第21話 その攻め方でいくんだな!
翠が何を考えているのかは依然として不明。
だが、どうやら彼女が自分の心配をしてくれているらしい気持ちを受け取った隼人。
「確かに辛いと言えば辛いけどさ。館花が気にする程じゃないから、あんまり気にしなくても大丈夫だよ。てか、今日の昼もそれが言いたかったのか?」
「そ……そう、です」
「って事は⋯⋯ん? なんだ? 何か他に深刻な相談があるとか、そう言う訳ではないのか?」
「あ! ないっ、な、ない、です! 申し訳、ない、です」
翠の言葉を聞いて隼人の緊張も解れたのか。
胡坐をかいたまま背中からごろんと倒れると、天井を見ながら隼人が大きな溜息を吐き出した。
「なんだよおー、脅かすなよなぁ。こっちはなんかあったのかと思って心配してたってのに」
「すすす、すまない! いや! しかし、や! だが、何と言ったものかと思ったもので!」
「いやいや、普通にそう言えって。突然昼に呼び出されて、部室行ったら重箱の弁当が並んでて、何の話かと思ったわ」
「いや! それは、だから! 美味しいご飯を食べて貰えれば元気になるのでは、と……思った次第で」
「ああーえ? あ、じゃあ、今日のアレって俺に元気出して貰おうと思って作って来てたのか? やたら食え食え言ってくるなとは思ってたけど、そう言う事か」
「……す……すまない」
「謝られるような事でもないけど、突然過ぎたからなんかよくわからなかったんだって。でも、そう言う事ならこっちこそ悪かったよ」
勢いを付けて身体を起こした隼人は再び胡坐かいて座布団に座ると、素直に謝罪の言葉を口にする。
(そりゃその可能性も考えないわけではなかったけど、あまりにも突然過ぎて意識が弁当から外れてたわ。中学入ってからは殆ど碌に話しもしないで、文句ばかり言ってたし。それがいきなり二年の教室前に現れて話があるとか言い出したから、てっきりなんか大事な話と思うじゃん)
そもそも一緒に昼食を食べた事もない相手。
学年も違う、部活以外で話をする事も無い。
そんな相手が突然自分の為に弁当を作って来てくれた! とは、普通は考えない。
「用意してくれたモノに口付けなかったのは悪かったよ。でもまあ、俺ならそれなりに元気だから、あんま気にしなくていいからな」
(料理をしないからあんまりよくはわからないけど、せっかく作ったモノに一口も食べて貰えないのは嫌だろうしな。失礼な事したかもなぁ⋯⋯でも突然過ぎるだろ)
とは言え、自分が翠の料理に一切口を付けなかったのは事実。思う所はあるものの、そこに関してはきっちりと謝罪。
「いいんだ! 私が好きでやった事だから! たとえ食べて貰えなかったとしても、そう言って頂けるだけで幸せだ」
「お、おう。そうか」
なんかキャラ違くね?
と思いつつも、嬉しそうな翠に返事をする隼人。
だが、問題はここに無事解決。
「──さて。んじゃあ帰るかな」
つまり、長居は無用
「なッ!? 何故だ!」
「え? な、何故って言われても。帰りたいから帰るんだけど」
「夕食を食べては行かないのか! 一体何処で食べるつもりなんだ! 癒そうじゃないか!」
よっこいしょーと、立ち上がった隼人。
帰宅する旨を口にした隼人だが、そんな彼を逃がすまいと慌てて膝立ちになった翠が彼の腰にしがみ付いて口を開いた。
「ちょっ! いや、なんでだよ?! 家帰ったら晩飯用意されてるわ! イヤそうって何がそんなにイヤなんだっ、てかっ、なにやって──」
「我が家で食べて行けばいいではないか! 先輩、癒そう!」
「それこそなんでだよ! なにっ、ちょっ、離せっての! イヤそうってわかってんなら離せって!」
全力でしがみつく翠。
突然の和風ホラー展開に恐怖する隼人。
「そ、そこを何とかっ!」
「そこを何とかって言われてもっ!」
「風呂の準備も着替えの準備も整えている! 心行くまで寛いでくれ!」
「いやなんで俺の知らない所で泊まる事になってんだよ! いいから、ちょっ、おいっ、離せって、あっぶっ──おあっ!」
身長のある翠はそれなりに力もある。
膝立ちになって重心を低く保って腰を掴んだ彼女は、そのままレスリングのタックルのように隼人を畳みの上に転がした。
「って! ちょっ、お、おい! 何考えてるっ!」
そうして、思わず尻餅をついた隼人が立ち上がるよりも前に、そうはさせまいと倒れた彼の上に身体を乗せて立ち上がれないように体重をかけた。
「だっ、大丈夫だ! 何もしないからっ!」
「わかっとるわッ! いいから身体をどけろっての。はぁ⋯⋯何がしたい? ⋯⋯いいから落ち着けって。どうしたんだって、何かあるなら言えよ」
身体の上に乗っかる翠に両手首を掴まれて畳の上に押し倒された隼人。一瞬焦ったものの抵抗するだけ無駄と思ったようで、冷静な対話を試みる事にした。
「是、是非! 夕食を食べて行ってくれないだろうか!」
「これが人を夕食に誘う状況かよ!」
制服姿の男子を押し倒す着物姿の美しい女子の言葉に、押し倒された男子はド正論を口にする。
「きっと美味しいと思って貰えるように頑張るから! ど、どうか!」
「どうかって、あのなぁ……」
完全に冷静さを失っている翠。
自分でも何をやっているのかよくわかっていないようで、もう自分の意思では止まれない様子。畳に組み伏せた隼人の目を、真っ赤に染まった顔でじっと見つめるだけ。
そんな後輩の暴挙に隼人は悩む。
実際には強引に動けば振り解けなくもない。
いくら翠が背が高いと言ってもそれは女子にしてはと言う話。隼人の方が余裕で大きい。
強引に動いて彼女に怪我をさせないようにと、隼人が気を遣っているだけ。自分を押し倒して鬼気迫る様子で夕食を誘って来る和服女子に困惑しつつも、やたらと必死な彼女に根負け。
「はあぁ……。とりあえずうちに電話して、晩飯外で食ってきていいのか聞くから。うちの親がオッケー出すならオッケーで、NGならNGってことでいいか?」
「そ! それでいい! お義父様やお義母様の説得なら私に任せてくれ!」
「なんで館花が電話する前提なんだよ。自分でするから」
「わかった!」
隼人の身体の上でパーっと笑顔を浮かべる翠。
何か疲れる事でもあるのか、溜息を吐く隼人。
「ってことで、ほら⋯⋯いいから。まずはそこからどけ。……色々とくっつき過ぎだ。あんま男相手にこういう事やってんなよ、そのうち痛い目見るぞ」
「痛い目? ⋯⋯ああっ! なるほど! そう言う事なら気にしないでくれ。私は痛いのは大丈夫な方だからな。問題ない。オッケーだ、先輩」
「聞いてねえよ! いい加減にどけってのっ!」
「きゃんっ」
翠が要らん性癖を暴露した所でとうとうキレたのか、或いはずっと密着されている事に照れてしまったのか。
全身に力を入れた隼人が強引に翠を身体の上から退かせた。
ゴロンと転がった着物姿の美しい女子。
その顔はやはり、とても嬉しそうだった。
いいんだな? やるんだな、翠!




