第60話 別れと約束
オラン大陸の西部を南北に延びるザイル山脈は、五千メートルを超える山々が連なっている。
今の季節でも雪深く、地上からは越えられない。しかし、イリヤが体長数十メートルの巨大なドラゴンに変身して、アルルとシオンを乗せ、ものすごい速さで雲を越えていった。
途中、アルルが寒さに凍えていると、シオンはアルルに上着を着せて、自分はリスに変身した。
アルルは、慌ててシオンのリスを両手の中に包んだ。そして、風で飛ばされないように、ピーちゃんの入っているポケットに入れた。
最初は突っついたり噛みついたり仲が悪かったが、アルルが怒ると二人は落ち着いた。
その日の夜には、山脈の反対の麓まで辿り着けた。積雪がなくなって、草が生え始めるところで、ドラゴンは地上に降りて大きな翼をたたんだ。そして、アルルが降りやすいように翼を地面に広げた。
アルルは翼を足場にして、地上に降りると、腕を伸ばして大きく背伸びをした。
地面には魔石がたくさん散乱していた。イリヤが両手に握りしめて飛んでいたものを、着地してすぐに手放したのだ。他にも大きな袋の中にたくさん魔石が入っていた。
イリヤはアルルが降りると、人型に変身解除した。
シオンとピーちゃんもアルルのポケットから抜け出して、ピーちゃんはパタパタ宙を舞い飛び、シオンは人型に変身解除した。
「まだ、ここらへんも寒いな」
シオンがそういうと、イリヤはまだ魔石を持って魔力を吸いながら、こう言った。
「まだ、標高は高いですからね。まだ山の上です」
アルルがシオンに上着を返そうとした。
「また変身するから、そのまま着てていいよ」
「そっか。ありがとう」
ピーちゃんが戻ってきて、アルルの肩に止まり、毛繕いを始めた。
「私は、叛逆した魔族なので魔王国軍がいるところには行けません。それにアルカ国の人々にも疎まれていますから、またあの洞窟で暮らします」
イリヤは寂しそうに言った。しかし、口をきゅっと結ぶと、こう言った。
「いつか……魔王と戦うようなことがあれば、いつでもアルル殿のお力になれます」
「えっ?」
アルルは驚いたが、少しの間考えた。
(私がそんな運命になることがあるんだろうか……?)
(でも、イリヤさんの気持ちは嬉しい)
「万が一、そうなったら……力を貸してください」
アルルが微笑むと、イリヤは片手を胸に当てて深々とお辞儀をした。
「御意に」
その夜は、そこで野宿をすることにした。シオンが翼獅子に変身したまま丸くなり、アルルはそれに寄りかかって寝ることにした。ピーちゃんは、アルルの頭の近くの翼獅子のお腹で眠っている。
イリヤは、偵察すると言ってどこかへ行ってしまった。
夜中、アルルは寒さで目を覚ますと、大きな荷物を整理しているイリヤと目が合った。
隣を見ると、丸くなって寒そうにアルルに背中をくっつけて寝ているシオンがいた。
ピーちゃんは、シオンの上にとまり、眠そうな顔をしていた。
「商人の姿に変身して、魔石を毛布と食べ物に交換してもらいました。小さな集落によろず屋のお店があったんです」
イリヤはそう言って、アルルとシオンに毛布をかけた。
そして、イリヤは少し離れてからドラゴンに変身して、アルルとシオンを体で囲うと、翼で上から覆った。
火のドラゴンだからだろうか、かなり暖かかった。
アルルはそのまま、瞼が落ちて意識が遠くなっていった。
◇
朝、アルルは体の痛みで起きてしまった。シオンはまだ寝ていた。
地面は石がゴロゴロしているからか、寒さはしのげたものの、体が痛くなった。
アルルが翼の下からのそのそ出てくると、シオンも目が覚めたようだった。
「いてて……。あー、寝てたわ」
シオンも、のそのそ出てきて、立ち上がった。
イリヤのドラゴンはまだ寝ていた。手に魔石をたくさん握りしめながら。
「お! 食い物あるじゃん」
シオンがイリヤが持ってきた荷物の中を覗いて、中身を出した。パンや腸詰め肉、ゆで玉子が入っていた。
アルルはまだぼーっとしていた。ピーちゃんも肩の上でウトウトしている。
シオンがドラゴンの姿のまま眠っているイリヤを振り返った。
