第25話 作戦は上手くいく事の方が少ない
怒涛の一週間を体験した城崎隼人。
乃愛に振られてからまだ一週間も経過していないと言うのに、濃密な日々を過ごして心が休まらない傷心中の青年。そんな青年は土曜の朝早くから適当に朝食を済ませると適当にシャワーを浴びて適当に着替えた所で、お出掛け。
目的地は言うまでもない。
空野明星の家である。
(空野に借りて久々に読むようになったけど、やっぱり漫画って面白いよな。何でこんなに面白いんだろう? あらゆるクリエイターの中で週刊漫画家以上のクリエイターって存在しないと思うんだよな、たぶん。てか、どんな頭と体力してたら、週一で漫画描けるんだろう。……え? おかしくね? 普通に無理じゃね?)
つい先日、明星に借りた漫画。
それらを全て紙袋に全部詰めてお出掛け。
この数日で十冊以上の漫画を読んだ隼人は改めて感動していた。
漫画と言う文化の極みに感動。
霊長類の頂点に位置するであろう、漫画家と言う生命体に感謝をしながら家を出た。
「あー!」
出たのだが、家を出た所で聞こえて来た声で現実に引き戻される。
「隼人どっか行くのー?」
「おーう! ちょっとなー!」
声をかけて来たのは二階にある部屋から少し身体を乗り出した幼馴染、黒川乃愛。
「えー、今日暇だから遊ぼうと思ってたのにー」
「はは! 悪いな、今日は先約だわ!」
「つまんなーい! 帰ってくるのいつー?」
「そんな遅くはならないと思うけど、わからーん。じゃ、ちょっと行ってくるわー」
「いってらー! 早く帰って来たらあそぼうねー」
「うーっす!」
窓から身体を乗り出した乃愛が手を振る。
大好きな幼馴染の笑顔を見上げて軽く手を振り返した隼人は、少し歩いて彼女が視界から消えた所で溜息を吐き出した。
(……避けたいわけじゃない。でもやっぱ、どうしても避けてしまうよな。つっても振られた直後よりはマシになってきたかもしれない。二、三ヵ月も経てばなんとかなるのかもしれないけど、どうなんだろうなー)
昨日、翠の家で夕食を食べようと思ったのも。
今日、明星の家に行って漫画を読んで過ごそうと決めたのも。
あんまり自分の部屋に居たくないと言う理由もあるようで、明星にしても翠にしても、その辺の隼人の心の隙間を上手い具合に突けているのかもしれない。
失恋やその他諸々で弱った心。
そこに付け込んで傷心中の相手を籠絡する。
これは古来より脈々と受け継がれるダークサイド兵法の一つだが、宗教やスピリチュアル、壺の販売等々は別にして、恋愛市場の場合はどうぞご勝手にと言った所。
付け込まれて変な男になびくのも。
ほだされて変な女に心を許すのも。
全ては本人の意思。
戦争と違って恋愛にはルールが存在しない。
勝てばラブラブ、負ければシクシク。
それだけの話。
尤も、二人のアプローチが隼人に効いているかは微妙な所。
(てか、俺と乃愛が付き合わないって事は……そのうち乃愛にも彼氏が出来るんだよな? うーわ、ダメージえぐそう。やっべぇな。部屋がすぐ隣だから色々聞こえてきたら死ぬかもしれん。……大学生になったら一人暮らし許して貰えないかなぁ)
家を出るまで漫画で埋め尽くされていた隼人の頭は、偶然にも乃愛と顔を合わせてしまった事で今度は彼女の事で埋め尽くされてしまう。
そうして、すぐ隣に住んでいる事のメリットだけではなくて、すぐ隣に住んでいるが故のデメリットにも気が付いてしまった隼人がテンションを低くしてトボトボト歩く事しばらく。
「いらっしゃい! 隼人っ!」
制服とは違う服装。
白と黒を基調とした楚々としていながらも女の子らしく可愛い、フレンチガーリーな私服で飾った明星に出迎えられた。
たとえ部屋の中で漫画を読むだけだとしても、好きな人と休日を過ごすのであれば、それは紛れもないデート。
二人きりで遊ぶのはもうデートなのである。
ばっちりコーデは恋する乙女にとって当たり前。
(大丈夫、今日も私はばっちり可愛い。今朝あげたこのコーデも既にリリンクで高評価が22.5k! いけるいける! いけるよー! 私! 今日も可愛いよ、私! 頑張ろう、私!)
