十八話「消えた神様の話」
最近、風さんが憂いたような表情をしていることが多い。何が悩み事でもあるのかな? さちも何だか疲れた表情をすることが多いし。首をかしげながら今日もちっちさんのお店へ向かう。
ちっちさんのお店で働くようになってから、お昼ご飯はまかないを食べている。風さんに毎回お弁当作ってもらうのも悪いし、まかないのほうが安く済むだろうから。
ここにきて、初めてコーンスープとクロワッサンの組み合わせがお気に入りなので、まかないは大体それ。日によってサラダをつけてもらったりする。なので、さちと風さんが昼間何をしているのかは知らない。まぁ、大体予想はつく。風さんは家事をこなし、さちは自室にこもって本でも読んでいるのだろう。
「なぁリセちゃん。消えた神様の話って昔話知ってるか?」
休憩中、ドイさんが話しかけてくる。私は素直に「知らないです」と答えた。ドイさんが急に真面目な顔をして、話し始める。
「昔々のことだ。とある村に村人たちに信仰され、慕われていた神様がいた。その村では三年に一度神様に供物を捧げる儀式が行われる。ところが、供物を捧げる年に竜巻が村を襲った。村は全滅、多くの村人が亡くなった。唯一神様に残された出されるはずだった供物。その女を、神様はあろうことか愛してしまった。村人の信仰がなくなり、供物を食べなかった神様は力が弱くなって最後には消えちまう……そう言う話さ。最近切ない系の話にハマっててよぉ。それで――」
照れたように話すドイさんの言葉が、耳に入ってこない。
消えた信仰、供物を愛してしまった神様。そんな、嘘だ、だってその状況はまるで――さちのようではないか。
「すみません、体調不良なんで早退します!」
「え? リセちゃん、おい!」
ドイさんにそう告げて、私はお店を飛び出し走り出した。外はすっかり夜だ。街頭の電球に羽虫が近寄って、焼き焦がされ落ちる。街頭に照らされた道を、駆け抜ける。
嫌な予感がする。心臓がドキドキと脈をうつのがわかった。私は手足を動かして必死で走った。憂いたような風さんの顔や疲れた表情のさちが頭に浮かぶ。
「さち!」
基本、さちの家の玄関は鍵をかけていない。勢いよく玄関の扉を開けると、中から飛び出てきたのは風さんだった。驚いたように、目を見張っている。
「リセちゃん……? お店は」
「それよりさち、さちはどこ?」
私は靴を脱いで家に上がる。風さんの制止する声が聞こえたけど、私は構わず廊下を走ってさちの部屋へ向かう。
走っても走っても、さちの部屋に辿りつかない……。またこの家、いや……妖が間取りを変えているんだ。私は苛立ち思わず怒鳴り声をあげる。
「いい加減にしてよ! こっちはさちを探してるんだから……!」
瞬間、ぐにゃりと廊下が歪み、気が付くと目的のさちの部屋の前に立っていた。私はふすまを勢いよく開けた。そこに、さちの姿はなかった。
廊下を走る。桜の間、いない。銀杏の間、いない。梅の間、いない。お風呂場、いない。居間、台所、いない。いないいないいない! どうしていないの? さち……。
「リセちゃん」
振り返ると、そこには風さんが立っていた。憔悴しきった様子で、普段は見せない顔だった。
「風さん、さちは? どこ?」
声が震える。ドイさんの「消えた神様の話」が頭をよぎる。「最後には消えちまう」ドイさんの言葉がぐるぐると頭の中で繰り返される。違う。そんなはずない。だってさちは強いもの。それに、私の親代わりになってくれるって言ったもの。消えたりなんて――。
「主様ね、最近力が弱くなって……昼間は、姿を保てないの」
風さんの声も、震えていた。ポタリ、と風さんの目から涙が零れ落ちる。
「リセちゃんがオルド君と一緒に働き始めたころから、ずっと姿を保ってるのが難しくなって……。リセちゃんが働き始めたから、これで俺が家にいなくてもあいつに心配かけずに済むなって笑って……」
ポタリ、ポタリ、風さんの目から涙が溢れ落ちる。嗚咽まじりに、風さんが必死で私に伝えようとしているのがわかった。
「主様……もうすぐ消えちゃうかもしれない……」
そう言って、風さんがその場に崩れ落ちた。嗚咽をもらし、泣きながら「どうしよう、ねぇ、どうしようリセちゃん」とぶつぶつ呟き続ける。
「風さん。大丈夫です、私……今度こそ、ちゃんと供物になりますから」
風さんが泣きはらした目で私を凝視する。何を言ってるんだ、と言う目だ。構わず続ける。
「さちは十年に一度供物を食うことで力を保っていた。人間の生気って、神様にとっては大事ですもんね。もちろん、信仰も大事ですけど」
「何……言ってるの? リセちゃん」
「大丈夫です、風さん! 私、生まれたころから神様の供物になるの決まってたし、食べられるのがちょと遅くなっただけですから。夜、さちが帰ってきたら私を食うように伝えます。強引にでも、食べさせます」
だから安心してください、風さん。そう言って、私は笑顔を見せた。風さが、信じられないと言った様子で首を小さく振った。かすれて、消えてしまいそうな声で、それでも言った。
「リセちゃんを食べてまで、主様は生き永らえようとなんてしない。ねぇ、ほかの方法探そう?」
「ダメだよ、風さん。さちはもうすぐ消えてしまうんでしょう? 今から人の信仰を集めてたら消えちゃうよ。これが一番、いいの」
私にとっては、夢のような日々だった。大丈夫、死ぬのがちょっと遅れただけ。痛いのがちょっと遅れただけ。それだけだから……。さちが消えないのなら食われてもいい。私をどん底から救ってくれたさちのためなら死んでもいい。
私は、覚悟を決めた。