「イリヤさんが持ってきたのか? ……水の入った皮袋もあるぞ」
「うん。商人に変身して、よろず屋で魔石と交換してくれたみたいなの。偵察もしてくれてたみたい」
アルルはそう言って、シオンから水の入った皮袋と、腸詰め肉を挟んだパンを受け取った。
シオンはうまそうにパンにかぶりついた。
「うめえ!」
ピーちゃんは、羨ましそうに眺めていた。
「ちょっと虫捕まえてくる」
ピーちゃんはどこかへ飛んで行った。もっと草のある、虫が多そうな場所を探しているのだろう。
「行ってらっしゃい」
シオンがゆで玉子を剥きながら、アルルに話しかけた。
「アストラの手前まで、予定通り送る。変身して飛んでも、ここからアストラまでは何日もかかる。悪いが野宿になるな」
「慣れてるから大丈夫」
「俺も追われる身じゃなければ、ついて行ってやってもいいんだけどな。ずっと変身するわけにもいかねーし……」
「気持ちだけで十分です」
アルルは優しく微笑んだ。
二人で喋っていると、ドラゴンの首が動いて頭を持ち上げた。
「あ、イリヤさん起きた」
ドラゴンが大きくあくびをした後、『デメタモルフォーゼ』と呟いた。すると、徐々に体が小さくなり、イリヤの姿に戻った。
「おはようございます。アルル殿、シオン殿。よく眠れましたか?」
「おかげさまで!」
「寝れたよ」
イリヤは、荷物が置いてある場所に行くと、大きな布袋に無造作に魔石や食べ物を入れていった。
「大したものではないですが、魔石は闇市などに売ってお金に、食べ物は道中お腹が空いたら食べてください」
その布袋はずっしりと重かった。
「こんなに……」
(持っていけるかな……?)
「名残惜しいですが、アルル殿はシェンルーへの道中。待ち人も待っていらっしゃることでしょう」
アルルはイリヤに言われて、ハッと思い出した。
(そうだ! ロアンさんが心配してるかもしれない……)
「そうですね。早く行かないといけないです」
「足はありますか?」
「足?」
アルルは自分の足を見た。
「いやいや……まさか歩いて行かれるんですか?」
(あっ、そういうこと……)
シオンが三本目の腸詰め肉を挟んだパンを食べ終えたところだった。両手をはたきながらアルルとイリヤのところへ歩いてきた。
「あ、アルルは俺が乗っけて行くよ。変身して」
「それなら、アルル殿を宜しく頼みます」
「乗り心地は、イリヤさんみたいにゆったりとはいかないかもだけど」
「……じゃあ、手綱つけてもいい?」
いたずらっぽい表情をしてアルルが言った。
「シオンは馬! シオンは馬だ!」
ピーちゃんが羽をパタパタさせて何度も言った。
「馬じゃない! 翼獅子! 誰が馬だ」
逃げるピーちゃんをシオンが追いかけると、アルルとイリヤが笑って見ていた。
◇
イリヤと別れ、アストラ港町へ野宿しながらシオンとアルルは向かった。
馬車なら二週間かかるところ、四日目の晩には街の近くまで着いた。アルルは宿屋を探して泊まることにした。
二人は、宿屋から少し離れた目立たない林の中で別れの挨拶をした。
「シオン、こんなところまで送ってくれてありがとう。帰るのも時間かかるよね」
アルルは改めて、シオンにお礼を言った。
「いや、ベルノアで捕まってたら、ここには来れていない」
「でもあの時、変身すれば逃げられたでしょ」
「うーん……逃げられたかはわからない。でも、もし捕まってたら命はなかったと思う。どちらにせよ、命の恩人なんだ」
アルルは答える代わりに微笑む。
「この魔石、重すぎるから持てる分だけ貰う。残りはシオンが持っていって」
「あー、わかった」
シオンはアルルが持てる分だけ小さく荷物をまとめてくれた。
「じゃあ、元気で。万が一なんかあったら、伝書鳥飛ばしてくれ。少しの間近くにいるから」
「わかった」
「くれぐれも魔王軍の兵士には気をつけろよ」
我が子を心配する親のように、シオンはアルルを見つめた。
「わかってるって! じゃあね!」
手を振って街道の方に歩いて行くアルルの背中をいつまでもシオンは見つめていた。
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