エピソード 9 : ダンジョンへ
翌日。
シオンとユズは王都の東門を出た。
空は晴れていたが、風は冷たい。
草原を抜け、やがて木々が増えてくる。
王都近郊の森だ。
ユズは腰の双剣を確認する。
鞘の留め具。刃の向き。
「緊張しますね」
「するのか」
「少し」
シオンは前を向いたまま答える。
「悪いことじゃない」
「そうですか?」
「緊張しない奴は、油断する」
ユズは少し考えた。
「……なるほど」
森の中を進む。
下草を踏む音。
鳥の声。
風が木々を揺らす音。
しばらく歩くと、森の奥に石造りの建造物が見えてきた。
古い。
苔が生え、蔦が絡みついている。
だが壁は分厚く、しっかりと立っていた。
正面に重い鉄扉。
両側に王国の紋章が刻まれている。
扉の前には衛兵が二人。
シオンは王城で受け取った許可証を差し出す。
衛兵は確認し、静かに頭を下げた。
「シオン様、ユズ様。お待ちしておりました」
「王城より伺っています。どうぞ」
重い扉が開く。
その奥から、冷たい空気が流れてきた。
石の匂い。湿気。
そして微かに、魔物の気配。
ユズは息をのむ。
「……深いですね」
石の階段が、真っ直ぐ下へ続いている。
松明が等間隔に灯されているが、それでも先は暗い。
シオンは静かに中へ踏み込んだ。
「行くぞ」
「はい」
───
一階層は広い石造りの通路だった。
天井は高く、壁には古い紋様が刻まれている。
かつては何かの施設だったのかもしれない。
「静かですね」
ユズが小声で言う。
「一階層は本来、大したものは出ない」
「でも今は違う可能性がある」
「はい」
ユズは双剣に手をかけたまま歩く。
通路を曲がる。
その先に、影が動いた。
小さい。
ゴブリンだ。
だが普通のゴブリンとは少し違う。
目が赤く光っている。
体の動きが荒い。
ユズはすぐに気づいた。
「……興奮してますね」
「そうだな。魔力が乱れている」
シオンは静かに観察する。
「お前がやれ」
「はい」
ユズは踏み込んだ。
地面を蹴る。
瞬時に距離が縮む。
ゴブリンが振り向く間もなく、双剣が閃いた。
ズバッ。
一閃。
ゴブリンが倒れる。
だが次の瞬間。
通路の奥から、さらに複数の影が現れた。
四匹。
いずれも目が赤く光っている。
「多いですね」
「ここは一階層だぞ」
シオンの声はあくまで静かだった。
「本来、ゴブリンがこの数いるはずがない」
ユズは双剣を構え直す。
「やります」
「見ておく」
ユズは走った。
先頭のゴブリンへ。
双剣に魔力を流す。
刃が僅かに伸びる。
ズバッ。
一匹目。
右から飛びかかる二匹目。
体を捻って躱す。
そのまま回転しながら横薙ぎ。
ズバッ。
二匹目。
残り二匹が同時に来る。
ユズは一瞬止まった。
両方から挟まれる形だ。
だが。
「身体強化」
呟く。
足に魔力を集める。
地面を強く蹴る。
一気に後方へ飛んだ。
二匹のゴブリンが空振りする。
着地。
即座に踏み込む。
右の一匹へ。
ズバッ。
振り返る前に左の一匹へ。
ズバッ。
静寂が戻った。
ユズは息を整えた。
「……ふぅ」
シオンが歩いてくる。
「どうだった」
「挟まれた時、一瞬迷いました」
「そうだな」
「次はどうする」
ユズは少し考えた。
「距離を取って、片方ずつ崩す」
「それでいい」
シオンは倒れたゴブリンを見る。
目の赤い光は消えていた。
「魔力の乱れ。興奮状態のまま死んだ」
「普通じゃないですね」
「ああ」
シオンは通路の奥を見つめる。
魔物の異常活性化。
その原因は、もっと深い場所にある。
「進むぞ」
「はい」
二人は通路を進んだ。
一階層は広い。
いくつもの分岐。
行き止まり。
小さな広間。
その都度、魔物が現れた。
いずれも目が赤く光っていた。
通常であれば、一階層の魔物はゴブリンやスライムが数匹程度のはずだ。
だが今日はすでに十匹以上と遭遇している。
明らかにおかしい。
シオンは戦いながら、壁の紋様を観察していた。
魔力の流れが読める。
壁の中を走る魔力の筋が、普通ではない。
まるで下から何かが押し上げているように、魔力が上方へ流れている。
「……なるほど」
小さく呟く。
深層から何かが魔力を発している。
その影響が、浅層の魔物にまで及んでいる。
おそらくそういうことだ。
だがユズは止まらなかった。
一匹。
また一匹。
双剣を振るうたびに、動きが少しずつ洗練されていく。
迷いが減る。
判断が速くなる。
シオンはそれを静かに見ていた。
戦い方を覚えるのが速い。
教えなくても、失敗から自分で修正している。
悪くない、とシオンは思う。
やがて一階層の最奥に出た。
石の扉がある。
「次の階層ですね」
「ああ」
扉を押す。
石の擦れる音。
その先はまた石の通路だった。
だが一階層より、空気が重い。
魔力の密度が違う。
ユズはそれをすぐに感じ取った。
「……濃いですね。魔力が」
「そうだな」
「二階層からは気を緩めるな」
「はい」
ユズは双剣を握り直す。
シオンは通路の奥を見据えた。
まだ二階層だ。
ダンジョンは三十階層以上ある。
問題の核心は、もっと深い場所にある。
だが焦る必要はない。
一歩一歩、確かめながら進む。
それがシオンのやり方だった。
「行くぞ」
「はい、師匠」
二人は暗い通路へ踏み出した。




