第8話 屋根裏の秘密と古代の呪文
アルルは、家のベッドに横たわっていた。昨夜のことを思い出していた。
(虎ック、可愛かったなあ……)
色々思い出していると、なかなか寝付けなかった。
――夕べ、夕飯をご馳走になった後、家まで送ってもらったのだった。
ベルフィーは、《虎ック》を上手に操作する。この虎は賢いが、たまに停まって用を足すあたりは、やはり動物だった。
ベルフィーとドリフィーは、世間話をしていた。魔王軍の話は外では話しにくいのかもしれない。
いつもの半分の時間もかからず家に着いた。
「じゃあ、くれぐれも気をつけるのよ」
「わかってるわよ。それに強い相棒がいるから」
ドリフィーは、アルルの方を見た。
(相棒って私?)
アルルは少し誇らしくなった。と同時に、魔王軍についてもっと知りたいと思った。自分のルーツについても。
「じゃあまたね」
「ありがとう」
ドリフィーとアルルは、しばらく手を振って見送っていた。
家に入ると、アルルはドリフィーの腕を掴んだ。
「おばあちゃん、私たちが古代人てこと?」
「まあ……そうね。小さい頃、古代語使ってたからアルルも少しわかるはずよ」
そう言って、ドリフィーは杖を振ると、天井からハシゴが出てきた。
「ちょっと来て」
アルルはドリフィーの後に続いてハシゴを登った。
屋根裏部屋には、勝手に動き出すペンや、見たこともない形の道具や、たくさんの本が置いてある。それらは全て古代ルーン語だ。
「あったわ。これ。読んどきなさい」
アルルは、埃を被った青い分厚い本を受け取った。表紙には金色の刺繍で、『古代の魔法大全』とあった。
開いてみると、カテゴリー別に色々な魔法について、呪文方法、効果、効果範囲、難易度など、魔法についてのノウハウが沢山書かれていた。
《生活》カテゴリーでは、農作物を早く育てる魔法、鍵を開ける魔法、頑固な汚れを落とす魔法。
ページをめくるごとにワクワクが止まらなかった。
《知識》カテゴリーでは、本を早く読む魔法、記憶力を増加させる魔法、計算が早くなる魔法。
そして《戦闘》カテゴリーでは……。
「これ、魔王に渡したらまずいやつじゃない?」
「そうよ。その本は持ち出し禁止ね」
「わかった……。でも、この部屋たまに来てもいい?」
「もちろん、いいわよ。あなたの家だもの」
ドリフィーは、そう言って笑った。
――そこまで思い出して、アルルはゆっくりと目を閉じた。
明日学校から帰ったら、真っ先にあの部屋に行こう。
ほんと、今日は色んなことあったな……。
次第に意識が遠のいていった。
◇
翌朝、ベルフィーにもらった月白かぼちゃのポタージュスープとパンを食べた。
「とろとろして甘くて美味しい」
「珍しいからね。なかなか食べられないよ」
月白かぼちゃとは、白い皮のかぼちゃで、柔らかくて白い。月光に当てないと育たない。熟れてくると銀色を帯びてくる。食べると少しだが状態異常を回復させる効果があった。
「行ってらっしゃい。気をつけてね」
「いってきまーす!」
アルルは少し警戒しながら学校に行った。
学校につくと、なんとなくいつもと雰囲気が違った。講堂にはいつもより先生方が集まっている。
「おはよう」
魔導士のリオナだ。
「おはよう」
「今日は魔王国の査察官がくるね」
リオナが嫌そうな顔をした。アルルはすっかり頭から抜けていた。
「そうだった、すっかり忘れてた。なら、実践の授業はないね」
「つまんなーい」
アルルは苦笑いをした。
校長先生の挨拶。
「今日は査察が入りますので、粗相の無いようにお願いします」
魔王国の査察官は、反乱分子がいないかの監視と、強い生徒を魔王国に指名することも行っている。
だから、自分の技量を見せびらかすと連れて行かれるし、反抗したりしても連れて行かれるから、皆おとなしくしている。
みんな暗い顔で各教室に分散していく。
(古代魔法、試したかったな……)
魔王国の官吏の前で、古代魔法をひけらかすものなら、きっと家族みんな捕らえられてしまうだろう。
