十七話「戻ってきた日常」
あれから数ヵ月が経ち、私はちっちさんのお店で働いている。オルドが帰るまでの一週間だけのはずが、思ったより働くのが楽しく、そのまま従業員として入れてもらうことになった。なので当然、フルで働くわけで……。
「疲れたー」
家に帰るころにはぐったりである。「ただいま」と言って家に帰ると、眠そうなさちが出迎えてくれる。心なしか、少し頬がやつれている気がする。何がしてたのかな?
私は居間の畳の上に寝転がると、そのまま寝てしまった。
はっと目を覚ますとそこまで時間は経っていないようだ。風さんが苦笑いを浮かべてご飯を運んでくる。今日は、ホカホカと湯気を立てる白米に白菜のお漬物、焼き魚である。ここは基本的に、魚が多い。村ではお肉なんてもの食べれなかったから、別に構わないしまともなご飯が貰えるだけで十分だ。
三人で「いただきます」をして、ご飯を食べる。お漬物は程よく塩気が効いていてご飯に合う。焼き魚は箸でつついて小骨を取り出す地味な作業をしてから食べる。この小骨、たまに喉にひっかかるんだよね。よく注意して取り出さないと。
私が集中して小骨を取り除く作業に没頭しているのを、さちと風さんが呆れたように見ているのを私は知っているが、気にしない。
食べ終わってさちの部屋から拝借した本を読んでいると、風さんが「お風呂わきましたよー」と。一番風呂はさちである。さちがゆっくりと立ちあがり、手ぬぐいを持ってお風呂場へ向かう。
拝借した本は、フィクションの恋愛小説だった。主人公は人間に化けた妖のタヌキ。人間の男(王子様)に恋をして、恋に恋する年頃の乙女もとい妖なら誰もが憧れるシンデレラストーリーである。妖とバレた主人公は殺されそうになるんだけど、それを救うのが主人公が恋する王子様。そこから人間に化けるのが下手と仲間内からいじめられ居場所を失くしていた主人公の快進撃が始まるのだ。
この主人公と言うのが非常にいじらしく、健気でひたむきなところが受けている。そして、王子様の普段はヘタレなくせにいざと言う時は頼りになるベタな展開も好まれている。
正直最初は興味なんてなかったけど、オルドに告白と言うか宣言と言うか、そんな感じのことをされてから私の頭の中は恋愛のことで一杯だった。今まで告白なんてされたことなかったから、余計に。
ちっちさんは百何十年も生きる化け猫だけど、こう言うベタな展開の恋愛小説が好きな乙女なようで、オルドに告白されてからよく借りては読んでいる。ベタな展開だけど引きこまれる。そこがプロの技と言うべきか。甘々で読んでてうへぇとなるのについ最後まで読んでしまう。純愛と言ったら絵本でしょ! と言うちっちさんの言葉から最近は絵本を読むようにしている。確かにベタだけど面白く、純愛でハッピーエンド。これはいい。
お気に入りは「人魚姫」だ。最後は人魚は泡になって消えてしまうハッピーエンドとは言い難いけど、人魚姫のどこまでも王子様を愛する心を美しいと思う。
「風呂、あがったぞ」
「リセちゃん入っておいで」
「はーい」
私は元気よく返事をして、本にしおりを挟んでさちの部屋の本棚に戻してからお風呂場へ向かった。風さんに着替えを持って行くのを忘れてると指摘され、慌てて着替えを持って手ぬぐいも持って改めてお風呂場へ。
体を洗い湯船につかると、一日の疲れが溶けていく気がする。思わず、「はふぅ」と息がこぼれた。
いい湯だったなー、とホカホカの体で畳の上に転がろうとすると、さちに呼び止められた。すでに転がる体制に入っていた私は、そのまま転がった。今、風さんはお風呂に入っている。寝転がった体制でさちの話を聞くことも見られることはないだろう。そう思っていただが、さちがあまりに真剣な顔をしているので大人しく座ることにした。
「何?」
「本棚を見てきた。お前……その……」
言いにくそうに、さちが口をもごもごさせる。一体何だろう。眉間にシワを寄せて険しい顔だし、何かしただろうか。本の戻し方が悪かったとか? でも普段からさち本乱雑に置いてあるからなぁ。まさか自分は乱暴でいいけど人は許さん! とかそう言うアレか。
色々考えを巡らせていると、さちが決心したように口を開く。
「お前は……あの小僧と、結ばれたいのか?」
……はぁ? 小僧って言ったらオルドしか思い当たらない。何を寝ぼけたことを言いだすんだこの神様は……。長風呂しすぎて頭が茹で上がったか。しかも、顔が真っ赤だ。あなたは告白する前の乙女ですか?
「何、それ」
「だって……最近恋愛小説とか読んでるだろう!」
まるで犯人を見つけた名探偵のごとくビシリと私を指さすさち。私はその指をベシッと叩き落とす。風さんがお風呂中でよかった。見られてたら怒られてたからね。
「年頃の娘が恋愛小説読むのはおかしい?」
「お、お前にはまだ早い!」
「私はもう十歳だよ。二十歳まで残り半分を切ってるんだよ、恋愛小説の一冊や二冊、読むでしょう!」
さちが「ぐぬぬ……」と唸る。ホント、何なんだ……。あ、もしかして……。
「さっき読んでた小説の主人公の相手が、王子様だったから?」
さちは「なぜわかった」とでも言いたげに目を見張る。さてはさち、私がしおり挟むの見てたな。
「あのねぇ、あれはフィクションだよ? 女の子はシンデレラストーリーに憧れを持つものなの! あくまでフィクションですって書いてあるでしょう? 別に私が本物の王子様と結ばれるなんて露程にも思ってないよ」
「そう……なのか」
「そうだよ。ほんっとに心配性だなぁ……おっ、お父さんは」
私はそう言って、さちから顔をそむける。恐らく真っ赤であろう顔を、見られないようにするために。しばらく経って、洟をすする音が聞こえた。
まさか……泣いてる? 嘘でしょう、神様が人間の子供に「お父さん」呼ばわりされたぐらいで泣かないでよ。
「俺は、本物の娘を持ったことがないけど……お前は特別だ。だから、心配だった」
涙声で話すさちに、胸がジーンと熱くなる。私はそろりそろりとさちのほうを向く。さちは、ハラリハラリと静かに涙をこぼしていた。
「泣き虫なお父さん……」
私は笑って、さちに抱きついた。
その後風呂上がりの風さんが「主様が泣いてる!」と驚愕したのは無理もない。




