十五話「甘えたい相手」
冬の雨の中びしょ濡れになった私は、見事に風邪を引いた。ゲホげホと咳き込むと、痰が絡んで苦しい。咳のしすぎて喉もヒリヒリするし、唾を飲み込むだけで酷く痛む。
あれからお店に私を迎えにきた風さんが、私がいないことに気が付き店員さんやちっちさんに聞いて私がお店を走って飛び出したことを聞いて、傘もささずにそこら中を飛び回って探して、ようやく公園で倒れている私を発見したんだとか。
お医者さんがわざわざさちの家まできてくれて、診てくれた。診断名は、ただの風邪。ただし熱が高いから決して無理はしないように。食事は固形物でなくていいのでしっかり食べること。などなど色々言われた。半分寝てたのであまり覚えていない。
バカだよなー……私。オルドに嫉妬して風邪まで引いてちっちさんたちにも迷惑かけるなんて。ホント、アホ。何やってんだか……。
風邪を引くと、どうしても思いだしてしまうのだ。暗く、寂しい家の中を。キッちゃんがいた頃はよくお見舞いにきてくれたけど、キッちゃんが村を出てからは、風邪を引いて熱を出したらだるくて重い体を引きずって普段畑の手伝いをしている家に行って休ませてもらうように頼みに行って、「うつさないでくれ」と追い出されるように家を出て自宅へ戻る。
薄っぺらい布団に寝て、食事もとらずひたすら眠り続ける。誰もいない家の中。静かな家の中。私はあの時、誰かに甘えたかったのだろうか。キッちゃんがいなくなってからは一人で生きて見せるとがむしゃらだった。今は……どうかな。
「ゲホッ」
寝室に寝かされた私は一人、咳き込む。度々風さんがやってきては、頭にあてる濡れた布を変えてくれる。その手に、甘えることはできない。だって風さんは、さちの部下みたいなもので、決して私を思ってやってくれているわけじゃないから。そうだ、そうに決まってる。だから……。
「人は弱いな」
さちが、寝室に入ってくる。
「ゲホッ、ゲホッ。嫌味言いにくるぐらいなら、こないでくれる?」
ああ、可愛くないな……私。こんなんだから、きっと村人にも可愛がってもらえなかったのかな。見た目が異様でも、中身にもう少し可愛げがあったらちょっとはよかったのかな。過ぎたことを、ぐちぐちを考えてしまう。悪い癖だ。
さちのひんやりした手が、熱い頬にあてられる。気持ちがよくて、思わず「もっと」と言いそうになったのを、ぐっとこらえた。
「風邪うつるよ。ゲホッ」
「妖は人ほど軟弱ではない。……なぁ、お前はもっと人に甘えていいんだぞ?」
突然、何を言いだすんだこの神様は。
私が茫然としてると、さちがゆっくりと話しだす。
「お前は今まで、一人で頑張ってきた。両親に捨てられ幼馴染にも置いて行かれ、寂しかっただろうし人を信じれなくなっただろう。どこにも自分の居場所などないと、思ってはいないか?」
ゆっくりと、駄々をこねる子供を宥めるように優しい声色で話すさちが、普段とは別人のように見えた。そして、さちの言うことは図星だった。見事に言い当てられて、私は言葉を出すことができなかった。さちは、ゆっくりと優しい声色で続ける。
「最初、お前を拾ったのは恋人……テナの生まれ変わりだったから。テナに言われたんだ、生まれ変わっても、きっと今と同じように愛してくださいねって。でも、それは無理だってわかった。リセ、お前とテナは違う。リセはリセ、テナはテナ。例え生まれ変わりでも、同じ人格じゃないんだ。それを理解してからは、しばらくお前をどうするか悩んでいた。でも、愛すると決めた。恋人のように愛することはできなくとも、愛に飢えたお前の親代わりぐらいにはなれるだろう?」
テナ。それが、さちの恋人の名前。そして、前世の私。前世の記憶なんてまったくないから全然実感わかないけど。
愛に……飢えてる、か。その通りだよ、さち。私は誰かに愛してほしかったんだ、心の底から必要だと、お前じゃないとダメなんだと言ってほしかった。けれど、家族も、幼馴染も、皆私を置いて行った。いつしか、一人で生きなければいけないのだと思うようになった。自分の中の飢えに、気づかなかった。満たされない渇きを、身て見ぬフリをした。
「さちは……私がその、テナさんと同じ年ぐらいの年頃になっても親のように愛してくれる?」
「ああ、もちろんだ。わかったんだ、リセとテナは違うんだって。同じように、愛することはできないんだって。だからせめて、親のように愛することを許してくれ」
キッパリと、ハッキリとそう言ってくれたさちを、私は信じることができた。私はゆっくりとさちと目を合わせる。
「じゃぁ、愛して。だから……甘えても、いい?」
「わかった。いいよ、存分に甘えるといい。今日から俺は、お前のお父さんだ」
お父さん。さちの口から似合わない単語が飛び出て、思わずぷっと噴き出す。ひとしきり笑って、ポロリと涙が一粒零れ落ちた。今まで、両親に捨てられた日以降泣いたことなんてなかったのに。何でだろう、涙が溢れてくる。目からボロボロと涙が零れ落ちる。泣きじゃくる私の背中を、さちがそっと撫でてくれた。




