第30話 料理を振舞ってくれるヒロイン
夕方になって帰宅した隼人。
何かと理由を付けて乃愛と顔を合わせるのを逃げる彼は、日曜日は軽くジョギングと筋トレをしてバイトに精を出せば、あっと言う間に土日が終了。
みんな大好き週明けの月曜日。
「おはよう、隼人!」
「はい、おはようございます」
教室に到着した隼人が自分の席に座れば、斜め前にいる明星が磁石のように彼の席に移動する。
急変した明星の様子に違和感を覚えるクラスメイトも多々居るが、何を聞いても何も無いと言う言葉が返って来るだけなので、週が明けた今はもう放置。
近くの席に居る者が耳を傾けて、二人が何の話をしているのかを聞いて推測するくらいしかできない。
「あっ、英語教えるよー、隼人!」
「うぃーっす」
とは言え、それほど変わった会話がされているわけではないので、やっぱり周囲の者は何もわからない。
どうやら今日は勉強を教えてあげるらしいのだが、それ自体はおかしな話ではない。なので、教室の真ん中あたりに居る隼人と明星の二人の様子を、クラスメイトは今日もチラチラと窺った。
そんな教室の時間が過ぎて行けば、あっと言う間に放課後。
「あ! 来てくれたんですね、城崎先輩!」
「いや来るだろ。部活なんだから」
「だとしても、来てくれるだけで私は嬉しいです! ありがとうございますっ!」
「お、おう」
部室に到着した隼人は困惑する。
いつも遅いだの弛んでいるだのと文句を言う翠。
そんな彼女の口からは歓迎の言葉が飛び出せば、部員も困惑。
誰だこいつと言う目で翠を見て。
何があったのかと言う目で隼人を見る。
館花翠が入部して以降、常にビリビリとした緊張感が漂っていた書道部の空気はこの日、ふわふわとした甘い空気が漂っていた。
「流石は城崎先輩だ! 実に美しい字を書かれる! これは私も負けてはいられないな」
「いや、館花さんの方が綺麗だろ」
「私はまだまだ精進の身。先輩の字が持つ大人の魅力にはとても適わない」
「そう……か。えっと、まあ、うん」
これまで散々な貶しようだった。
なのに、それが一転。
ただ字を書いただけでそんなに褒める?
と言いたくなるくらいに、異様な持ち上げを始めた翠に隼人も部員も困惑。
終始ふわふわとした空気が漂う中で、この日の部活は終了。
「一緒に帰りませんか、先輩っ!」
「え? あー、うん」
適当に部員と会話をして、そろそろ帰ろうと思った隼人が部室を出た所で翠が合流。一瞬断ろうとも思ったが、帰り道が同じなのでなし崩し的に一緒に帰宅する事となった。
「それで、今日はどうだろうか?」
「どうだろうか? 何がだ?」
「いや、だから、もしよければ夕食を食べて行ってくれないだろうかと思って」
「あーそっかそっか。でも今日はいいかな。またそのうちって事で」
「そのうちとは具体的にいつなら行けるのだろうか? 明日は無理なのだろうか?」
「いやいやいや、ちょっと待てって」
ぐいぐいと身体を寄せて話しかけてきた翠の勢いに押されるように、隼人の身体がじりじりと移動する。
「館花の料理は確かに美味いけど、あんまり他所で食べてると親に怒られるって。そうじゃなくても、なんか作るなら食費出さないとおかしいだろ。この前作って貰ったのだってどう考えても高そうだったし」
「ああ、それなら問題ない。三人分作るのも四人分作るのも誤差のようなものだからな。実質無料と言うやつだな、安心してくれ」
「そんな実質無料聞いた事ねえよ。てか、そもそもなんで突然料理食べて欲しいとか言い出したんだ? なんかの練習?」
「それは──」
