第33話 まずは会う頻度を増やそう
駅前のバス停から少し離れた場所での会話。
普通に帰りたそうにしている隼人を何とか引き止める翠の会話は、しばらく続いた。
「わ、わかった。では、我が家での食事は月に最低でも二度と言う事で納得しよう」
「……まあ、そのくらいが妥当だろう」
最低でもと言う言葉に引っかかりを覚えつつも、とりあえず頷く隼人。
「その際は私と一緒にスーパーに寄って食材の買い出しを手伝ってくれる、と言う事でいいのだな?」
「そりゃな。料理の事何もわからんけど荷物持つくらいなら出来るから、そこは任せろって」
「ああ! 任せる!」
学校の帰り道に二人で晩御飯の食材を買いに行く。
新婚さんみたいでとても素敵だな、と。
そんな事を考える翠が破願する一方。
「じゃあ、そう言う事で。また何かやって欲しい雑用でも見つかったら教えてくれ。出来る範囲なら手伝うから。またな」
話が終わったらさっさと帰るかと。
別れを切り出した隼人はそそくさと歩き出した。
「ちょっ、ちょっと、待って欲しい!」
「うおっと、なになになに? まだ何かあるのか?」
だが、歩き出した隼人の腕をガッシリ掴んだ翠が彼を逃さない。
「今考えている所だから、待って欲しい!」
「考え? いや、何も無いなら引き止めんなよ」
「それはまあ、そうなのだが──」
ちょっと呆れた表情を浮かべている隼人を見て尻込みする翠。だが、そうは言ってもまだ一緒に居たいようで、少しうざがられているのを理解しつつ話しを続ける事にした。
「……てか、この喋ってる時間あればバス乗らなくても、普通に歩いて帰れたんじゃね?」
「あ! で、では! 歩いて帰ろうではないか!」
「うん? 俺の家は駅からそう遠くないからいつも歩きだけど、館花の家歩くのはちょっと距離あるだろ」
「構わない。遠いと言っても30分も1時間も歩くわけではないしな。運動と思えば悪くはない」
「館花がそれでいいなら……まー、そうな。とりあえず帰るか」
「うん!」
と言う事で、駅前でのお喋りを切り上げた二人はようやく歩き始める事に。
ただの下校。
だけど、好きな人と一緒。
たったそれだけの事でただの下校が楽しいのだから、世界は不思議で満ち溢れている。
隼人の隣を歩く翠は嬉しそうに頬を緩めて、いつもと違う帰り道を堪能していた。
「小学生の頃は何度か一緒に帰った事もあったな、先輩」
「え? あー……まあ、あったはあった、か?」
乃愛と帰っていた時。
気が付けば翠が後ろに居た事があった、と言う記憶。
果たして、あれを一緒に帰ったと表現するべきなのかどうかと、少し視線を上に向けた隼人は考える。
「お、思えば、同じ中学高校なのだから。それに、その、家もそう遠くないわけだから、こうして一緒に帰るのも自然ではないだろうか」
「んー? んー、自然かどうかはわからないけど、そりゃあ家近いなら一緒に帰る人は多いかもな」
(俺も乃愛も友達と遊びに行く事もあるから、毎日ってわけでもなかったけど。それでも結構な頻度で行きも帰りも一緒だったしなー。学校が同じで、家が近くて、尚且つ仲が良ければ一緒に帰るのは自然かもなー)
今は顔を合わせ辛いから避けているけど、そのうちまた一緒に登下校くらいはするようになるのかなーと、ぼんやり考える隼人。
「ではやはり、これからは一緒に帰らないか? 私と先輩の家はそう遠いわけでもないのだから、一緒に登校するのも自然ではないだろうか!」
「ん? なんで? てか、俺基本徒歩だから、バス使ってる館花と合わないだろ。行く時間も結構適当だしな」
「いや、私もこれからは徒歩にする! 時間は合わせるから!」
「えぇ? ……いや、まあ元気になって欲しいとかって気持ちは有り難いんだけど。館花にそこまで気を遣われる程でもねえよ」
「いや! これは、でも、だが……気を遣っているわけではなくて、だな……」
「なくて?」
「だから、その、これは──」
首を傾げる隼人の視線。
それから逃げるように目を伏せた翠は考える。