そんな感じで自分で自分を褒めて奮い立たせる明星が玄関を開けて出迎えると、ばっちりオシャレをキメた彼女に隼人が反応をする。
「よっす。お邪魔します。とりあえずこの前借りた分は全部持って来たから、読んだ分は先に戻したらいいかな?」
「え? あ──あー、うん! それは私が後で戻しとくから、どうぞどうぞー!」
実に自然な反応の隼人。
または無反応とも言う。
そんな隼人に明星はただただ笑顔でお返事。
招き入れた彼をまずは洗面台に案内して、手洗いをして貰う所からなのだが──。
(お、おかしい……なんの反応もなかった。想像していた展開と……違う……)
なにやら隼人の反応が想定と違ったのか。
彼の少し前を歩く明星は目を見開いて、原因を探っていた。
明星の脳内計画は完璧だった。
玄関を開ける。
洋服可愛いね、凄く似合ってるね。
──的な事を隼人が言う。
それを聞いた自分はお礼を口にする。
隼人の服の好みをさり気なく聞く。
しばらくして漫画を読むのに集中する隼人。
その間に彼の好みに合わせて着替える私。
隼人の為に着替えて来たよ!
うわ可愛い、明星好き!
私もちゅき!
幸せなキス。
ベッドイン。
ゴール。
(──って、なるはずだったのに。全然……反応してくれなかった。……うーん、隼人の好みじゃなかったのかな? ミモレ丈のスカートだから良くなかったとか? やっぱりミニにしてもっと足出した方が良かったのかな。思春期の男子はパンツ見せてれば大体何とかなるって言うもんね)
その考えはどうかと思う。
しかしながら、隼人に全く反応されなかった事もまた事実。
原因を探ろうとすること自体は悪くない。
だけど、自分の頭の中だけで考えた所で原因が分かるわけがない。
「あっ、あのね!」
「うーん?」
と言う事で、手を洗ってリビングに移動する明星はすぐ後ろにいる隼人にくるりと振り返ると、思い切って聞いてみる事にした。
あれやこれやと頭の中で考える暇があるなら、わからないなら事は本人に直接聞くのが一番良い。当たり前の話。
なぜなら──。
「この服! あの、その、隼人から見て似合ってる、かな? あ! でも、あれだから! あんま似合ってないなら全然正直に言ってくれていいから! 率直な意見が聞きたいです!」
「いやいや、余裕で似合ってるだろ。あー、でも、そうか。空野の場合って服が似合ってるのかどうか判断難し辛いってのも──」
「えなんでなんでなんで?! どっ、どの辺が似合ってないとかってある? 参考にしたいですっ!」
──なぜなら、恋は一人ではなく二人でするものだから。
会話を重ねる事でしか相手の考えている事はわからないのだから、わからない事があるのなら一人で考えるよりも聞いた方が良い。一つでも多くの言葉を重ねてわかり合う方がずっと良いから。
もちろん、聞いた結果が良いとは限らない。
話が合わない事もある。
落ち込む事もあるかもしれない。
「違う違う違う、話を聞けって」
「話を聞く!」
「だから服はめっちゃ似合ってると思うよ」
「そ、そうなの?」
「そそ。ただ、それって単純に空野が可愛いから何着ても似合うってだけなのかもなって話。可愛い奴とかイケメンって大体何着ても似合うだろ? だから、似合ってるとは思うけど、ファッションとかよくわかんないから適当言えないんだって」
「──!」
それでも、聞いた結果予想以上に嬉しい言葉が返って来る事もある。
「そッ、そっかー! なるほどおお……! 確かに、それは参考にならないかもしれないぃ。漫画を読みましょぉおぉー」
「なんの参考かは知らないけど、悪かったな。でも、似合ってるんじゃないか?」
再びくるりと回って背中を見せて歩き出した空野を見て、軽く肩をすくめた隼人。
(頑張って可愛くなって良かったぁア……!)
思わず隼人から顔を逸らした明星。
真っ赤になった顔で前を向くと、色々考えていた事を全部忘れてウキウキな足取りで漫画の置いてある部屋に向かって歩き出した。
恋は出たとこ勝負だよ、明星! そもそも君は難しいこと考えるの苦手でしょう?




