 嬉しいです!」
「あ、それと、明星は帰る感じかな? ちょっと突然だったもn──」
「ううーん! 私も折角だから御馳走になっていこうかなって! あ、ごめんって言うのは、家に連絡入れるからちょっとごめんねって意味だよー、あはは!」
「あ、そっかそっか。こっちこそ突然でごめんね、ふふふ!」
ほくそ笑む翠を見た瞬間。
この後輩と乃愛を一人にするのはまずい気がする、と。
無駄に鋭い直感に従った明星は魔王城に乗り込む事を決意。
慌てて方針転換をした明星の様子を翠が冷ややかな眼で見つめて、そんな後輩を明星が笑顔で睨み返した所で魔王と勇者達の楽しい夕食が始まった。
どうして君たちが隼人を振ったはずの乃愛に勝てないか、わかるかい?




