エピソード25:十二階層の扉
三日間、ユズは十一階層を繰り返した。
一日目は五体。
二日目は七体、うち三体を一人で。
三日目は九体、うち六体を一人で。
数えていたわけではない。
でも、体が覚えていた。
小型の魔物の動きを読むのが、自然になってきた。
三日間で、変わったことがある。
戦闘の前に、息を整える必要がなくなった。
双剣を引き抜く動作が、一つ速くなった。
魔力を展開するタイミングが、体で決まるようになった。
「師匠、気配が先に感じられるようになってきました」
「そうだな」
「壁の穴の前に、なんとなくわかります」
「魔力の気配を感じているんだろう」
「そうですか。自分では気づいていませんでした」
「気づかずにできるのが、本物だ」
ユズはその言葉を嚙み締めた。
気づかずにできる。
それが体に染みついた証拠だ。
いつのまにか、こんなことができるようになっていた。
師匠と一緒に歩いてきた時間が、形を変えて体の中にある。
四日目の朝、ユズは十一階層を越えて十二階層へ向かった。
十一階層の通路を抜けると、奥に扉が見えた。
シオンが手をかざす。
「罠は」
「ない」
「気配は」
「……ある。深い。強い」
ユズは双剣を引き抜いた。
十一階層のどの魔物とも違う、重い気配だ。
「大型ですか」
「大型だ。だが、これまでとは違う」
「どう違いますか」
「……知性がある」
ユズは少し息を呑んだ。
知性がある魔物。
これまでのゴーレムやトロールやリザードマンとは、違う種類の相手だ。
「研究者と関係がありますか」
「可能性はある。見てからだ」
「……わかりました」
シオンが扉を押した。
重い音を立てて、開く。
向こうは広い空間だった。
天井が高く、壁に導管が密集している。
空気が、これまでとまるで違った。
圧がある。
ここに入ってはいけないと、本能が言っている。
正面に、それはいた。
体高は二メートル半を超えている。
全身に黒い紋様が走り、両目が深紅に光っている。
だが、これまでの魔物と明らかに違う点があった。
頭が大きい。
そして、こちらを見る目に、何かが宿っていた。
ただの光ではない。
何かを、考えている目だ。
魔物は動かなかった。
こちらを見たまま、じっとしている。
「なぜ動かないんですか」
「観察している」
「こちらを」
「ああ」
ユズは構えたまま、動かなかった。
魔物も動かない。
沈黙が広間に満ちた。
しばらくして、魔物が口を開いた。
言葉ではない。
だが、唸るような低い音が通路に響いた。
「……意思疎通ができますか」
「わからん。だが、命令を受けている可能性がある」
「誰かに、この場所を守るよう」
「ああ。その命令がまだ生きているなら」
ユズは双剣を握り直した。
命令を受けた守護者。
それを倒すということは、奥へ進むということだ。
「行きます」
「ああ」
ユズは踏み込んだ。
魔物が動いた。
速くはない。
だが重い。
一歩の重さが、地面に伝わってくる。
ユズが思ったより、腕が長い。
「くっ」
跳び退く。
腕が風を切って通る。
「師匠、リーチが長いです」
「そうだな。一度では入らない。疲れさせてから隙を突け」
「動かし続けますか」
「そうだ。大きい体は消耗が早い」
「わかりました」
ユズは動き続けた。
正面から行かず、左右に揺さぶる。
魔物が腕を振るたびに、ユズはそれを避けて少しずつ間合いを測った。
五度、十度と繰り返す。
魔物の動きが、わずかに遅くなってきた。
足捌きに、重さが出ている。
「今だ」
シオンの声。
ユズは踏み込んだ。
首の左側面へ。
風魔法を纏わせた右の短剣を叩き込む。
深く入った。
魔物が吼えた。
だが、倒れない。
「退け」
ユズは跳び下がった。
シオンが前に出る。
重力魔法が広がる。
魔物の動きが止まった。
黒月が一閃した。
静寂。
魔物が倒れた。
広間に静けさが戻った。
ユズは呼吸を整えた。
「知性のある魔物は、倒し方が違いますね」
「そうだ」
「命令を受けていたなら、命令した者がいる」
「ああ。そしてその者が、この先にいる可能性が高い」
ユズは広間の奥を見た。
十三階層への扉が、暗がりの中に見えた。
扉の周りに、他より濃い魔力が漂っている。
「今日はここまでですか」
「そうだな」
「明日、向こうへ行きますか」
「ああ」
シオンが静かに答えた。
ユズは扉を見たまま、しばらく動かなかった。
近づいている。
何かに。
誰かに。
「師匠」
「なんだ」
「向こうにいる者が、このダンジョンの全部の答えを知っていると思いますか」
シオンが少し間を置いた。
「知っているだろうな」
ユズは頷いた。
それなら、会いに行くしかない。
二人は広間を出た。
宿に戻ると、ユズは双剣を手入れしながら、今日の魔物のことを思い返した。
知性がある目。
命令を受けた守護者。
誰が命令したのか。
何を守っているのか。
答えは、先にある。
シオンは部屋で目を閉じていた。
静かな気配が、壁越しに届いてくる。
その気配がいつもより少しだけ、近い気がした。
こういう夜が、一人じゃないと感じる夜が、増えてきた。
ユズは剣を磨き終え、鞘に納めた。
明日、行く。
それだけが決まっていた。




