十二話「初めての接客」
「いらっしゃいませー」
カランコロン、扉につけられた鈴の音が鳴ってお客さんが入ってくるのを知らせる。鈴の音がなる度に声をあげ、頭を下げる。
オルドと私は二人で並んでお客さんに挨拶をしていた。開店と同時に次々と、途切れることなくやってくるお客さんに目が回りそうだった。私とオルドの仕事は、店に入ってきたお客さんを席までお連れすること。「いらっしゃいませ」を言う時は二人で、案内をする時は一人ずつにばらけて、だ。
ちなみに厨房の皿洗いはどうかと聞いたら、厨房は戦場だから危ないので却下と言われてしまった。なので、接客に回ったと言うわけである。何だ、戦場って。
厨房から料理を運ぶドイさんたちのほうが忙しいと思うけど、次から次へとやってくるお客さんを席まで案内するのも大変だった。見るからにひ弱そうなオルドは休憩までもたなさそうな感じだった。
なぜ席に案内するだけなのかと言えば、オルドと私、二人とも身長がテーブルに届かないのが理由だ。
「あらぁ、可愛い店員さんだこと。人間の子供なんて珍しいわね」
うふふーと優美に笑みを浮かべているのは長い首をのばしたろくろ首さん。ちっちさんに「ろくろ首さん、店内での首のばしは禁止だよ」と注意されて悪戯がばれた子供のように舌を出していた。何だ、首のばしって。オルドはろくろ首さんの長い首を見て今にも気絶しそうなぐらい真っ青になっていた。可哀想に、なむなむ。
休憩を迎える前にオルドが目を回してぶっ倒れ、店員さんに休憩室まで運ばれて行った。おのれ、オルド……私の仕事を増やすなー! 内心叫びたかったが、そうも言ってられない。これは接客だ、笑顔が一番! 引きつった笑みを浮かべて頭を下げ「いらっしゃいませ」を機械のように繰り返す。
休憩を迎えるころには、体力に自信のある私でもぐったりだった。常に笑顔をキープしてないといけないのが地味にきつい! 表情筋が筋肉痛になりそうだ。オルドは休憩室のソファに寝かされおでこには濡らしたタオルがのっけてあった。お坊ちゃまにいきなりの接客はきつかっただろうね。お疲れ様。そして私は君が目を覚ますまで交代できないのだが?
うう、自分で言いだしたこととは言え接客業がこんなにつらいとは思わなかった……。これなら畑仕事の手伝いのほうがまだマシな気がする。人と関わらないで済むからね。
「ご飯しっかり食べなよ」
「はひぃ……」
ほんの二時間ほど働いただけだけど、もう十分ですって感じ。ちなみに外は朝から昼に、もう夜に変わっている。夜になってからお客さんがどっと増えた気がする。ジュース一杯でおしゃべりに熱中する若(?)者もいれば、普通にご飯を食べにくる者もいる。コーヒーをすすりながら読書に勤しむ者もいる。喫茶店での過ごし方は人それぞれだ。
「よう、リセ。幸与様からお前が働いてるって聞いてきてやったぞ」
「一君。悪いけど相手してる暇、ないから」
例え知り合いだろうとこの忙しさの中談笑してる暇などない。厨房どころか、店全体が戦場のようである。今ならわかる、ちっちさんが厨房を戦場と言った意味が……! わかったところで何にもならないんだけど。
一君は「ちぇ」と唇を尖らせていたが、機械的に席へ案内して次のお客さんの案内に回る。
「はい、お疲れ様でしたー! よく頑張ったね、二人とも」
途中で復活したオルドが加わり、ほんの少しだけ仕事が楽になったものの、初日から四時間働くのはきつかった……。これでまだフルじゃないと言うのだから恐ろしい。
ちなみにただいまの時刻は夜の十二時。人間の世界で言えば昼の十二時にあたる。まだ初日なので四時間だけど、徐々に増やされるらしい。一週間経つ頃にはフルで働いてもらうかもしれない……とのこと。
朝の七時にお店に入って準備をして、朝の八時に開店である。八時から十二時までなので、四時間。ちなみにフルになると六時間になるらしい。
やっぱり畑仕事の手伝いのほうがまだマシだな。あれは力仕事だけど、人と関わらずに済むし何より常に笑顔でいなくてもいい。無表情でクワ持って畑をザックザック耕していても何も言われないのだから……。
「オルド君はもうちょっと体力つけたほうがいいね。ウチでトレーニングしよっか」
ニッコリと笑顔で言い放つちっちさんが怖い。オルドもぶるりと体を震わせた。そんなオルドを見て、ドイさんが苦笑いを浮かべる。
「店長、ほどほどにしてやってくださいよ」
「何言ってんのー。ウチの子供のほうがよっぽど体力あるよ!」
ちっちさん、見た目はピッチピチの二十歳。中身は百何十年生きる化け猫。お子さんはわんぱくな男の子が五人もいる子だくさんの家らしい。ドイさん情報である。そら妖の子供と人間の子供比べたら体力が劣っているように見えても仕方がないけどね……。ちっちさんよ、あなたの目の前にいる少年は人間ですよ? それを忘れないでくださいな。
「そんじゃ今日は上がってよし! オルド君はそのままウチに帰りなー。リセちゃんは店員に送らせるから」
「いえ、そんな……お気遣いなく。一人で帰れますよ」
「何言ってるの! 人間の女の子が夜に一人歩きなんて危ないよ。リセちゃんを一人で帰して何があった日には幸与様に合わせる顔がない」
「はぁ……」
そんなもんなのかな。妖の世界では夜がほとんどだから、人間の世界で言う夜ほど危なくはないと思うんだけど。
「リセちゃーん。仕事終わった?」
カランコロン、と鈴の音を鳴らして店内に入ってきたのは風さんだった。さちに言われて私を迎えにきたらしい。これで店員さんの手を煩わせる必要がなくなった。安心。
「それじゃぁ、また明日ね。オルド」
「うん、また明日ー……」
オルドの声には覇気がなかった。疲れ切っているのだろう。ちっちさん宅でもトレーニングするって話になってるし、少し心配だったけど風さんと一緒にさちの家へ向かった。