それぞれのクラスでは、どの役職でも基本的なスキルや知識を学ぶので、こういう日は座学だけだった。
「放課後、合同大会のチームと会うんだ」
リオナが休み時間にアルルに嬉しそうに話した。
「いいね。私も剣術学校、行こうかな」
「あっちも今日査察来てるから、うずうずしてるかもね」
リオナはそう言って笑った。
◇
放課後、アルルとリオナとリオナのチームの回復魔法師のジュリアン・ミレイユと剣術学校に向かう。
ジュリアンは、回復魔法師には珍しく、男性だ。回復魔法師は、繊細さが必要な役職のためか女性が多い。
アルルは、同じ役職として、立ち回りで気になることを聞いてみた。
「ジュリアンてさ、魔物とかの知識も勉強したりする? 状態異常解除のタイミングとか、魔物のスキルの対処方法とか必要よね?」
「そうだね。知っといたほうが楽だよ。準備しているのと、いきなり攻撃やスキルが来るのとでは全然違う」
「なるほど……」
アルルは、勉強しないとな、と思った。
リオナも、ジュリアンに同調した。
「私なんて防御魔法とかないから、遠距離攻撃してくる魔物は全部把握してるよ」
「そっかー」
アルルは、自分の知識のなさを痛感してしまった。
「アルルは、おばあちゃんに聞けばいいじゃん」
「そうだね。今日帰ったら聞いてみる」
「うんうん」
リオナとジュリアンは微笑んだ。
話をしていると、学校の入口の方からグレンとリュカが手を振っていた。
「よう!」
「アルル!」
リオナは、「私らも盾剣士のとこ、行ってくるね」と言って別れた。
「塔の上からアルルが来るのが見えたんだ」
「リュカは、目がいいからな」
剣術学校は、教会の建物のような魔法学校とは異なり、城のような建物だった。両脇には高い塔が建っている。
リュカがゴソゴソとバッグから何かを取り出した。
「手を出して」
アルルの手のひらの上には黒い紐のようなものが乗っていた。
「あっ! これ……。胞子鹿の?」
「うんうん」
リュカは、それを手に取ると、アルルの首に回してつけてくれた。胞子鹿の角が加工されたチョーカーだった。
アルルの喉元には、小さく削られた鹿角の欠片が添えられている。指先ほどの薄い板状で、角はすべて丁寧に丸められていた。紐に沿うように留められていて、ほとんど揺れない。まるで最初からそこにあったように、喉に馴染んでいた。
「似合うよ」
「すごく嬉しい! これって状態異常抵抗上がるのよね?」
リュカは、頷いた。
「グレンには、アンクレット作ってあげたんだけど、気に入らなかったみたいで、アームバンドがいいと言われたんだよ。これだけど」
確かに短めのアンクレットになっている。
「俺は飛んだり跳ねたりよくするからさ。足だと邪魔になるだろ?」
「そうですねー」
リュカが下唇を突き出した。それを見たアルルが吹き出した。アルルを見て二人も笑う。
「また作り直すよ。……仕方ないな」
アルルがリュカのアンクレットを手に取ると、古代ルーン語で唱えた。
『形を変えよ!』
何も変化はなかった。しかし、一瞬紐がうねった気がした。
「だめか……」
それを見たグレンとリュカは顔色を変えた。
「それって……古代魔法?」
リュカが恐る恐る尋ねた。
「うん。ちょっと真似事だけど。やっぱりだめだったな」
空気が凍る。
グレンが低く言った。
「それ、口にするな」
「人前でそれは駄目だよ!! もうやらないで!」
リュカが、アルルの両肩を掴んで厳しい口調で強く言った。
アルルはびっくりして泣きそうになっている。
グレンは静かに言った。
「人に古代魔法が使えると言ったら……、魔王国に売られる。古代魔法が使えるというだけで、高く売れるんだ。一生困らないほどのお金になる。……魔王国に連行されるぞ、確実に」
アルルは怖くなって震えた。
「怖がらせてごめんね……。でもそうなんだ」
リュカはアルルの肩を掴んでいた手を離した。
「うん……。もうしないよ……」
アルルの頬に一筋の涙が光っていた。




