エピソード 17 : 扉の向こう
七階層の奥は、さらに広くなっていた。
柱の列が続き、その先に扉が見える。
石造りの、重そうな扉だ。
天井の高さは昨日来た広間と同じだが、空気が違う。
魔力の密度が、わずかに増している。
深層から押し上げてくる何かが、ここにも届いている。
だが、その手前に、まず越えなければならないものがあった。
通路の左右から、二体のゴーレムが現れた。
昨日倒したものと同じ造りだ。
黒い紋様。
深紅の眼孔。
ただし、今回は二体同時だった。
「どうする」
シオンが問う。
ユズは一瞬だけ考えた。
「片方ずつ処理するより、両方を同時に動かした方がいいと思います。片方を誘って、もう片方の継ぎ目を狙います」
「やってみろ」
ユズは右のゴーレムに向かって走った。
注意を引くように、剣先を向ける。
ゴーレムが反応した。
腕を振り上げる。
その瞬間、ユズは急ブレーキをかけ、横へ跳んだ。
ゴーレムの腕が空を切る。
その隙に左のゴーレムへ回り込む。
膝の継ぎ目。
右の短剣を叩き込む。
昨日より、角度を意識した。
刃が、深く食い込んだ。
昨日の反省が、ちゃんと形になっていた。
亀裂が走る。
ゴーレムの右足が崩れかける。
「よし」
思わず声が出た。
だが、右のゴーレムがすでに向き直っている。
間に合わない。
「退け」
シオンの声と同時に、ユズは跳び下がった。
重力魔法が左のゴーレムを床に叩きつける。
砕け散った。
右のゴーレムがシオンに向かう。
シオンは動かなかった。
ゴーレムの腕が振り下ろされる寸前、黒月が一閃した。
継ぎ目ではなく、胴の中心だった。
斬れた。
上半身と下半身に分かれ、それぞれが倒れる。
「剣で斬るなら、継ぎ目じゃなくていいのか……」
ユズは呟いた。
「俺の剣と魔力があればな。お前にはまだ早い」
「わかりました」
簡潔な答えだったが、ユズには十分だった。
師匠は今の自分との差を、正確に伝えてくれる。
否定ではなく、現在地だ。
その言葉を地図代わりに、ユズは歩いている。
自分で戦術を考え、一体の膝を崩した。
右手の感触も、昨日より確かだ。
それだけで、今日は前に進んだと言えると思った。
二体を倒した広間を横切り、扉の前に立つ。
シオンが手をかざした。
魔力を探るような、静かな動作だ。
「向こうに何かいますか」
「気配は、ない」
「罠は」
「……ある」
シオンが扉の端を指さした。
細い溝が走っている。
金属の板が埋め込まれているようだ。
「五階層と同じ仕掛けか」
「もっと精巧だ。作った者が同じかもしれない」
ユズは扉の周囲を観察した。
溝の深さ、金属板の幅、魔力の流れ方。
「これ、扉を開けた瞬間に作動しますね。踏み板じゃなくて、開閉に連動してます」
シオンが少し目を細めた。
「気づいたか」
「たぶん、ですけど」
「合ってる」
シオンが懐から細い道具を取り出した。
解錠具だ。
冒険者が持ち歩く標準的なものではない。
もっと細く、精密な造りをしている。
扉の溝に差し込む。
数秒後、かすかな音がした。
「解除した」
「師匠、そういう道具も持っているんですね」
「必要だからな」
「無人島で、独学でですか」
「そうだな」
ユズは少し黙った。
無人島で、五十年。
罠の解除まで、一人で身につけた。
どんな日々だったのか、ユズには想像もつかない。
いつかは、ちゃんと聞いてみたいと思った。
扉を押すと、滑らかに開いた。
向こうは通路だった。
天井が低く、壁が迫っている。
七階層の広間とは、作りが違う。
空気も変わった。
湿った、冷たい匂いがする。
石と泥が混ざったような、地の底の匂いだ。
「構造が変わりましたね」
「八階層に近づいている」
ユズは通路の先を見た。
暗い。
奥まで見えない。
魔力の流れが、ここでも深層から上に向かっている。
何かが、奥で動いている。
その気配が、ユズの肌にかすかに届いた。
「師匠」
「なんだ」
「今日はここまでにしますか」
シオンが少し考えた。
「そうだな」
珍しく、すぐに同意した。
「情報が多い。整理してから進む」
二人は来た道を戻り始めた。
足元で、低い振動が続いていた。
昨日より、少しだけ強くなっている気がした。
宿に戻ったのは、日が沈みかける頃だった。
シオンがテーブルに昨日回収したゴーレムの欠片を置いた。
「今日の罠の仕掛けと、これは同じ人間の手だと思う」
「なぜですか」
「精度が似ている。素材も、似た魔力の癖がある」
ユズは欠片を見た。
黒い紋様。
細かく、整然と刻まれている。
誰かが、丁寧に、時間をかけて刻んだ跡だ。
「魔族の技術ですか」
「わからん。だが、一般的な職人の仕事じゃない」
「月一の報告が近い。そのときに王城に持っていく」
シオンは欠片を布に包み、懐にしまった。
ユズは窓の外を見た。
夕暮れが街を染めている。
調べなければならないことが、また一つ増えた。
それでも、足は止まらない。
八階層。
九階層。
そして十階層のボス。
先は長い。
「師匠」
「なんだ」
「明日も、行きます」
「そうだな」
シオンは目を閉じた。
それだけで、十分だった。
ユズも双剣を手入れしながら、目を閉じた。
夜はまだ、始まったばかりだった。