一緒に登下校をしようと言う、たったそれだけの提案すらも飲み込んで貰えない現状の自分が悲しくて。思わず目を伏せて逃げてしまう。
それでも、恐らくは嫌いな側の人間に分類されている自分にも、なんやかやと付き合ってくれる隼人の優しさや面倒見の良さを目の当たりにして、そんな人を相手にこの数年酷い事を言っていたと理解して、反省をする。
そして反省をした結果。
「──だから、そ、そう! そうだ! 一緒に登下校をしてくれると助かるんだ!」
反省をした結果。
何か悪い事を思い付いたらしい。
「助かる? ……って、何がだ? 荷物持ちみたいな感じ?」
「いいや、荷物持ちは要らない。そうではなくて、登下校の時に先輩がいてくれると助かるんだ。私は登下校、特に朝の満員電車の際に何度か痴漢と思われる輩と接触したから、それらから私を守って欲しい」
「え、マジで? 大丈夫なのか?」
「マジだ。まあ時間が無いから相手にはしないが、触れて来た指はへし折るつもりで握っている。私の握力は63あるから今の所は負けた事はない。だから、大丈夫と言えば大丈夫なのだが、それでも不快である事には変わりない」
「握……え? 6……あ、お、おう。でも、まあ、そうか。痴漢……か」
(え? 握力……63? なにそれ、すごくね? 俺40ちょっとしかないんだけど。ああ、いやいや、それはまあいいか。いや良くはないけど。それより、そうか。痴漢か。……やっぱり痴漢とかあるのか)
知り合いの女子が痴漢被害に遭っていると言う胸糞悪い話を聞いた隼人が、胸をムカムカさせながらどうしたものかと考える、その一方。
(隼人君は嫌な事は嫌だと普通に言える人だけど、助けを求める人の手はいつだって全力で握る人だ。ただ一緒に登下校をしたいと言っても、先程のように普通に断られる。だが、それが助けを求める願いであれば、耳を傾けてくれるかもしれない)
色々と反省した結果。
助けを求める体でお願いすればいけるんじゃね?
と言う結論に達した翠は早速それを実行。
人の善意に付け込む、何ともあくどい奴であるが──。
(実際問題、痴漢は鬱陶しいからな。あまりやり過ぎると逆にこちらが傷害罪で訴えられかねないから抑えているが、見知らぬ輩に触られる不快感は半端ではない。いつかは指をへし折る気がするから、そうならない為にも隼人君に守って貰えると嬉しい)
翠が時々痴漢被害にあっているのは紛れもない事実なので、守って欲しいと思っているのもちゃんとした本音だったりする。
「でも、俺なんか居たって何の役にも立たないんじゃないか?」
「そんな事はない! あ、では! そうだ! 食事のお返しとして登下校で私を守ると言うのはどうだろうか?」
「あー……。はいはいはい。そうな、うーん、だな。そう言う事ならオッケーだ。引き受けるわ」
「本当か!」
「本当だって。守れるかどうかの自信はないのと、必ずしも毎日登下校出来るとは限らないってのを飲んでくれるならいいよ」
「問題ない! 全部合わせてみせる!」
ガッツポーズをしながら力強い言葉を返す翠を見た隼人は、最後にもう少しだけ言葉を並べる。
「……それから、今日みたいに電車内で不可抗力で身体が当たっても、俺の事を痴漢とか言うのはなしだ。これも絶対条件だ」
「ああ、なんだ。それなら問題はない。先輩が私の身体の何処に触っても痴漢とは言わないと誓おう。念書も書こう!私の肉体を前にどうしても我慢が出来ないと言うのであれば気にせずに触ってくれて構わない。これもまたギブアンドテイクと言うやつだな!」
「不可抗力でつってんだろが! 俺が触る前提で話をすんな!」
思惑はどうあれ、翠は隼人との登校が出来るチケットを入手する事に成功。
空野明星と館花翠はそれぞれのフィールドで戦いを繰り広げる事になるが、現状はどちらが優勢とも、どちらが劣勢とも言えない戦況。
両選手共に焦らずに、かと言って油断し過ぎない程度に頑張って欲しい所である。
焦っても良い事なんてなにもないからね。ただし油断はし過ぎないように




