第26話 サラブレッド系ガール
広々とした空野宅を歩いて向かう先。
それはもちろん明星の部屋、ではない。
「この前も久々に見て思ったけど、やっぱり空野の家って凄いよな」
「私は見慣れてるからわからないけど……。高校から出来た友達はちょっと連れて来れないかも」
「昔は結構偏見あったとか聞くけど、今は別に隠すような事でもないと思うけどな。つっても、逆に入り浸られても困るか」
「それはそうかもぉー、ふへへ!」
明星に続いて隼人が足を踏み入れた部屋。
そこは、空野宅にある一番大きな部屋。
蔵書数二万二千冊以上を誇る空野家の共有図書室。
ズラリと並ぶ本棚には掲載されている雑誌毎に、作者順で並んだ漫画がぎっしりと詰まっていて、その全てに透明のブックカバーが付いている。
「てか、しばらく来てなかった間にまた増えたよな?」
「うんー。お父さんとお母さんが次々に買って来るから。被ってるのもあると思うけど、隼人が来てた頃よりもかなり増えたと思うー」
そんなお部屋に入った明星は、隼人が読み終わった漫画を棚に戻しながら話をする。しかし、相変わらずの立派な室内を見渡しながら明星に近付いた隼人は、彼女が手に持った漫画を少しばかり強引に奪い取った。
「あっ、な、なに?」
「貸せって、本棚に仕舞えばいいんだろ? 高い所は俺がやるから」
「う、うん……ぁ、ありがとぉ」
「ありがとうもなにも、そもそも俺が借りた漫画だしな。ある程度場所教えてくれたら、自分で仕舞うから」
背伸びをして漫画を戻そうとしていた明星。
彼女から奪い取った本を本棚に戻す隼人。
横並びになった二人は子供の頃とは違う。
すっかり大人の身体になった今、身長差は歴然。
自分で戻そうとすると少し届き辛い場所にヒョイと漫画を仕舞う隼人の横顔を、明星はドキドキしながら見ていた。
ポッチャリしていた小学生の頃と違って、今やフォロワー十万人を超えるインフルエンサーとなった美少女。恋の力で激変した空野明星だが、何も恋の力は女子だけの特権ではない。
城崎隼人もまた隣を歩く幼馴染の為に、必死に自分磨きをする日々を送っていた。もちろん、メディアを飾るイケメンアイドルには敵わないかもしれないが、髪も整えて清潔感を維持。ファッションセンスも悪くない。適度に鍛えられた肉体は細くてマッチョ。
全体で見れば十分に上位に位置する容姿。
(隼人の腕ってこんなに筋肉質だったんだ……なんだかエッチだぁ……!)
筋張った隼人の腕を間近で見る明星は、勢いよく鼻息を吹き出していた。
◇
高級マンションの一番広い部屋を漫画部屋にしている事からわかる通り、空野明星のご両親は立派なオタク。そして、そんな両親から生まれて育てれた彼女はサラブレッドなお嬢様。
オタクは市民権を得た。
今はオタクがモテる時代になった。
そんな妄言が振りまかれる現代社会。
しかし、無論そんな事は有り得ない。
市民権を得ている事に間違いはないけれど、では昔ながらの『デュフフ』なオタクや『フォカヌポウ』なオタクがモテるのかと言われると、そんな訳はない。
オタクと言うステータスがモテる訳ではない。
あくまでもモテるのはオタクな趣味を持っている陽キャであって、別にオタク趣味がモテているわけでもなんでもない。
今も昔も異性ウケの悪い趣味の中に、オタク系の趣味が常に上位をキープしているのは覆しようのない事実。陰キャのオタクが目の敵にされているのは、今も昔もなんら変わりはないわけだ。
(ふっへっへ! 隼人って身体鍛えてるとか言ってたけど、腕の筋肉もいい感じだよね。お姫様抱っことか出来るのかな? 執事服とか着たら絶対似合うよね。執事の出てくる漫画を読んで貰って、興味が出たら──)
サラリと自分から漫画を受け取って本棚に戻していく隼人を見て、明星が考える事は彼のコスプレした姿と、そんな彼にお姫様抱っこをされる自分の姿。
優しいオタクの両親。
そんなご両親からオギャーと生まれた明星は、言うまでもなくオタクに成長。
今となってはリリンクで十万人以上のフォロワーを持つ美少女なので『実は漫画やアニメが大好きなんですー!』と言っても、全然受け入れて貰える事は間違いない。寧ろ、新たなファン層を獲得できチャンスなので、カミングアウトをしても問題はないと思われる。
しかし、じゃあ昔からそうだったの?
と言われると、全然そんな事はない。
昔の明星はお世辞にも可愛いくはなかった。
ぽっちゃりしていた。
似合わない眼鏡をかけていた。
オシャレにも無頓着だった。
趣味と言えば漫画とアニメ。コミュニケーション能力は今以上に低レベルで、ランドセルに推しキャラのグッズを付けて、自分の話したい事だけを話す面倒臭い奴。
空野明星はそんな小学生だった。
特に隼人と出会うまでは酷かった。
天真爛漫な彼にありのままの自分を受け入れて貰えるまでは、所謂モテない方の残念な方のオタクだった過去を持つ少女。
しかし、そんな彼女も小学六年生の時に、彼の隣にいつも黒川乃愛と言う可愛らしい幼馴染が居る事に気が付いて、変わる事を決意。
私立の御鐘井学園に入学すると同時にオタク趣味は完全に隠蔽。
漫画の代わりにファッション雑誌を。
アニメを見る時間で運動を。
オタク趣味を持っていると思われる心惹かれる仲間との会話よりも、オシャレ女子の間に入ってぎこちないトーク練習を優先する日々。
幸いにも可愛いを作る技術はあった。
その昔それなりに有名なコスプレイヤーだった母から伝授された技術によって、リリンクでは可愛い自分と只管にオシャレなプライベートをアピール。
そして今に至る。
とは言え、小学校六年から高校二年に至る今も尚、研鑽に研鑽を重ねて可愛い変身を果たしたわけではあるが、中身がオタクである事に変わりはない。
「──これがまたヒロインが可愛くてね! もうこの表紙の絵だけでも可愛いんだけど、この子がもう健気で健気で。あ、ネタバレはしないよ! しないけど、まずは二巻のラストまで読んで、それから」
小学生の頃に出来たオタク友達とも、今ではもう会わなくなって久しい明星。
御鐘井学園ではオタク趣味とか全然わかんなーい、と言うキャラクターで通してしまっていて、それで高校二年までやってきたので今更オープンにするのも微妙。
ここまで来たら卒業まで行ってしまって、大学進学のタイミングでキャラチェンをする方が無難なので、身動きが取れない状況。
故に、現在オタクトークが出来る相手が非常に乏しい彼女にとって、自分の趣味を理解してくれている好きな人と言う存在は心身を破壊し得る程の劇毒に近い。
「おお。そっちも気になって来たけど、まずは先にすすめてもらったこっち読んでその後かなー。こっちはこっちで超面白いしな」
「でっしょお? 隼人が昔面白いって言ってた漫画考えたら、合うんじゃないかなーって思って! でねでね──」
好きな人が自分の話を興味深そうに聞いてくれる。
そんなの明星に限らず誰だってテンションがぶち上がるのは間違いない。
話したい事がいっぱいある彼女は、上手に話を促してくれる聞き上手な隼人に向かって延々と漫画の話しをしていた。
これはこれで立派なお家デートなのかもしれない。
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