十三話「帰りたい意志と幸与神の思い」
「さちさー、何でオルドを試す様なマネしてるわけ?」
「……何のことだか」
私は今、居間に寝転がっている。今だけに居間。決してダジャレではない。畳の上に直に寝っ転がっていたら、慌てて風さんが敷物と毛布を持ってきてくれた。私は毛布に包まって敷物の上をゴロンゴロン転がっていた。勢いのまま柱に頭をぶつける。いてぇ……。
「一週間ちっちさんのお店で働くように言ったのは、忙しいお店で働いてまでオルドが元の世界に帰りたいかどうかを試すためでしょう?」
私はまたゴロンゴロンと転がって今度は風さんの足にぶつかった。風さんに「危ないでしょ」と叱られてしまった。少し反省して転がる範囲を狭くすることにする。
「……お前は賢いな、その通りさ。あいつは一度、自分のいた世界から逃げ出した。その逃げ出した世界に戻りたいのか。普通に戻してやったところであいつはまた逃げるだろう」
うーむ、確かにさちの言う通りではある。オルドはひ弱だし気弱いし普通に元の世界に戻れることがわかったら、元の世界に戻ったところでまた歪みを使って逃げ出すかもしれない。そして次こそ、歪みの先に待っているのは死かもしれない。
簡単に言えばちっちさんのお店でオルドの精神鍛錬をしようってことね。なるほどなるほど。
「まぁいいけどさー。友人として私はオルドを応援するまでだよ」
「……? いつの間にお前らは友人になったんだ」
「何言ってんのー。会話を始めた時点で友人ですよ」
「じゃぁお前の住んでいた村人は皆お前の友か」
「それは違う」
キッパリと言いきった私に、珍しくさちが肩を揺すって笑った。風さんもさちが笑ったことに驚いたように目を見張ってから、破顔した。和やかな雰囲気に包まれ、何となく居心地が悪くなる。もぞもぞと毛布の中で身じろぎをする。自分の体温で温まった毛布に包まって、眠気が襲ってくる。ふぁ、と欠伸がもれた。いい感じに体が疲れていて、私はそのまま眠りについた。
***
あいつとリセは違う。そうハッキリと思うようになったのはごく最近のことだった。軽いウエーブのかかった銀髪に真っ赤な目。リセの髪はあいつより短くて、背中の真ん中あたりまでで耳の下で二つ縛りにしている。あいつは、長い銀髪が自慢でよく湖に行っては覗き込んで櫛をとおして笑っていた。
「幸与様、見てください。幸せを運ぶと言われている青い鳥ですよ」
そう言って鳥を追いかけては何もないところで前のめりに転んで膝をすりむいて子供のように泣いていた。今なら言える、あいつはアホだったのだ。祭りごときで子供みたいにはしゃいで綿あめを髪にくっつけてはべとべとになったと泣いて。あいつは……よく泣く奴だった。対照的に、リセは泣かない。幼馴染とやらと会えなくてここに戻ってきた時も、リセは涙一つ見せなかった。ただただ、人形のように怖いぐらい無表情だった。
「幸与様、見てください。今日は流れ星がたくさん見えますね」
夜空に浮かぶ星の流れるところを見て何が楽しいか。そう言うとあいつはふくれっ面になって言い返すのだ。「幸与様には情緒ってもんがないんですか」、と。情緒なんて難しい言葉よく知っているな、と呆れ半分で言うと、褒められたと勘違いしたのか頬を赤く染めて嬉しそうに笑うのだ。
「幸与様……私が生まれ変わっても、きっと今のように愛してくださいね」
……テナ。リセはお前とは違うよ。お前のように阿呆ではないしよく泣く子供ではないし何より、前に言ったんだ。リセのことはちゃんとリセとして見るって。テナ、例えリセがお前の生まれ変わりで、もっと年頃の娘だとしても、きっと同じようには愛せなかっただろう。お前はお前で、リセはリセだから。
けれど、リセは愛情に飢えている。可哀想な子供だと、思う。だからお前のように恋人として愛してはやれないけど、せめて親のように愛することはしてあげるから。
「んん……」
毛布に包まったまま寝てしまったリセを抱き上げて寝室に運ぶ。布団に寝かせたリセはすうすうと規則正しい寝息を立てている。
リセの頬にかかった髪の毛を手ではらおうとして、その手を握られる。思わず、身を引いたが手はがっちりとリセに掴まれたままだ。
「行かないで……」
悲しそうに、寂しそうに、泣きそうな声で呟いたリセのその言葉は、自分を捨てた両親や姉妹に向けてのものだったのか。それとも幼馴染にむけてのものだったのか。俺にはわからない。
「どこにも行かない。ずっとここにいていい。ここがお前の家だ」
眠っているリセに、聞こえないだろうし伝わらないだろうけど、どうしてもそう伝えたかった。
しばらく俺の手を握っていたリセが、手を離した。俺は立ちあがって、縁側に出る。夜空には丸く、大きな月が浮かんで辺りを照らしていた。
「テナ、約束守れなくてごめんな」
記憶の中のテナが、まるで気にするなとでも言いたげに微笑んだ気がした。




