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第22話 命短し恋を征せよ乙女たち


 館花翠を引き剥がす事に成功した隼人が早速親に連絡したところ、二つ返事で許可が下りてしまう。


 その連絡を受けた直後。

 少々派手に動き過ぎて着崩れた着物を直す為と、夕食の準備をする為に、翠が大喜びで退室した。


「……なんやあいつ……おかしいでぇ……」


 退室する彼女を見送った隼人はなぜか関西弁でボソリと呟くと、夕食の準備が終わるまでやる事が無いので、黙々と学校の課題をこなす事にした。


 夕食が完成したのは十九時前。


 エプロンを付けた翠が呼びに来てくれた所で、勉強を中断した隼人はまた別のお部屋に移動。


 通された部屋はまた和室。

 先程まで居た六畳の客間よりも広い十二畳ある和室。


 掛け軸や盆栽が飾られているだけの質素な部屋の中心には、美しいけやきのテーブルとその上に並ぶ美しい料理が並んでいた。


「おおー……。え? これ作ったの? 館花が? こ、こんなの家で作れるもんなの?」

「作らせて頂いた! もう少し時間があればもっと別の物も作れたのだが、あまり待たせるのも悪いと思って、済まない!」

「いやいやいや、済まないって言うか──」


 所謂、会席料理。

 前菜となる先付け、吸い物などの椀物、刺身などの向付むこうづけ、焼き物の鉢肴はちざかな、等々。


 想像していた夕食とかけ離れた夕食。

 異様なクオリティの料理が並んでいた事に面食らった隼人は若干恐怖した。

 恐怖したが、素直な感想を口にした。 


「マジですげぇな。プロじゃん。本当に料理上手いんだな」

「そ、そうだろうか? そうたいしたモノではないのだが、味の方も気に入って頂ければ幸いだ」


 褒められて得意げな表情を浮かべる翠。

 胸を張ってフフンと鼻を鳴らす彼女に、隼人は念の為に確認を取った。


「なんか……すげぇ高そうな雰囲気あるけど、後で金取ったりしない? そんなお金ないんだけど」

「なっ! しないしない! そのような事はしない! 生涯無料だっ! 好きなだけ食べてくれ、先輩!」


 そんな隼人の言葉に両手で自分の胸の当たりを抑えた翠が熱弁。


 生涯無料もおかしいだろ、と。心の中で静かに突っ込んだ隼人だが、熱弁する翠を見てどうやら本当に食べて良いっぽい事が分かった所で座椅子に着席した。


「でも、見た感じ二人分しかないけど先生は一緒に食べないの? 後、おじさんもそろそろ帰って来てるんじゃないのか? てか、梗吾きょうごさんと陽花里ひかりさんは家に居ないのか?」

「兄も姉も大学在学中は一人暮らしを謳歌されているので実家には不在だ。父と母は二人で食べているから問題ない。自分達が居てはゆっくりと出来ないだろうと、私達は年の近い者同士二人で食べるようにと気を遣って下さった」

「なるほどなー。一人暮らしか。大変そう」

「大変とは聞いていない。二人とも楽しそうにされている。そう言う事だから! 私達は二人の夕食を楽しもうではないか」

「うぃっす」


 翠の言葉に納得する隼人。

 ふむふむと頷きながら、興味津々な様子で料理を見る彼の姿に翠はウキウキ。


(本当は私が隼人君と二人きりになりたかったから母と父を説得したのだが、二人とも察しが良くて助かった。今宵の夕餉ゆうげは精のつくモノを選択した故、あちらはあちらで弟か妹を勝手に作れば良い。──こちらはこちらで推して参る)


