エピソード 8 : 王城謁見
翌朝。
シオンとユズは王城の正門前に立っていた。
高い石壁。
金の紋章が刻まれた巨大な鉄扉。
左右に立つ甲冑姿の衛兵。
ユズは思わず息をのんだ。
「……大きいですね」
「そうだな」
シオンは淡々と答える。
腰には黒月。
エルミナに仕立ててもらった黒い外套を纏っている。
ユズも影鹿の革装備の上に、落ち着いた色の上着を重ねていた。
衛兵の一人が前に出る。
「お名前と御用件を」
シオンは封書を差し出した。
「シオンです。王城より召集状をいただいておりまして」
衛兵は封書を確認する。
もう一人の衛兵と目を合わせ、静かに頷いた。
「お待ちしておりました。こちらへどうぞ」
重い鉄扉が、ゆっくりと開く。
───
通された謁見の間は、広く静かだった。
高い天井。
赤い絨毯が奥まで続いている。
両側には甲冑の衛兵が整列し、微動だにしない。
その奥。
玉座に、一人の男が座っていた。
五十代ほどの見た目。
落ち着いた目つき。
白髪交じりの髪。
質素な装いだが、そこにいるだけで空気が変わる。
この国の王だった。
シオンは軽く頭を下げる。
ユズも慌てて倣った。
王は静かに口を開く。
「よく来てくれた。シオン殿」
穏やかな声だった。
「此度は遠路、王都まで足を運んでもらい感謝する」
シオンは答える。
「いえ。召集状をいただきましたので」
王は小さく笑った。
「堅苦しい場は好まぬ。楽にしてくれ」
それだけで、場の空気が少し柔らかくなった。
王はシオンをまっすぐ見る。
「まず、報告を聞かせてほしい。魔将獣の件だ」
シオンは頷いた。
「はい」
「地方の村で魔将獣の活動を確認しました。村への被害が出る前に対処しています」
「討伐は完了しています」
王は静かに聞いていた。
「魔将獣を一人で、か」
「弟子がいましたので」
シオンはユズを視線で示す。
王はユズを見た。
ユズは少し緊張しながら頭を下げる。
「ユズと申します」
「うむ」
王は頷いた。
「若い。だが目に力がある」
ユズは少し顔を上げる。
王は視線をシオンに戻した。
「此度の討伐、国として正式に感謝する」
「魔将獣は放置すれば周辺地域への脅威になる。早期対処は国益にも繋がった」
シオンは短く答える。
「依頼ですので」
王は少し目を細めた。
「そういう男か」
小さく笑う。
「正直で結構。では本題に入ろう」
王は立ち上がった。
玉座から降り、絨毯の上を歩く。
シオンの前で止まる。
「王都近郊の森に、機密ダンジョンがある」
「存じています」
「うむ。だが最近、そのダンジョンで異常が起きている」
シオンは静かに聞く。
「異常、とは」
王は続ける。
「魔物の活性化だ」
「本来であればその階層に出ないはずの魔物が現れるようになった。深層の魔物が浅層まで上がってきている例もある」
「調査に入った冒険者が、三組戻らなかった」
「ダンジョンの構造自体も変化している可能性がある」
王は続ける。
「元々、あのダンジョンは王国が管理する機密区域だ。研究目的で設置されたものではあるが、近年は高ランク冒険者の訓練場として使われていた」
「だが一ヶ月ほど前から、内部の様子が変わり始めた」
「魔物の数が増えた。凶暴性が上がった。そして……」
王は少し間を置く。
「深層から、聞いたことのない魔物の咆哮が聞こえるようになったと報告が上がっている」
ユズの表情が少し変わる。
「三組……」
王は頷く。
「いずれも腕の立つ者たちだ。生死は確認できていない」
「ギルドに調査を依頼したが、深層まで踏み込める冒険者が限られる」
シオンは少し考える。
「深層、というと」
「二十階層以降だ」
王は真っ直ぐにシオンを見た。
「シオン殿に、このダンジョンの調査と問題の解決を依頼したい」
静かな言葉だった。
だが重みがあった。
シオンはしばらく黙っていた。
ユズはシオンの横顔を見る。
シオンはゆっくり口を開く。
「条件を確認させてください」
王は頷く。
「報酬と自由裁量の範囲を聞かせていただければ」
王は少し驚いたような顔をした。
だがすぐに口元を緩める。
「報酬は金貨五十枚。追加で魔物の異常活性化の原因を突き止めた場合、さらに五十枚」
「自由裁量については、ダンジョン内での判断はすべて任せる。王城への報告義務は月一回」
「どうだ」
「なお、ダンジョンへの入場許可証は別途発行する。王国管理の区域ゆえ、正式な証明がなければ衛兵に止められる」
「ギルドへの情報共有も我々の方で行う。シオン殿はダンジョンの攻略に集中してくれ」
シオンはユズを見た。
ユズは小さく頷く。
シオンは王を見る。
「受けます」
王は静かに頷いた。
「頼んだ」
その一言は短かった。
だが確かな信頼が込もっていた。
───
謁見の間を出ると、廊下に冷たい空気が流れていた。
ユズはシオンの隣を歩きながら、小さく言う。
「師匠」
「なんだ」
「三組、戻らなかったって言ってましたね」
「ああ」
シオンは前を向いたまま答える。
「怖くないんですか?」
シオンは少し考えた。
「怖いとは思わない」
「なぜですか?」
「準備をすればいい」
それだけだった。
ユズは少しの間、黙って歩く。
「私も、ちゃんとやれますかね」
シオンはちらりとユズを見た。
「やれる」
短い言葉だった。
だがユズには、それで十分だった。
「……はい」
王城の廊下を、二人は並んで歩く。
外の光が窓から差し込んでいた。
ダンジョンへの道は、もう始まっていた。
シオンは腰の黒月に、静かに手を添えた。
戻らなかった三組の冒険者。
深層から聞こえる咆哮。
魔物の異常活性化。
何かがある。
それだけは確かだった。




