エピソード 16 : 七階層の構造
翌朝、ダンジョンの入口に立つと、空気がまた変わっていた。
昨日と同じ場所のはずだった。
だが、何かが違う。
魔力の流れが、昨日より少し速い。
地面からの振動も、わずかに強くなっている。
「深くなるほど変化が速い」
シオンが呟いた。
「昨日より悪くなっているということですか」
「どこかで別の何かが動いた。それだけだ」
それだけ、という言葉の重さを、ユズは少しずつ覚えてきた。
師匠が「それだけ」と言うとき、そこには大事なことが含まれている。
許可証を差し出し、入場した。
一階層、二階層。
昨日より魔物の数が多い。
目の赤いゴブリンが通路の曲がり角に三匹。
ユズが二匹、シオンが一匹。
それだけで通り過ぎた。
三階層を抜け、四階層へ。
黒い染みが昨日より濃くなっている。
「見ましたか」
「見た」
「増えてます」
「そうだな」
答えはそれだけだったが、シオンの目が少し細くなった。
ダンジョンの状態が、日ごとに変化している。
良い方向ではない。
五階層を抜けると、六階層への扉が見えてくる。
今日は六階層を通り過ぎる。
七階層へ。
六階層は相変わらず静かだった。
異常個体でなければ近づけない濃さの魔力が、空間全体に満ちている。
台座の上のコアの破片が、暗がりの中でかすかに光を帯びていた。
黒い、濁った光だ。
「師匠、昨日より光が強くなっていませんか」
シオンが足を止めた。
確かめるように、数秒、見た。
「……そうだな」
「なぜですか」
「わからん」
珍しい答えだった。
ユズは正面を向いたまま、それを飲み込んだ。
師匠がわからないと言う。
それは、普通ではないということだ。
何かが、加速している。
七階層への扉は重い石造りだった。
シオンが押すと、低い音を立てて開く。
冷たい空気が、一気に流れ込んできた。
六階層より、温度が低い。
「ここから先、気を抜くな」
「はい」
ユズは双剣に手をかけた。
七階層は広い空間だった。
天井が高く、柱が等間隔に並んでいる。
まるで、誰かが設計した建物のような構造だ。
自然にできたダンジョンの形ではない。
床は平らに削られ、壁は直角に切り揃えられている。
ダンジョン特有の岩肌の凹凸がない。
柱と柱の間隔も均等だ。
誰かが、測って作った。
「加工されていますね」
「ああ」
「誰が」
「それを調べに来た」
短く、正確な答えだった。
柱の一本に、黒い染みが広がっている。
染みの形が不規則で、何かが焼き付いたように見えた。
ユズが近づこうとしたとき、通路の奥で音がした。
金属が擦れるような音。
足音、ではない。
「来る」
シオンが静かに言う。
ユズは剣を引き抜いた。
身体強化。
現れたのは、ゴーレムだった。
ただし、普通のゴーレムではない。
石の表面に黒い紋様が刻まれている。
眼孔に当たる部分が、深紅に光っている。
異常個体。
石の体で、目の高さで二メートル近い。
「動きを見ろ。最初は手を出すな」
「……はい」
ゴーレムが腕を振り上げる。
重い。
速くはないが、当たれば終わりだ。
ユズは横へ跳んだ。
ゴーレムの腕が床に叩きつけられ、石が砕ける。
衝撃が足裏に届く。
床の石が、蜘蛛の巣状にひびを走らせた。
「足の継ぎ目」
シオンの声。
ユズはすぐに見た。
石の足。
膝の部分に、細い継ぎ目がある。
「試してみろ」
風魔法を纏わせる。
切断力を高める。
踏み込む。
膝の継ぎ目に、右の短剣を叩き込む。
刃が食い込んだ。
深くは入らないが、継ぎ目に沿って亀裂が入る。
ゴーレムの動きが、わずかに鈍った。
「そのまま同じ場所を狙え」
ユズは三度、同じ場所を打った。
四度目に、膝が崩れた。
ゴーレムが傾く。
シオンが前に出た。
重力魔法が空間に広がる。
石の巨体が、急激に重くなる。
床に叩きつけられ、砕け散った。
砕けたゴーレムが倒れた広間は、静かだった。
石の破片が床に散らばり、深紅の光は消えている。
この静けさが、本当は一番不気味だと、ユズは思った。
「どうだ」
「継ぎ目を狙うのは正解でした。でも、刃の角度が悪かったと思います。もっと深く入れるはずでした」
「そうだな。次は入る」
短い言葉だったが、否定ではなかった。
シオンは砕けたゴーレムの破片を一つ拾い上げた。
紋様が刻まれた欠片だ。
表面を指で撫でる。
「この紋様、ダンジョンが自然に生成したものじゃない」
「人工物ですか」
「おそらく。王城に持ち帰れば、わかる者がいるかもしれない」
シオンは欠片を懐に収めた。
柱に広がる黒い染みを、もう一度だけ見る。
何かを考えているような、静かな目だった。
それから、先へ歩き出した。
七階層はまだ続いている。
ユズは右の手首を握り、開いた。
痺れは残っている。
石を相手にするなら、もう少し魔力の配分を変えるべきだ。
でも、剣は握れる。
石のゴーレム。
黒い紋様。
人工的に加工された構造。
誰かが、このダンジョンを使っている。
その確信が、少しずつ形を持ち始めていた。
「行きます」
シオンは振り返らず、短く答えた。
「ああ」
二人は七階層の奥へと進んでいった。
先に何があるかは、まだわからない。
でも、ユズの足は止まらなかった。