 何やら不穏な事を考える翠も笑顔を浮かべながら、隼人の向かいの席に静かに正座する。


 館花翠も空野明星と同様。

 隼人と乃愛のラブを見せつけられる日々の中。

 どれだけ綺麗になっても、年下の女の子としか見られない日々の中。


 戦い続けていた、過酷な現実と。

 厳しいストレス社会と。


 そんな世の中を生き抜く為に、日々隼人を想ってハッピーでセルフなプレジャーなジョブに勤しむ事でストレス発散をしていた逞しい乙女、館花翠。


 そんな翠と明星にとって、目の上のたんこぶである乃愛が消滅した今、二人はこれまで脳内でしか出来なかった妄想を実現させる千載一遇の好機。


 抑えつけていたラブリーが溢れ出るリビドーになって、頭の中が多少ハッピーになるのも致し方ないのかもしれない。


 とは言え──。


「うーっわ、うっま! 揚げ物ってこんな綺麗にあがるのか。カキフライって美味いよなー!」

「あっ、うん! どんどん食べていいですから! 足りなければおかわりもあります!」


 色々考える気持ちはある。

 企みが無いとは言えない。

 下心はもちろんある。


 だけど、好きな人が自分の手料理を美味しそうに食べてくれる姿を見れば全部何処かに行ってしまうのか。


 昼間全然食べて貰えなかった事もあって、夕食をパクパク食べている隼人の姿が余計に嬉しいようで、難しい事を考えるのを忘れた翠は終始ニコニコな笑顔。


「牡蠣って今が旬なんだっけ?」

「一般的には冬だが、今は養殖や冷凍技術も向上したからな。上を目指さなければ、一年中食べようと思えば食べられるようになっているんだ」

「おおー、そう言う知識も持ってるのか。じゃあ、こっちの──」


 料理の説明、食材の説明をしながら続く、ゆったりとした二人だけの夕食。


 この数年、凍り付いたように止まっていた隼人と自分の時間。動くはずが無いと思っていた時間。


 それがゆっくりと動き出すのを感じた翠は、逸る気持ちをどうにかして理性で押さえ込む。


(これまで散々な事を言って非礼を働いた。きっと私に対してまだ思う所もあるはずだ。無礼を通り越した目に余る言動があった事を……今は、自覚している。それでも、そんな私にもこうして笑ってくれるのだから、やはりこの人は素敵だ。隼人君はその在り方が美しい)


 昔のような関係にはまだほど遠い。

 それだけではない。

 今はきっと煙たがられている。

 胸を張って友達と言うことも出来ない。

 それ程までに関係は落ち切ってしまっている。


 もしかしたらもうダメなのかもしれない。

 昔の関係には戻れないのかもしれない。


(⋯⋯だが、それで構わないじゃないか。別にいいじゃないか。それの何が悪い)


 美味しそうに料理を食べる隼人。

 今一度彼を見た翠は弱気な心を全て否定する。


(なにも、私は昔の関係に戻りたいわけではない。城崎先輩に──隼人君に──ただの後輩ではなくて、年下の翠ちゃんではなくて、今度こそ一人の女として見て貰うんだ。昔の関係に戻る気など最初からない。黒川先輩と言う障害が消えた今、私はこれから先輩との関係をスタートさせるんだ)


 これまで数々の非礼を働いた。

 そんな自分が無理矢理に誘った夕食。

 思う所もきっとあるに違いない。

 ムカツク気持ちも少なからずあるはず。

 それでも、自分のようなダメな後輩を心配して家の前まで足を運んでくれた。


 ただ楽しそうに、美味しそうに。

 自分が作った料理を食べてくれる隼人を見た翠。

 彼女はこの恋をもう一度最初から始めよう、と。

 そう心の中で誓った。


 自分が作った料理を美味しそうに食べてくれる隼人を見た館花翠が再起を誓い、嬉しそうに微笑む。


 一方その頃──。


「えっとぉ……えーっと、えとえと……」


 勉強を終えた空野明星がスマホを持ってベッドの上に寝転がっていた。


 ゴロゴロと寝転がる彼女は土曜日の明日、隼人に漫画を返しに来て貰えるように、家に来て貰う為の連絡を打ち始める。


「よ、よし! これでいいかな! シンプルだ!」


 そして、考えに考えた文章をしたためて、気合を入れて送信した。



 ◇ ◇ ◇



 斯くして物語は幕を開ける。


 ずっと叶わないと思っていた恋。

 ひた隠しにされてきた淡い恋心。


 動くはずの無かった運命の歯車は今動き始めた!

 だったら後は油を注いで全力で回転させるのみ!

 命短し恋せよ乙女たち!


 ちょっと遠回りをしたかもしれない。

 ちょっと失敗をしたかもしれない。

 今度は空回りをしているかもしれない。


 それでも、願わくば。

 今度こそ後悔の無い恋を走り切れますように。



 一章 命短し恋せよ乙女・完





 二章 勇者たちの饗宴きょうえんへ続く?

誰が勝っても誰が負けても。今度こそ後悔だけはしないように、全力で頑張ろうね

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