エピソード 14 : 五階層の罠
五階層への扉を開けた瞬間、シオンは足を止めた。
「待て」
ユズもすぐに止まる。
「どうしましたか?」
シオンは扉の向こうを見ている。
通路が続いている。
見た目は四階層と大差ない。
石の壁。石の床。等間隔の松明。
だが。
「罠がある」
ユズは目を細める。
「……どこですか」
「床だ。五メートル先」
ユズはじっと見る。
見えない。
石の色と変わらない。
継ぎ目もほとんど分からない。
「全然わかりません」
「魔力の流れが変わっている場所を見ろ」
シオンは言う。
「石の中を走る魔力の筋が、床の一点で途切れている。そこに細工がある」
ユズはもう一度見た。
「……ここで魔力が読める師匠もすごいですね」
「島でも似たような仕掛けがあった」
「島に罠が?」
「魔物が作る。賢い種族の魔物は罠を張る」
ユズは少し驚いた顔をした。
「魔物が罠を……」
「だから油断するな。相手は常に賢くなる可能性がある」
シオンは罠を確認しながら通路を進む。
「五階層はこれだけじゃないだろう。ダンジョムが深くなるほど、仕掛けが増える」
「どう対処しますか」
「一歩ずつ確かめながら進む。それだけだ」
───
五階層は罠が多かった。
床の落とし穴。
壁から飛び出す刃。
天井から落ちてくる石。
いずれも魔力が組み込まれた機械仕掛けだ。
最初の落とし穴は、シオンが足を踏み出す直前に止まった。
床の石の色が、わずかに周囲と違う。
「ここだ」
「……全然わかりませんでした」
「慣れろ」
次の仕掛けは壁だった。
通路の左側に、石の継ぎ目が不自然な場所がある。
そこを通り過ぎた瞬間、刃が飛び出す仕組みだ。
シオンは右側の壁沿いに歩く。
刃は飛び出さなかった。
ユズは息をのんだ。
「今のは……」
「左の壁だ。近づくな」
「はい」
シオンはその都度立ち止まり、魔力の流れを読んで回避する。
ユズはシオンの後ろをぴったりついて歩いた。
「これ、知らずに入ったら大変でしたね」
「ああ」
「戻らなかった冒険者たちも、これで……」
シオンは短く答える。
「可能性はある」
ユズは黙った。
通路を曲がる。
次の罠を確認する。
天井に仕掛けがある。
シオンは右の壁側を歩く。
それだけで罠を避けられた。
「師匠」
「なんだ」
「ここの罠って、誰が作ったんですか」
「ダンジョムが生成したものだろう。だが」
シオンは立ち止まる。
壁を見る。
罠の机械部分に手を触れる。
「この細工は少し違う」
「違う?」
「古い。ダンジョムが自然に生成したにしては、造りが緻密すぎる」
「つまり……」
「誰かが作った可能性がある」
ユズの表情が変わった。
「人が? それとも……」
「わからない。まだ」
シオンは手を離した。
「だがこのダンジョムで起きていることは、自然な異常活性化じゃない気がしてきた」
「意図的、ということですか」
「調べてみないとわからない」
シオンは再び歩き出す。
ユズは後に続きながら、胸の中で何かが引っかかるのを感じた。
意図的な異常。
誰かがこのダンジョムを操っているとしたら。
三組の冒険者が戻らなかったことも。
魔物の目が赤く光っていることも。
壁の黒い染みも。
全部つながってくる。
そして罠の造りが緻密すぎるという、シオンの言葉。
自然に生成されたものではない。
「師匠」
「なんだ」
「このダンジョムに、今も誰かいると思いますか」
シオンは少し間を置いた。
「わからない」
「だが、可能性はある」
「……そうですね」
ユズは双剣を握り直した。
魔物だけが相手とは限らない。
それを、頭に入れておかなければならない。
「師匠」
「なんだ」
「怖くなってきました」
正直に言った。
シオンはちらりとユズを見た。
「正直でいい」
「怖いと思うから、慎重になれる」
「……そうですね」
ユズは息を吐いた。
気持ちを整える。
怖い。
だがその怖さを、慎重さに変えればいい。
師匠がそう言った。
「行けます」
「ああ」
二人は五階層を進んだ。
罠を一つひとつ確認しながら。
焦らずに。
やがて広間に出た。
中央に魔物はいない。
だが壁に何かが刻まれていた。
古い文字だ。
シオンは歩み寄り、じっと見た。
「師匠、読めますか?」
「……少しだけ」
シオンは文字を指でなぞる。
「古代語だ。この大陸の、千年以上前の言語」
「なんて書いてありますか?」
シオンはしばらく沈黙した。
「『深きものに触れるな』」
その言葉が、石の広間に静かに落ちた。
ユズは息をのんだ。
「……警告、ですよね」
「そうだ」
「誰が書いたんですかね」
「わからない」
シオンは立ち上がる。
「だがここに刻んだ者は、何かを知っていた」
二人はしばらく文字を見ていた。
石の冷たさが、指先から伝わってくるようだった。
千年以上前。
ここに誰かがいた。
この場所が何を抱えているかを知っていた。
そしてそれを後の者に伝えようとした。
「師匠」
「なんだ」
「このダンジョムって、最初から危ない場所だったんですかね」
シオンは壁の文字を見たまま答える。
「そうかもしれない」
「だとすると、王国が管理していたというのも……」
「ただの訓練場じゃなかったのかもしれない」
ユズは文字を見た。
深きものに触れるな。
触れてしまったのは誰だろう。
「……進みましょう」
ユズは静かに言った。
シオンは頷いた。
「ああ」
二人は広間を後にした。
壁の文字は、二人の背中を静かに見送っていた。




