第29話 今は焦らない方が良い
口ごもる明星を見た隼人は一度漫画を置いて、しっかりと彼女を見て再度話しかける。
「あのさ……もし、乃愛に振られたのが自分のせいだとか思ってるなら、それは違うからな」
「え?」
「そりゃまあ……。正直言って空野に相談して良かったとは、思ってないけどさ」
「あ、ぅ、うん。だ、だよね」
「いやいや、責めてるとかじゃなくてさ。ただ、女子側の意見ってのが色々聞けて良かったとは思ってるのは本当だから。そこはマジで感謝してるよ」
「それなら……その、良かったです」
すぐ隣に座ってキョロキョロと目を泳がせている空野を見ながら、とりあえず自分なりの考えを口にする隼人。
(振られた直後急に慰めるとかなんとか言い出してきたから、多分そう言う事なんだろうとは思うけど。気にし過ぎだろ。自分の発言で俺が告白して振られたからとか、そんな感じの事で気にしてるんだろうけど。告白するって決めたのは俺だ)
相談と言ってもこの一年二年はただ暴言を浴びせられるだけだった。だが、それでも誰かに話を聞いて貰えるだけでも、隼人としては少しばかり助かっていたのかもしれない。
仲の良い男子に相談しても惚気話と言われるだけだった中で、常に辛辣な言葉を口にする女子。他と違う意見はそれだけで貴重だったのかもしれない。
「正直すげえムカついた事もあったのはマジだけど。でもまあ、今はそう言う事なのかなってのもわかるようになったから。結局は空野の言ってる事が一番当たってたんだろうなって納得もしてるよ」
「そ、それなら、あの、良かった。えーっと、あっと……ごめんね」
「もう良いって。全部終わった事だしな。空野に散々言われるようになって、自分が女子から見たらどんだけ魅力のない男なのかってのもよくわかるようになったからさ。その事を教えて貰っただけでも今は助かったと思ってるんだって」
中学高校とどんどん可愛くなった女子。
今ではインフルエンサーとして学内外で人気を博す空野明星。
そんな彼女に日々『男として終わっている』やら『ダサい』やら『馬鹿』やら『ムリ』やら『キモい』やらと、相談をする度に厳しい評価を下された城崎隼人。
散々な評価を下される日々。
自分的にはそこまで壊滅的に酷くない。
(そんな風に思ってたつもりだけど、そうじゃなかったんだよな。結局、空野の言ってる事は全部ちゃんとした事実だったんだよな。乃愛だって俺が幼馴染じゃなかったら話もしてなかったんだろうって、今ならわかる)
黒川乃愛に振られ今。
隼人は明星の言葉を全て受け入れていた。
彼女の言葉こそが正しかったと納得していた。
失恋による傷心はもちろんの事。
そこにプラスして、今は男としての自信を完全に消失している状態。
自分と言う男子は女子から見たら終わっているのだと、明星の言葉を受け入れてしまっていた。
「うぇ!? ちがッ! あぁ! やっ! ちが! いやいや! それは、ああ、全然違って、ですね!」
「別に良いってもう。そう言う意見って普通の人は面と向かって言い辛かったりするって言うしな。だから今は逆にズバズバ言ってくれて助かったと思ってるんだって、マジで」
「隼人超カッコイイからぁ! ホントだよ! めっちゃ優しいし、気配りできるし! 乃愛、の、乃愛が見る目ないだけだって話でねっ! あの子見る目ないなぁって! 私なら全然っ! そんな、私は隼人のことずっとカッコイイ──」
自分のせいで隼人の自尊心が壊滅状態にある。
その事に気が付いた明星が必死に慰めようと口を開いたけれど──。
「は? あのさ、乃愛のこと悪く言うのは違くね? 俺の事は何言っても良いけど、そう言うのマジでやめろよ。俺が終わってるだけなのに、それで乃愛が悪いみたいな言い方すんのは違うだろ」
「あっ、じゃッ、じゃ、じゃなくて! ですね。ご……ごめん、なさい。そ、そう言うんじゃ、ないんだけど……」
駄目だよ、明星ちゃん!
落ち着いて! それはよくないよ!
