第31話 今、何でもって
大変良識的な両親に育てたられた隼人。
「それに、単純に食費を払えば良いって問題でもないだろ。実際に時間かけて料理するのは館花なんだから。料理作って貰って、その上で時間まで使わせて、それは明らかに色々と貰い過ぎだ」
「な、なるほど」
そんな隼人は明星に馬鹿馬鹿と言われているが、勉強だって学年で二十位以内をキープする程度には頑張っている。そこまでの馬鹿ではない。
なので、金や時間の計算くらいは出来る。
それに、彼女でも何でもない女子の家にお邪魔して料理を振舞って貰う事の異常性も理解していた。ラブコメの常識は世間の常識ではなないのである。
常識的な感性を持つ小市民な隼人はきっちりと現実が見えていた。
「そりゃ館花が俺のこと元気づけようとしてくれるのは素直に嬉しいけどさ。だからって、なんでもかんでも貰うとか、そう言うのは違うだろ?」
「そう……だな。うん。だが私は本当に……あんまりと言うか。全然気にはしていと言うか……」
「館花が気にしてないってのは多分本当なんだろうけど。だとしても俺は気になるし、あんまり頻繁に続けばうちの親だって黙ってねえよ。っと、電車来たな」
駅のホームでダラダラと話していた二。
電車に乗り込むとしばらくは静かな時間。
電車の中ではすぐ近くに知らない人が沢山いるので、あんまり会話をしないで黙って過ごすのが普通。その分、頭の中で色々と考える時間。
(先輩の顔がこんなにも近くに……。心なしか良い匂いがする気がするな。電車は痴漢にも合うからどちらかと言うと嫌いだったのだが、隼人君がいるだけでこうも楽しい空間になるとはな! ああ、このまま抱き着いてしまいたい。ぎゅっとしてもいいのだろうか!)
部活終わりの十七字時過ぎ。
少々混雑している電車の中で隼人と向かい合っている翠が良からぬ事を考えている、一方で。
(もっと離れられねえのかよ、館花は。……電車から降りた時に痴漢とか言いださないだろうな、こいつ)
隼人は身体に押し付けられる攻撃力の高い物体に、嬉しさと恐怖の感情を抱きながらどうにか電車を乗り切った。
失恋して傷心中だろうがなんだろうが、エロいものはエロい。
身体に乳がぶつかって喜ばない思春期男子。
そんな男子は地球上に存在しない。
しかし、実際にはそう単純な話でもない。
近くに女性が居たとして、身体が当たったとして。そこに嬉しさを感じる男性は居るかもしれない。……確かに居るかもしれないが、実際にはそれを遥かに凌駕する男性が社会的な死に対する恐怖を感じている。
電車の中で異性とくっつかないで済むなら誰だってくっつきたくないと考えているのが現実だったりする。
そんは翠にくっつかれている隼人も同様。
頭の中も嬉しさが3%、恐怖97%くらい。
(館花とはもう一緒に電車乗らないようにしよう。叫ばれたら一発アウトだろ、こんなもん。……乃愛とも毎日のようにくっついて電車乗ってたけど、乃愛は乃愛だしなぁ。痴漢とか言われる心配もない代わりに、今にして思えば男としても見られてなかっただけなんだろうな)
そんな事を考えて、自分にぶつかっている翠の凶悪な身体から少しでも距離を取ろうと恐怖で顔色が悪くなっていた隼人も駅を出ればだんだんと回復していった。
「やはり知り合いの男性が居るのは助かるな。先輩さえ良ければこれからは一緒に通学しないか!」
「え? なんで? ヤダよ」
「なっ、や、そ、そんな即答しなくても!」
「俺は朝のんびり通学したいんだって」
「それなら問題ない。通学時間は先輩に合わせるから」
「そう言う問題じゃねえんだって」
「そう言う問題?」
「⋯⋯そんな話より、さっきの料理をご馳走するしないの話だけどさ」
首を傾げている翠を放置。
隼人は強引に話題を切り替える事にした。
「そんな話って、通学も──」
「通学の話はいいんだって。他にも一緒に行く奴なんていくらでもいるだろ。それより、これからも館花が料理を作ってくれるって言うなら、まずはそれに対する食費は出す。館花の料理は素人の域を超えてる気がするから、タダで食べるのは無理だ」
「あ、ああ! わかった! それで先輩が私の料理を食べてくれるのなら、何でも作ってみせよう!」
通学の話を続けようとした翠だったが、料理の腕を褒められてどうでもよくなったようで、すぐに笑顔になった。
「何でもはやめてくれ。高級食材とか使われたら俺は間違いなく破産するからな」
「ああ、なるほど。確かに……。では、そうだな。そう言う事であれば、たとえばなのだが、予算を提示して貰えるとありがたいかもしれない」
「おお、予算か! それは有りかも。じゃあたとえば、千円とかでも何か料理作れたりするの?」
「無論だ! 千円あれば割と何でもできる。あっ、だが、調味料その他はこちらの持ち出しでも構わないだろう? そこから用意するとなると、管理が大変になりそうで」
「調味料の管理かー。なるほどな。料理しないからそう言うの全然わからないけど、館花が大変だって言うならそこだけは甘えさせて貰おうかな」
「ああ! わかった!」
(よし。全部百円で作ったと言い張って、沢山食べて貰おう。隼人君は料理の事がよくわかっていないようだからな。何とかなるはずだ。まずはお手軽で安い女を目指そうではないか)
それでいいのか、お前?
と言いたくなる残念な事を考える翠。
だが、隼人の方が倫理観も常識も全てが上。
「で、何買ったかレシート残しといてくれたらこっちも払えるから、そこだけ頼むな」
「う、うむ。レシートか、なるほど」
残念ながら、手軽で安い女への道は絶たれてしまった。
「でもなー……。実際問題、原価で提供してもらうってのも普通は有り得ないだろうからな。そこもどうにかしたいよなー」
「い、いや、そこまで厳密にする必要はない、と思うが……。私としては食べて貰える事が既に取引のうちで……。だ、だから、先輩もあんまり深く考え過ぎないで、食事を楽しんで欲しいと、思う次第で……」
あまりにもきっちりし過ぎている隼人。
自分と隼人の間の取引が、ただのビジネスのように思えて来たのか。
ただ好きな人に手料理を食べて欲しいと言う気持ちすら、今はまだ届かない。その現実に翠が少しばかり目を伏せてしまう。
自分と隼人の間にある心の距離を理解して、少しばかり目を伏せた翠。だったのだが──。
「ま、それもそうかもなー。ちょっと足りない分は代わりに何か返せばいいか。なんかやって欲しい事とかあれば手伝うから、それで相殺って感じでいいか?」
「えっと、ああ。なにかを手伝う?」
「そそ。なんか手伝うよ。館花からすりゃ俺にやって欲しい事なんてなんもないだろうけど、なんかやって欲しい雑用とかあったらやるからさ。部活終わりの片付け代わってくれとか。何でもいいよ」
隼人の言葉を聞いた瞬間。
カッと目を見開いた翠が真横を見た。
もちろん、そんな翠に隼人はビビった。
幻聴じゃないぞ、翠! そこだ、攻めろ!




