二十一話「憎しみと怒りに満ちたその目は」
あれから七年近くが経った。リセは十七歳になって、立派な女騎士として活躍している。リセは強かった。鍛えてみたら、めきめき強くなって行って、今では王城に仕える騎士の誰もがリセにかなわないほど。今は、新しい騎士を作るのに指導のほうに回っている。
ちなみに幸与様と過ごした間の記憶は、未だに抜けたままである。
あの日だ。あの日が、僕とリセの関係を変えてしまった。今でもハッキリと覚えている、忘れもしない……二年前の出来事。
いつものように第三王子としての仕事を終えた僕は、廊下を歩いてる途中で稽古帰りのリセと会った。丁度いいから部屋まで行くと言って、リセが僕についてきた。あの時からすでに、リセは何か僕の危険を感じ取っていたのかもしれない。兵士も引き連れ総勢四人で寝室へ向かう。
僕が寝室の扉を開けようとノブに手をかけようとした瞬間、扉が勢いよく開かれ中から侵入者らしき人物が僕に剣を振り下ろそうとしていた。稽古を積んだ僕すらも、反応できないほどの速さ。もちろん、不意をつかれたと言うこともあるけど、それでも僕の体は反応しなかった。兵士も、咄嗟に剣を引き抜くことはできなかった。その瞬間、反応したのはリセただ一人だけだった。
リセだけが、侵入者と剣を交える。リセは侵入者の剣を弾き飛ばすと、一切の躊躇いも見せずに侵入者の胸を一突きした。侵入者の口からおびただしい量の血が吐きだされ、リセの銀髪があっという間に鮮血に染まる。
僕はただ、茫然とその様子を見ているしかなかった。兵士が剣を抜いて僕を下がらせようとしていたけど、足に根が生えたみたいにその場から動けなかった。
「リ……リセ?」
思わず、リセの名前を呼ぶ。リセは、僕が後ろから名前を呼ぶと嬉しそうに微笑みながら振り返って「なぁに、オルド」と言ってくれる。だけど、だけどその時ばかりは、人形のような無表情で振り返ってほしいと心の底から願った。だって人を殺したばかりなのに。その血を浴びたばかりなのに。笑えるはずなどないと、そう思っていたのに――。
「なぁに、オルド」
リセは鮮血にまみれながらも、ニッコリと微笑みを浮かべて……いつものように、僕の名前を呼んで振り返った。その時のリセの目は今でも忘れらない。どろりろした、憎しみと怒りが入り混じったような濁った目。
あの日以来、僕はリセの目を見れないでいた。
***
歪みに触れてオルドの王城に飛ばされてから、七年近くが経った。私は、十七歳になり立派な女騎士として活躍している。今は、新しい騎士を作るため指導に回っている。
ちなみに、消えた数ヵ月間の記憶は未だに取り戻せていないけど、もういいかなとは思っている。
私が剣の稽古に混ざってオルドの傍にいるようになってから、一人の男に声をかけられた。
「お嬢さん、暗殺習いませんか」
私は、一応剣を持ってその男について行った。連れて行かれた先は、確かに暗殺の訓練をしている子供たちがいた。ただし、それは暗殺と言うよりも……人殺しの、訓練だった。
訓練者同士で殺し合いをさせる。情けは無用だ。油断したら自分が殺される。そんな状況で、子供たちはめきめきと強くなって行く。私は、そこに通うことを決めた。全ては記憶喪失の私を助けてくれたオルドを守るため。
初めは人を殺めるのがとても恐ろしかったし、切り捨てた相手の血を浴びただけで怖くなって何日も部屋にこもったりした。だけど、人とは段々慣れていくものだ。私は、人殺しに慣れた。オルドを守る力を手に入れることができるのなら、そんな一心で私は人を殺し、殺し、殺し続けた。
あれは私が十五歳の時のことだ。オルドの部屋に侵入者が入って、オルドを襲った。咄嗟に私は侵入者と剣を交え、気が付けば殺していた。こいつは私を助けてくれたオルドを殺そうとしたんだ、悪い奴なんだ。だから――オルドは、わかってくれるでしょう?
私の名前を震える声で呼ぶオルドに、いつものような笑顔を向けて振り返った。目があったその瞬間、オルドの目は怯えに染まった。あの日以来、オルドは私の目を見ようとしない。
所詮、人殺しなのだと理解した。例えどれだけオルドを思ってのことでも、私のしたことは人殺しなどだと。第三王子なんていなくても変わらないのに、そう言った奴に切りかかろうとした私を、オルドは止めた。「これ以上人を殺さないで。リセ」と。
「やってらんないよね」
「どうしたんですか、リセ様」
「いや、ただの独り言」
オルドと再会した時言っていた「幸与様」のことは、未だに思いだせない。思いだそうとする気にすらなれなかった。オルドを守ろうと、必死で訓練していたから。
私は教え子たちから離れて、一人裏庭の芝生に寝転がっていた。
『覚えていないの?』
「おわっ驚いた。てか、久しぶりに見たなぁ」
桃色に発色する妖。この国は夜でも明るいから、妖を見かける頻度は年を重ねるごとに少なくなって行った。最近はめっきり見なくなっていたから、てっきり見えなくなったのだと思っていたけど。
桃色に発色する妖。何だか見覚えがある。
『覚えていないの? 幸与様のこと』
「なぁに、あんた。私の村からきたの? 生憎過去はもう捨てた気分で――」
映像が、頭に流れた。男の人と、綺麗な女の人と、三人で囲むご飯。
「あ……え……?」
私は起き上がって、頭を押える。記憶にかかっていた霞が、さぁーっと晴れて行くような感覚。色んな映像が流れる。同時に、眠っていた記憶が目を覚ます。
色んな映像に登場する男の人と、綺麗な女の人。オルドも登場したし、猫又の女の人や背の高い男の人も登場した。
「だからこそ、生きて幸せにならないといけないんだ」
男の人の――さちの最後の言葉を思いだして、私の目からは自然と涙が零れ落ちていた。
「ああ……そうか、さち。ごめんね、私、さちの最後の言葉……守れなかったよ」
私は誰もいない裏庭で、ひっそりと一人で涙をこぼした。




