エピソード30:鍵のかたち
翌朝、二人はダンジョンを上に向かった。
目的は一つだ。
七階層のゴーレムの欠片について、王城に問い合わせる。
欠片はすでに提出済みだ。
だがあの紋様が、第一実験区画の台座に置かれた石と同じだったとすれば——王城の調査結果が、鍵につながる可能性がある。
地上に出ると、森の空気が肺に入ってきた。
ダンジョンの中と外では、空気の重さが違う。
深層にいる間は気づかないが、出た瞬間にわかる。
体が、ほっとする感覚がある。
木々の間から、薄い陽光が差し込んでいた。
何日ぶりに見る光だろう。
ユズは少し立ち止まり、空を見上げた。
「行くぞ」
「はい」
歩きながら、ユズは頭の中を整理した。
扉。台座。紋様。
王城に提出したゴーレムの欠片が、そこにつながっている。
点が線になる感覚は、気持ちがいい。
同時に、扉の向こうへ近づいているという実感でもあった。
「王城に行きますか」
「ああ。ついでに報告もしておく」
月一回の報告義務があった。
前回からそろそろ一月が経つ。
ちょうどいい頃合いだった。
王城の応接室は、前回と同じ部屋だった。
国王は今回も、堅苦しい場を好まない様子で、椅子を引いて二人に座るよう促した。
「また来てくれたか。顔色が良い」
シオンが報告を始めた。
十三階層の第一実験区画。
七つの部屋の痕跡。
観音開きの大扉と、二つの台座。
右の台座に置かれた石の紋様が、七階層のゴーレムの欠片と一致すること。
そして三番の部屋で回収した書物と、黒いガラス瓶のこと。
荷袋から取り出して、机の上に並べた。
国王は静かに聞いていた。
書物を手に取り、表紙を確かめる。
時折、細く目を細める。
「ゴーレムの欠片か」
報告が終わると、国王は少し考えてから立ち上がった。
「待っていてくれ」
しばらくして戻ってきた時、手に布包みを持っていた。
「調査が終わったところだ。返そうと思っていた」
布を開くと、七階層で採取したゴーレムの欠片が出てきた。
その横に、小さな報告書が添えられている。
シオンが目を通した。
ユズも隣から覗き込む。
「人工的な魔力石。特殊な精錬技術が使われており、国内では再現不能……」
ユズは読み上げながら、手を止めた。
「国内では、ない」
「そうだ」
国王が言った。
「魔族の技術に近い、という見解が出ている。断定はできないが」
ユズはゴーレムの欠片を見た。
黒く、滑らかな石だ。
表面に刻まれた紋様が、確かに第一実験区画の台座の石と同じかたちをしている。
やはりそうだ、という感覚があった。
点が、またひとつつながった。
「これが、鍵の片方になる可能性があります」
国王はユズを見た。
前回と同じ、静かな目だ。
「お前はいつも、よく見ているな」
ユズは少し迷ってから、答えた。
「師匠に、見ることを教わりました」
シオンは何も言わなかった。
ただ、視線を窓の外に向けていた。
ユズが言った。
国王はユズを見た。
「使っても構わない。そのために調べたのだから」
「ありがとうございます」
帰り際、ユズは廊下でふと立ち止まった。
シオンが振り返る。
「どうした」
「……これを手に入れたら、扉が開きますよね」
「そうなる」
「扉の向こうに、誰かいるかもしれない」
「いると思って進む、と言ったのはお前だ」
ユズは小さく笑った。
「そうでしたね」
翌日、二人は再びダンジョンへ入った。
ゴーレムの欠片を荷袋に入れて。
空は薄曇りで、森の中は静かだった。
入口の前に立つと、いつもと同じひんやりした空気が出てきた。
もう慣れた感覚だ。
十二階層まで下り、第一実験区画の廊下を進み、階段を降りた。
大扉の前に立つ。
左の台座が、空のまま待っていた。
シオンがゴーレムの欠片を取り出した。
「やってみるか」
ユズに差し出す。
「私がやっていいんですか」
「お前が見つけた手がかりだ」
ユズは欠片を受け取った。
手のひらに乗せると、思ったより重かった。
表面が滑らかで、かすかに温かい。
台座に、そっと置いた。
右の石と同じ高さに並んだ瞬間——
扉の紋様が光った。
中心の魔法陣が、白く輝く。
光は紋様に沿って広がり、扉全体を縁取った。
低い音が、広間に響いた。
石が石を擦るような、重い音だ。
左右の扉が、ゆっくりと内側へ開いていく。
重い音が収まると、静寂が戻った。
ユズは息を止めていた。
手のひらに汗をかいていた。
台座から手を離して、袖で拭う。
扉の向こうは、暗かった。
発光石がない。
だが奥の方から、かすかに光が滲んでいる。
青みがかった、冷たい光だ。
「師匠」
「ああ」
シオンはすでに前を向いていた。
「行くぞ」
ユズは双剣に手を添えた。
足が、前に出た。
扉の向こうの空気は、これまでと違った。
温度が低い。
湿度も高い。
そして——魔力が、濃い。
廊下の奥に続く光が、少しずつはっきりしてくる。
まだ、何も見えない。
だが何かが、確かにそこにある。
ユズは前を歩くシオンの背中を見ながら、自分の呼吸を整えた。
鼻から吸って、口からゆっくり吐く。
それを二度繰り返す。
怖い。
でも、足は止まらなかった。
進むことと、怖くないことは、別の話だ。
それがようやく、体でわかってきた気がした。