(隼人君の事が好きだからだ、と。今ここで言った所で間違いなく拒絶される。聞いてはくれるだろう。理解も示してくれるだろう。或いは、私の事を女として意識するようになってくれるかもしれない。だけど、それだけだ。今想いを伝えても付き合ってはくれない……絶対に)
先週末のお家訪問。
その時に色々と現状を理解した翠。
攻める所は攻めるが、一線を越えた攻めはしないようにしている様子。
好きだ、愛している。
その想いを伝える為に。
この言葉が響くようにする為にも、今は隼人の中に新しい館花翠と言う土台を作らなければならないと彼女は考える。
「それは──それは、先輩に早く元気になって欲しいからだ。それに、私は家族以外に料理を食べて貰った経験が皆無に等しいからな。家族以外の意見を聞きたいとも考えている。先輩は料理を食べる、私はその感想を聞く。私にとっても良い取引なんだ」
(本当はただ料理を食べて貰って、そのまま泊って貰って、夜は私を好きなだけ食べて貰えれば一番だと考えている。だが、前回の反応を見るにまだそれは早い。故に、尤もらしい理由を付けてまずは料理を食べて貰う関係を目指す)
「はー……なるほどねぇ。元気ってのは館花が気にするような事じゃないんだけど。まー、でも、料理ってやっぱ上達してくると誰かに食べて欲しくなったりするもんなんだ?」
「うむ。皆がそうとは限らないだろうが、私の場合は家族以外の意見も聞いてみたいと思うようになった感じだ。先輩なら家も近いから、丁度よいと思ってな」
「俺は丁度良い実験台って感じ?」
「そ、そう言う訳ではないのだが……ただ、家もそう遠く離れていないから」
「いやいや、怒ってるとかじゃなくて。それに、食べるのは全然問題ないんだけどさ」
「本当か!」
「お、おう。本当だって。前に帰る時に言ったけど、館花の料理は美味いから俺だって食べたいとは思うよ」
「ああ! いくらでも食べてくれ! 毎日三食用意する事も可能だ! 任せてくれ!」
「だから! さっきも言ったけどそう言う問題じゃないんだって」
ガッツポーズをして力強い言葉を放つ翠を見て、隼人も逆に力強く否定の言葉を並べる。
「そう言う、問題……? とは?」
「さっきも言ったけど、御馳走になってばっかりだと釣り合いが取れないって話だ。食費やらなにやらあるだろ、普通に考えて」
「いや、だからそれは全然問題ないと──」
「館花が気にしなくてもこっちが気にするんだって。俺も気にするし、そう頻繁に御馳走になってたらうちの親だって普通に気にするわ」
「しかし、私は何も問題はないわけで」
お弁当や料理を作ってくれる女子。
家にやってきて手料理を振舞ってくれるヒロインは、男子なら誰しもが強く憧れる存在かも知れない。ある日突然そんな幼馴染やヒロインが地面から生えてこないだろうかと、一度や二度は考える事もあるかもしれない。
「てか、普通は気にするだろ。じゃあ逆に聞くけど、館花は他人に毎日飯奢って貰ってそれが当たり前だとか思うのか? そう言うタイプなの? 館花先生も何も言わないのか?」
「まさかっ! そうは思わない! いや……なるほど、しかし。確かに、そうだな。そうか。いや、うーん、な、なるほどぉ」
しかし、実際にそんな人が居たらどうか。
普通の感性を持つ人間は間違いなく色々と気にする。少なくとも食費については確実に考える。
もちろん、有難いと言う気持ちそのものに嘘はないだろう。だが一方で、それを無償で、何の見返りも無く、当たり前のように受け取り続ける事が出来るのは余程強靭な精神力を持った人間だけだと思われる。
そして、残念ながら城崎隼人は小市民。
なので、その辺の事をなあなあにするのが気持ち悪いと感じるタイプ。
隼人の言葉を聞いた翠もまた、それはそうかもしれないと納得して、どうしたものかと頭を捻り始めた。
憧れるけど、限度はあるよね




