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無人島で50年も修行したら、強くなりすぎたので弟子を育てる事にした  作者: ダイス
王都機密ダンジョン編

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エピソード28:階段の下

翌朝、二人は再び第一実験区画に入った。


廊下は昨日と同じく静かだった。

魔物の気配もなく、音もない。

ただ天井の発光石が、変わらず薄い光を落としている。


七つの部屋の前を通り過ぎる。


扉はすべて閉まったままだ。

昨日と何も変わっていない。


だがユズは、歩きながら昨日見たものを頭の中で整理していた。


魔法陣の跡。

空になった棚。

壁一面の実験記録。

摩耗した鑿。

「移送済み」と刻まれた台座。

血の染み。

薬草の粉。


一つひとつは断片だ。

だがつなげると、輪郭が浮かびあがってくる。


長い時間をかけて、計画的に、何かを作っていた。

そしてある時点で、必要なものを持って深層へ移った。


「師匠」


「ん」


「研究者は、今も深層で続けているんでしょうか。研究を」


シオンは少し間を置いた。


「そう考えるのが自然だろうな」


「だとしたら——」


ユズは言葉を選んだ。


「私たちが来ていることは、気づいているかもしれません。守護者が倒されたことで」


「ああ」


「怖い、というより」


ユズは自分の感覚を確かめるように言った。


「相手も、こちらを待っているかもしれない、と思って」


シオンは答えなかった。

だがユズの方を一度だけ見た。


それで十分だった。


階段の前に着いた。


昨日止まった場所だ。

下から上がってくる冷たい空気は、今日も変わらない。

薬品と鉄が混ざったような匂いも。


ユズは双剣に手を添えた。

抜かない。だが、感触を確かめる。


「行くぞ」


「はい」


階段は石造りで、幅が広かった。

二人が横に並んで下りられるほどだ。

壁の導管がここでも続いており、階段を包むように走っている。


段数を数えながら下りる。


ユズは足音を立てないよう、つま先から着地した。

いつの間にか癖になっていた。

自分でも気づかないうちに、体が覚えていた。


三十段ほど下りたところで、空気が変わった。


湿度が上がった。

温度は少し下がった。

そして匂いが、一段と濃くなった。


「これ、魔法薬の匂いですか」


「近い。だが少し違う」


シオンは鼻を動かした。


「焦げた魔力の匂いだ。何かを長時間展開し続けた空間の」


ユズにはまだその違いがわからなかった。

だが覚えておこうと思った。


階段が終わり、広い空間に出た。


天井が高い。

これまでのダンジョンとは、明らかに規模が違う。

発光石の数も多く、区画全体が均一に照らされていた。


そして正面に、大きな扉があった。


一枚ではない。

左右に観音開きの、重厚な石の扉だ。

扉には複雑な紋様が刻まれており、その中心に魔法陣が描かれている。


「……これは」


ユズは思わず立ち止まった。


これまでの扉とは、重さが違う。

形だけではなく、纏っている魔力の密度が。

近づくだけで、肌がかすかに粟立つ感覚があった。


扉の前に、台座が二つ並んでいる。

左の台座は空だ。

右の台座には、黒く濁った石が置かれていた。


石は淡く脈打つように光っている。


「鍵だ」


シオンが低く言った。


「魔力を持ったものを台座に置いて、扉を開ける仕組みだろう」


「左が空ということは、もう一つ必要なんですね」


「そうなる」


ユズは台座の周りを一周した。


右の台座に置かれた石をよく見る。

黒い濁りの中に、細かい紋様が刻まれていた。

どこかで見た形だ。


「師匠、この紋様——」


「七階層のゴーレムの欠片と同じだ」


ユズは息をのんだ。


「ゴーレムを使って、鍵を運ばせていた……?」


「あるいは、ゴーレムそのものが鍵の一部だったか」


どちらにしても、この扉の向こうに入るには、もう一つの鍵が必要だ。

そしてその鍵は、まだ見つかっていない。


ユズは改めて扉全体を眺めた。


紋様の精度が高い。

導管を刻んだ手と、同じ几帳面さを感じる。

この研究者は、何をするにも丁寧だ。

だからこそ、長くここで続けられた。


ユズは扉を見上げた。


紋様の中心の魔法陣が、かすかに光っている。

待っているような、あるいは拒んでいるような、静かな光だ。


「今日のところは、ここまでか」


シオンが言った。


今日は自分から気づいた。

肩が張っているわけではない。

ただ、これ以上進める状況ではない。


「はい」


ユズは扉から目を離した。


「もう一つの鍵は、どこにあるんでしょう」


「わからん。だが——」


シオンは階段の方へ向きながら言った。


「七階層のゴーレムの欠片は王城に提出した。あちらで調べているはずだ」


ユズはそこで、ようやく点がつながった感覚があった。


七階層で採取したゴーレムの欠片。

王城への提出。

そしてここにある石と、同じ紋様。


「次の報告の時に、聞いてみます」


「そうしろ」


二人は来た道を戻り始めた。


階段を上りながら、ユズは扉のことを考えていた。


あの扉の向こうに、研究者がいる可能性が高い。

いや、いる。そう考えるべきだ。


鍵を見つけて扉を開けた時、何が待っているか。


怖いか、と自分に問う。


怖い。それは正直なところだ。


だが、ガーネット師の言葉が浮かんだ。


怖くなくなるんじゃない。怖さに慣れるんです。


ユズは前を歩くシオンの背中を見た。


「師匠は、怖いと思うことはありますか」


シオンは少し間を置いた。


「ある」


「そうですか」


それ以上は聞かなかった。


聞かなくていい、と思った。


答えてくれたことで、十分だった。


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