エピソード19:魔物軍の進軍
辺境都市リュストは、その朝、不気味な静けさに包まれていた。
普段なら早朝から聞こえる市場の声も、職人たちの金槌の音もない。
代わりに響くのは、城壁の上を慌ただしく走る兵士たちの足音だけだった。
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「北の森に異変あり!」
「魔物の群れを確認!」
「数、百以上!」
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見張り兵の叫びが、何度も反響する。
その声には、はっきりとした恐怖が混じっていた。
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「……やはり来たか」
城壁の上。
シオンは遠くの森を見つめながら、静かに呟いた。
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視線の先。
濃い霧の向こうから、黒い影が波のように押し寄せてくる。
ゴブリン、オーク、魔狼。
大小さまざまな魔物が、無秩序に見えて、どこか統率された動きで進軍していた。
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「普通の群れじゃないな……」
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隣で、ユズが小さく息を呑んだ。
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「し、師匠……」
声が、わずかに震えている。
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「大丈夫だ」
シオンは短く答える。
「俺がいる」
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その一言に、ユズは少しだけ肩の力を抜いた。
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だが、次の瞬間。
魔物の群れが、不自然に左右へ割れた。
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まるで、何かを迎え入れるかのように。
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「……来るぞ」
シオンが目を細める。
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土煙の中から、ゆっくりと現れたのは、一体の巨大な魔獣だった。
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漆黒の毛並み。
額に突き出た一本角。
鎧のように硬化した皮膚。
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周囲の魔物とは、明らかに格が違う存在。
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「魔将獣……」
近くの冒険者が、震えた声で呟く。
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ガルグは城壁を見上げ、低く唸った。
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「グルルルル……!」
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次の瞬間。
咆哮が大地を揺らす。
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それと同時に、魔物たちの動きが変わった。
速度が増し、連携が鋭くなる。
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「……強化系の咆哮か」
シオンが分析する。
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「指揮官タイプだな」
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警鐘が鳴り響く。
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「迎撃準備!」
「魔法部隊、配置につけ!」
「弓兵、構えろ!」
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街全体が、一気に戦場へと変わった。
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やがて――。
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「来るぞ!」
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魔物軍が、一斉に突撃を開始した。
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地響きとともに、無数の影が迫る。
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矢が放たれ、魔法が飛ぶ。
前線では、冒険者たちが必死に迎え撃つ。
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「うおおっ!」
「押し返せ!」
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だが、数が多すぎた。
次第に、防衛線は押されていく。
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「このままじゃ……」
ユズが、不安げに呟く。
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「ユズ、後方支援に回れ」
シオンが指示する。
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「敵の足を止めろ。無理はするな」
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「は、はい! 師匠!」
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ユズは深く息を吸い、杖を構えた。
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「……氷よ、集え」
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淡い光とともに、氷の弾が生まれる。
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それが飛び、魔狼の脚を凍らせた。
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「ギャウッ!」
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魔狼が転倒する。
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「で、できました……!」
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「いい判断だ」
シオンは短く褒めた。
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その時。
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「グオオオオッ!」
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ガルグが、ついに前線へ躍り出た。
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巨大な爪が、冒険者を薙ぎ払う。
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ドンッ!
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「ぐあっ!」
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一人が吹き飛び、地面に転がる。
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「まずい……!」
「前線が崩れる!」
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動揺が走る。
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シオンは、静かに前へ出た。
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「ここから先は、通さない」
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片手を上げる。
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魔力が、空間に満ちる。
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次の瞬間。
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重力が、発動した。
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ドンッ!
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周囲の魔物たちが、一斉に地面へ叩きつけられる。
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「ギャアアア!」
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悲鳴が響く。
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だが――。
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ガルグだけは、踏みとどまっていた。
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「……やはり、効きはするが……」
シオンが目を細める。
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「完全には止まらないか」
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ガルグは、低く唸りながら、こちらを睨みつける。
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殺意に満ちた瞳。
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「……面倒な相手だ」
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次の瞬間。
二体は、同時に踏み込んだ。
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巨大な爪と、圧縮された魔力が、正面から激突する。
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轟音が、戦場に響き渡った。
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戦いは、ここから本格化する――。




