十六話「最終日」
あれから熱がひいて、風邪が治るころには約束の一週間も残り今日一日だった。働き始めて二日目でまさかの私ダウン。オルド一人で大丈夫だったのかなー。四日間も一人で働いてたわけだよね。
てくてく歩きながら考えて、喫茶店へ向かう。
「おはようございます」
「あ、リセ! おはよう。風邪は?」
挨拶すると、真っ先に飛んできたのがオルドだった。心配そうにおでこに手をあてたり頬に手をあてたりして「熱はないね」と確認している。私はニッコリと笑って答える。
「もう大丈夫。お医者さんにもオッケーもらったから。それより、まさかの二日でダウンしてごめん」
「気にしないで。風邪なら仕方がないよ」
心なしか、オルドの表情がたくましくなった気がする。ドイさんがのっしのっし歩いてきてもビビッて私を盾にしたりしないし、そもそもビクリとしなくなった。慣れたのかな……? それなら、いいことだと思う。
「やぁリセちゃん。風邪引いたんだってな。お見舞い行けなくてごめんな」
「いえ、気にしないください。ドイさんは貴重な戦力ですから! うつしたら悪いですし」
「おはようリセちゃん。体調はどう? 今日は短めにしようかねぇ」
うーむ、最後の日だからバリバリ働きたい気もするけど、お医者さんにもさちや風さんにも「治ったばかりだから無理はしないように」って釘さされたし、お言葉に甘えるとするか。
「じゃぁ、短めでお願いします」
「はいよ。オルド君もリセちゃんに合わせて短めにしようかね」
「はい!」
こうして、最終日が始まった。
今日はスキッと晴れた。比例するように、お客さんの数も多い。久しぶりだなー。私はなんだか嬉しくなって、ニコニコと引きつった笑みじゃない本物の笑みを浮かべてお客さんを出迎えて席へ案内した。
ふとオルドを見てみると、一つ目小僧君にも怯えず対応してるし、相変わらず長い首を店内でのばして「ろくろ首さん!」とちっちさんに注意されてるろくろ首さんとも笑いながら談笑してる……! 成長したなぁ、オルドや。私は嬉しいよ……。まるで親戚のオジサン、いや、オバサンになった気分だ。
私がしみじみとした気分でオルドを見ていると、丁度振り返ったオルドと視線が合った。すると、見る見るうちにオルドの顔がゆでだこになって顔をそむけられてしまった。見つめすぎたかな。
「じゃ、私先に帰るから。仕事終わったらさちの家きてね」
「うん、わかった。またあとでね」
風さんと一緒にさちの家に帰った。何気なく使う言葉だけど、私にとっては結構重要。だって、その家が私の居場所だってことだから。何となく、嬉しくなる。
さちの家で文字通りゴロゴロしていると、玄関の扉が叩かれる。オルドがきた!
「はーい」
来客を対応するのは、基本的に風さんの役目。私も風さんに続いて玄関へ向かった。そこにいたのは、やっぱりと言うかオルドたちだった。
「で、こいつは一週間キッチリ働いたのか?」
のぞのぞと自分の部屋から出てきたさちが、偉そうに聞く。相変わらずこの偉そうな態度だけはムカつくけど、一応神様だからね。えらぶるのも仕方ないってこった。
「はい、オルド君は途中で倒れたり初めての妖相手に真っ青になったりしたけど、一週間休まずキッチリ働きましたよ」
「お客さんにも聞いたらわかりますよ。オルド君は自分なりに一生懸命働きました」
「ふむ、その顔付きやよし。一週間働いて何かが変わったようだな。よし、元の世界に戻してやろう。ついてこい」
ちっちさんやドイさんは嬉しそうに笑ったけど、オルドはどこか複雑そうな顔だった。……? 嬉しくないのかな。だって、ようやく元の世界に帰れるのに。何だか浮かない顔。私は首をかしげながらも、全員でさちが作った歪みに向かう。
「ここに触れるだけで元の世界に戻れる。あと、お前の従者を呼んでおいた」
そこにいたのは、薄い青髪……空色の髪をした二十代前半ぐらいの細見の男の人だった。目を潤ませ、オルドの顔を見た瞬間がばっと抱きつく。
「おおお、オルド様ー! 心配したんですよ、一体何でまた妖の世界に……」
おいおいと泣きながらオルドを抱きしめる男の人の名前は、フィルと言うそうだ。オルドは抱きしめられて、困ったように「ごめん」を繰り返していた。その姿を見て、オルドはちゃんと愛されているのだとわかった。自然と笑みがこぼれる。
「さぁ、帰りましょう……オルド様」
「うん。あ、でもその前に」
ちょいちょい、とオルドに手招きされたので何の疑いも持たずに近づくと、手首を握られぐいっと引っ張られた。そして耳元でオルドが囁いた。
「十八歳になったら迎えに来る。もう、妖の世界にくる歪みは覚えたからね」
そう囁くと、リップ音を立てて私の頬に口づけを落とした。
瞬間、周囲の大人たちが固まった。さちなんか、般若のような顔で固まっているし、ドイさんは少女のように顔を赤く染めている。
私は頬が熱くなるのを感じた。パクパクと酸素を喘ぐように口を開閉させていると、オルドがニヤリと悪巧みをするように笑った。
「次は唇ね」
そう言って片目を瞑ると、固まっているフィルさんを引きずって歪みに触れ、そのまま消えてしまった。
帰った……オルドが、私に頬にキスをして告白(?)と言うか宣言を残して帰った……。
「ふ、ふふふ……あのクソガキー!」
さちが怒り狂うのを、風さんたちが必死で抑える。さちは「離せ! 人間の世界に行ってあいつ八つ裂きにしてくる!」とか何とか叫んでいた。
オルドって、小悪魔系だったのね。そんな感想だけが頭に浮かんだ。