相手の元カレや元カノ、想い人への悪口。
これは失恋直後の相手にやっちゃいけない事ランキングの最上位に位置する超弩級の特大NG行動。何故なら、振られたからと言って相手の事が即座に嫌いになるわけではないから。
振った側は清々する事もあるのに対して、振られた側はしばらくは思い出を引きずるのが普通。失恋期間とは、届かなかったお相手に対する想いを募らせる期間でもある。
故に、たとえ慰めようとしているのだとしても、良く知りもしない第三者に想い人の悪口を言われたら普通にムカツク人が殆ど。
もちろん、中には一緒に悪口を言いまくってストレスを発散するタイプの人も居るので、そこは個人に合わせて慰め方を変える必要がある。
そして隼人はバリバリの前者。
まだ乃愛への想いを引きずっている最中。
「乃愛はただ俺の事そう言う風に見てなかったってだけで、告白して振っただけで悪者扱いってのはおかしくね? そうじゃなくても、友達の事悪く言うのは辞めとけよ。聞いてて気分よくないから」
「だ、だよねっ! うん、そうだよね。でも、いや……そう言うつもりじゃなくって。だから、隼人は全然イケてるって事が言いたくて。……そう言う感じ、でしてぇ」
「そりゃどうも。空野にそう言う事言われるのは違和感えげつないけど、俺もあんまり落ち込み過ぎないようにはしてるから、そっちも気にしなくていって。そもそも振られたのは空野のせいじゃなくて俺のせいなんだから、そんなに気にしなくていいって。こうやって面白い漫画教えて貰えるだけで助かってるからさ、な!」
「……う、うんっ」
いつも通りの優しい笑顔を浮かべている隼人を見て、ぎこちない笑顔を浮かべた明星は意気消沈。
(これアカンやつぅ……。私が何言っても全然通じてくれないパターンのやつぅ……。そ、それは、まあ、これまで隼人に対して散々そう言う事を言っていたのは他ならぬ私でありましてぇ──)
お家デートで舞い上がって見えていた幻覚症状が醒めたのか。
過去の自分が積み上げた負債。
それがまだ全然返済出来ていない状態であると気付いた明星は、これがただの負債ではない事にもようやく気付いてしまう。
好きな人の自己評価や自尊心を根こそぎ破壊するのような、質の悪い負債だった事にも気付いてしまった。
再び漫画を読み始めた隼人を横目で見る明星は、ただただ焦るのみ。
(家に遊びに来てくれるし、今だって身体くっつけながら漫画読んでても怒られない。嫌いとまでは思われてない……はず。でも、それだけな気もして来た。隼人のもってる私に対する人物像が壊滅的に悪い気がしてきた。あ、いや、まあ、良くなる要素がないんですけどぉ……)
黙って漫画を読んでいる横顔をチラチラと見るも、そこに緊張感や嫌悪感と言った様子は皆無。
(部屋で二人きりで肩と肩をぶつけてる状況なのに、無関心過ぎると言いますか……。学校の男子なんてちょっと話しかけるだけで喜んでくれるのに、聞いても無いのにリリンクに予定送って来て、暇があれば遊びに行こうって誘って来るのに。……隼人はそう言うの全然ないもんね)
自分の事をそう言う目で見ている事がよくわかる多くの男と違って、この状況で自分の方を見ようともしないで普通に漫画を楽しんでいる隼人。
それが意味する所が何かと言えば。
(……そ、そうだった。隼人が乃愛に振られたってだけで、だからと言って私が恋愛対象として見られるようになったわけじゃないんだよね。むしろ、自業自得とは言え、隼人からすれば私は恋愛対象から一番遠い場所にいるような気がする。これ、ど、どうしよう。どうすればいいんだろう)
その後、折角お部屋の中で二人きりになれたと言うのに、特に何がおきるわけでもなく緩やかな時間が過ぎっていって──。
「それじゃ、今日は楽しかったよ。いやー、漫画めっちゃ読んだわ! 今日借りてくこれもまた返しにくるから、都合いい時あれば教えてくれな」
「もちろん、いつでもどうぞおぉ~」
そして、とうとう何も起きる事なくお開きとなった。
漫画が詰まった紙袋を持った隼人を玄関で見送る明星は、両手を小さく振って笑顔で彼をお見送り。
「……ど、どうしよう」
パタリと閉じた玄関を見て小さな声で呟いた。
一般的に失恋後は三ヵ月前後様子を見した方がいいらしいですぜ、明星さん! つまり夏が勝負じゃないですかね!




