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二十話「失われた記憶」

 気が付くと、青空の下に立っていた。辺りをキョロキョロと見渡すと、どうやらお城みたいだ。それも大きい。お金持ちの家だろうか。


「うおおお!」


 突然聞こえた男の雄雄しい声に、ビクリと反応する。そっと声のしたほうを覗いてみると、そこには傭兵のような格好をしたたくましい体つきの男たちがいた。皆大振りの重たそうな剣を持って、それを振り回している。剣の稽古中だったのか……。剣と剣がぶつかり合う音が響く。

 男たちの中に混ざって、本で見た海のように深い青色の髪をした私と同じ年ぐらいの男の子が見えた。なんだか、見覚えがあるような……? 男の子はオルド様と呼ばれていて、一生懸命重そうな剣を持ってよろけながら振り回している。


「お嬢ちゃん。どこから入ったのかな?」


 背後から聞こえた声に、ビクー! と反応して素早く振り返ると、そこに立っていたのは高そうな服を着て胡散臭い笑顔を浮かべた男の人。年は三十代前半と言ったところだろうか。ベルトに剣がぶら下がっている。その剣に、手がかかっていた。


「もしかしてオルド様を狙った侵入者かな? 子供だからと言って容赦はしないよ……」


 侵入者? 何のことだろう、それは。歪みのことを正直に話すべきだろうか。でも、目の前の男の人は殺気(・・)を放っている。素直に話を聞いてくれそうな感じの雰囲気じゃない。このまま切られて死んじゃうのかな……。


「ガルバ! 何やってるのこんなところで……リセ?」


 ガルバ、と呼ばれた男の人が抜きかけていた剣を鞘に収めた。声をかけてきた時と同じ、笑顔を浮かべている。ただしその笑顔は、さっきの胡散臭い笑顔と違って慈愛に満ちていた。声をあげたのは、オルド様と呼ばれていた男の子だ。その男の子が、私の名前を呼ぶ。どうして知っているんだろう? 不思議に思って首をかしげる。


「あなた、だぁれ?」


 素直に疑問を口にすると、男の子……オルド君が驚いたように目を見張った。そして、ゆっくりと口を開く。


「リセ、僕のこと……覚えてないの? ここには幸与様ときたんだよ……ね?」


 幸与? 誰だろう、聞き覚えのない名前だ。……あ、思いだした。幸与って確か、私の村で祀られている神様の名前だ。どうして目の前のこの子が知っているんだろう。それもまるで、知り合いみたいな言い方。私のことも、親し気に呼ぶ。頭の中が疑問でいっぱいになる。


「ガルバ、この子は僕の客人だ。様子がおかしいから、医者に診せる」

「かしこまりました、オルド様」


 男の人……ガルバさんがオルド君に向かって丁寧に頭を下げた。どうやら、オルド君は相当偉い子供のようだ。こんな子といつ知り合ったんだろう、私。


 オルド君に連れて行かれるまま医務室についた。中はツンとした薬の匂いが充満していた。思わず、顔を顰める。薬の匂いは嫌い。


 何だか色んな質問をされて、オルド君が補足するように答えて、よくわからないけど頭も触られて、目の前に座るお医者さんがうんうん唸る。


「頭に傷は見当たりません。頭をぶつけたわけじゃなさそうですね。恐らく……何か、耐えがたい出来事が起こったことによる記憶喪失……それも、ここ数ヵ月程度の記憶だけがすっぽりと抜け落ちているようですね」


 きおくそうしつ。記憶喪失と言った、このお医者さん。私が、記憶喪失? そんな物語の中みたいなことが、現実に起こるのだろうか? でも、確かにおかしいところはたくさんある。オルド君が幸与神様のことを知っていたり、私のことを親し気に呼んだり、歪みに触れる前の私はどこかおかしかった。頭の中が真っ白になって、何も考えられなくなって……。


 気が付いたら、街頭に照らされた夜道を歩いていた。そして、歪みに触れてここへ飛ばされた。よくよく考えるとおかしいことだらけだ。だから記憶喪失……なのかな?


「そんな……リセが、記憶喪失だなんて。リセ、何か、覚えてないの? 幸与様のことも」

「幸与神様は私の村で祀られている神様のことだよ。どうしてあなたが知ってるの?」

「リせ……」


 オルド君が、衝撃を受けたみたいによろける。それを、慌てて空色の髪の男の人が支える。


「とにかく、リセをあいてる部屋へ連れて行こう。まずは休ませないと」

「かしこまりました」

「行こう、リセ」


 オルド君に手を差し出されて、不思議と勝手に体が動いてその手を握った。私とオルド君は手を繋いだまま、長い長い廊下を歩く。


「僕はリセにすごく助けられたんだ。今はリセが困ってる番だから、今度は僕が助けるね」


 そう言って、オルド君が少し寂しそうに笑った。オルド君のことを覚えていないのが、少しだけ申し訳なく思えた。



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