第32話 釣り合いの取れる見返りを
目を見開いて自分を見た翠にビビった隼人。
「いやいや、もうちょいそこはちゃんと考えるから。この件に関してはお互い納得できるラインを探っていこうぜ」
なんかまた気に障るような事を言ってしまったのかもしれない、と。
そう考える隼人だがもちろんそんな事はない。
「そっ……それは、その……。本当に? や、やって欲しい事を、何でも、やってくれるのか?」
「うん? まあ俺に出来る事ならな。でも普通に無理なものは無理って言うから。墨汁を飲めとか、虫を食えとか、そう言う罰ゲーム的なのはなしな?」
「いっ! 言わない! そんなこと!」
相変わらず隼人の中にある自分の評価が終わっている事に対して思う所はあるが、今の翠はそれどころではない。
(なん、でも……だと……?)
なん、だと? みたいなノリで驚愕する今の翠には、自分の評価が終わっている事なんてどうでもいい。
(隼人君に出来ることなら何でもって……え? それってつまり結婚できるって、事? 籍を入れていい……のか?)
良いわけねえだろ馬鹿か? とは思う。
しかし『何でもやる』と言うパワーワードは思春期の妄想を掻き立てるには十分すぎるのかもしれない。
「何も思いつかなかったらそれでもいいけど、何かしらお返しはするわ。食費とは別に墨汁とか買おうか? 一食一本、みたいな?」
「要らん! そんなもん家に腐る程ある!」
自分の事を何だと思っているのかと、多少憤慨する翠。
「それもそうか。まあ、そんな感じで何でもいいから、なんかあれば言ってくれよ。な? それじゃ、また学校でな」
と言った所で、バスで帰る翠と徒歩で帰る隼人がお別れしようとしたが、もうちょっとだけ会話が続くらしい。
「あ──」
「うん?」
駅前のバス停に向かった翠が小さな声を漏らした事で、隼人がゆらりと振り返った。
「あっ、いや……。そ。その、たとえば、まあ……なんだろうか」
「うん。ああ、なんか思い付いたのか?」
「えっと、だから、なんだ。たとえば……その……なんだ、その、出掛ける事も可能なのか?」
「出掛ける? んーっと、まあ場所によるけど。なんか手伝って欲しい事があるとか?」
「そう言う訳ではないのだが、先輩には何が出来るのかと思って」
「はいはい。何も出来そうになくて悪かったな」
「やぁ! ちっ、じゃ! いや違う! そう言う意味ではなくてだな! せ、先輩と出掛けたいと思っただけで!」
「そうなのか? 突飛な場所じゃなければ何処でも付き合うけ──」
「良いのか!? 何処にでも付き合ってくれるのか!?」
隼人が言い終わるよりも前に言葉を被せるように返事をした翠は、彼にぐいーっと近寄って両手をガシッと掴んだ。
「お、おう。いいよ別に。……そんで、何処行きたいんだ?」
(みぞおち殴られるのかと思ったわ)
美人な後輩女子に迫られた隼人。
一瞬身構えた隼人の内心はともかくとして、とりあえず了承の言葉を口にする。
「それは……まだ、決まっていないのだが」
「決まってないのかよ。え、なに? 何処か行きたいわけではないのか?」
「いや! まあ、買い物は行きたいけど……。それはちょっと、勿体ないと言うか……」
(折角なら一緒に食材を買いに行って、その後で家に寄って貰って、お風呂に入って貰って、御夕飯を用意したいとは思っている。しかし、食材の買い出しなんぞで、先輩とのお出掛け権を行使するのは余りにも勿体ない。かと言って、他に行きたい場所なんて言われてもラブホテルくらいしか思い浮かばない。遊園地や映画館と言う手もあるが、子供っぽいと思われてしまっては──……)
料理を食べて貰えるだけではなく。
お返しとして何でもすると言われた。
一緒に出掛けても良いとまで言って貰えた。
そんな翠の頭は春を通り越して夏真っ盛り。
しかし、好きな人とお出掛けできる権利をどのようにして行使するかを無い知恵を絞って考えるが、デート経験もなければ友達と遊びに行く機会も少ない彼女のお出かけ候補はあまりにも乏しい。
「勿体ないってのはよくわからんが、買い物の荷物持ちとか? 家電製品の荷物持ちはきちぃけど、洋服とかなら持てると思う」
「い、いや、その、あれだ。料理を食べて貰うなら、その食材も一緒に見て貰った方が良いと思って、だがそれは少し勿体ないような」
「あー買い出しな? なるほどな、そう言う事か。てか、それはまた別じゃね? そっちはそっちで付き合った方が良いなら付き合うから、それとはまた別になんかやって欲しい事があるなら言えばいいって」
「別……だと……?」
「うん? いやいやいや、飯作って貰うんだからその買い物くらい付き合うって言うか、なんなら材料言ってくれたら自分で買うわ。買い物行くのも大変だろ」
「なっ、なに!? そうなのか!」
食材の買い出しは別。
自分で食べる物なんだからその買い物くらいは付き合う、と言う隼人の言葉に驚愕した翠は再び目を見開いていた。
(そんな私にとって都合の良い話が罷り通っていいのか? 夢か? 夢なのか? 今私は明晰夢の中にいるのか?)
「え? あ、おう。てか、馬鹿にすんのもいいけど、俺だって高校二年だからな? 頼まれた物を買いに行く程度のお使いは出来るからな?」
「いやいや! そう言わけではなく! い、いや! よっ、よし! では、料理を食べてくれる日は一緒に食材を買いに行ってくれるのだな!」
「一緒にって言うか、必要なモノ言ってくれたら適当に買っていくから」
「それは……いや……! いや、ダメだ! 食材の鮮度チェックは私がする」
「あーっと、そっか。なるほど。確かに、流石にそこまでわからないかも。目利きとか言うやつか」
「う、うむ」
「確かにそれはわかんねえわ」
もちろん、隼人は一緒に買い物に行きたいと考えているわけではなかったのだが、翠が咄嗟の機転でそれを阻止する事に成功。
「月一か月二くらいなら何とかなると思うから、その時はちゃんと買い出しに付き合って荷物も持つから、任せろって」
「え、あぁ、ぅーん、いやぁ……月二回はちょっと……」
「あ、ちょっと多いか? 三ヵ月一回くらいに──」
「逆だ! 少なすぎると言っている!」
「少なすぎるって。いや、そんな事言われたって、俺の持つ金は限られてるからな。週一のバイト代なんてたかが知れてるんだよ」
「そこを何とかできないだろうか! 毎日とは言わないが……。せめて、二日に一回くらいにはならないだろうか?」
「多すぎろ! 破産するわ!」
翠相手だから特別と言う訳ではない。
隼人はただ後輩のお願いと言う事で適度に付き合ってあげる事にしただけなので、今はまだ常識の範囲内でしか付き合う気はない。
月に一度か二度なら付き合っても良いと言って貰えた、お食事会。
これを生かすも殺すも翠次第。
そこは上手いこと頑張って貰うしかない。
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