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癒しの雫  作者: 蒼井みつき
第2章 アルル・ベリファードと古代魔法

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第61話 闇市の夜

 アストラ港町へ続く街道沿いの小さな宿屋。

 アルルが入り口から中に入ると、右手に受付があり、左手には小さな食堂があった。


 受付の若い女性に声をかけた。


「一泊します」


「前金で、銀貨一枚です」

 

 (良かった。足りそう) 


「お名前は?」


「えと……グレイ……リリア・グレイです」


 アルルは咄嗟に偽名を考えた。適当な名前だった。 

 

 ポケットをゴソゴソしてお金を出した。少しシオンがお金を渡してくれていたのだ。

 

「毎度ありがとうございます。夕食はそちらの食堂でどうぞ」


「あ、はい。あの……シェンルー行きの定期船はいつくるかわかりますか?」


「……ちょっと待って下さいね」


 受付の女性は、羊皮紙を棚から取り出して見ていた。


「明日の昼ですね」


「明日?!」


「ピピ?」


 アルルはつい大きな声を出してしまって、慌てて口を押さえた。

 

 (早い! 乗船券を買うのに魔石を売らなきゃいけないのに。船に乗る時は、魔王国軍の兵士が検閲してるはずだから、そこをうまく船に乗る方法もわからない! 時間がない! どうしよう……)


 アルルは怪しまれるのを覚悟して、乗船券を買う場所、船に乗る場所を受付の人に聞いた。

 

 すると、ここから歩いて十分ほどでアストラ港町に入り、中央通りを西に十五分ほど進むと港に着き、港の北側に乗船券売り場と乗り場があることを教えてくれた。


「あの……あと、魔石を買ってくれそうなお店はありませんか?」

 

 アルルが遠慮がちに訊ねると、後ろから低い男の人の声がした。


「魔道具店とかじゃないの? 今の時間なら闇市だけど……」


 アルルが振り向くと、すぐ後ろに背の高い旅行者のような格好をした髭を生やした中年の男性が立っていた。


 受付の女性は、親子と思ったのか、こう言った。


「お嬢様、しっかりされてますね! お父様がおっしゃるように魔道具店とか道具屋ですね。闇市は、ぼったくりや買い叩きがあるからおすすめしません」


「ああ、親子じゃないよ」


 中年の男性は、手のひらを広げて横に振った。


「あっ、失礼いたしました……」


 受付の女性は、軽くお辞儀をして謝った。


 アルルは、もう少し詳しく聞きたい衝動に駆られた。

 

 (お店の場所も聞きたい)


「あの! 魔道具店とか闇市の場所、教えて下さい」


 受付の女性は、親子ではないと知って、アルルの質問を怪しんだ。怪訝な顔をしながらも、場所を教えてくれた。


「お嬢ちゃん、闇市に行くなら気をつけなよ。盗賊がうようよいる場所だからな。俺だって一回行って懲りた」


 男性はそう言って、薄ら笑った。 

 

 アルルは、向かいの食堂に入ると、奥のカウンターの女性から声をかけられた。カウンターから料理を受け取るらしかった。

 女性にリンゴがあるか聞くと、ミカンならあるというのでもらうことにした。


「ミカン! ミカン!」


 ピーちゃんは、ミカンが嬉しいのか羽をばたつかせて喜んだ。


 しばらく待ったあと、カウンターからシチューとパンとミカンをもらって席に着いた。

 

 ミカンは丸ごとだったので、ナイフで切ってあげると、ピーちゃんは夢中で果肉をついばんでいた。


 (魔石どこで売ろう……。明日のお昼までに売る時間あるだろうか? 前にマルタ港町から乗った時は、乗客がたくさんいたから、早くしないと乗船券売り切れちゃうかもしれない)


 アルルは食べながら考えていた。

 

 (よし! 闇市に行ってみよう)


 アルルは夢中でミカンを啄んでいるピーちゃんを眺めた。


 (絶対反対するだろうな……)


 ◇


「絶対ダメだよ! そんな危ないところ。明日の朝、道具屋で売ればいい! 女の子なんだから!」


 泊まる部屋に移動した後、アルルはピーちゃんに闇市に行く話をした。ピーちゃんは、背伸びして肩をいからせていた。 


 アルルは今日中に乗船券を買えるほどのお金を作ろうと考えていて、ピーちゃんを説得しようと試みた。


「でも、明日だと間に合わないかもしれない。お店が始まるのがお昼前かもしれないし、何軒も回らないといけないかもしれない」


 それでもピーちゃんは納得しなかった。首を横に振った。


「じゃあ、どうすればいいのよ!」 


 アルルもついに怒って、拳を振った。


「次の船で行けばいい」


「ロアンさんが待ってるんだよ!」


「俺はアルルの命が大事なんだよ! 女の子一人で、盗賊がいっぱいいるところに行くなんて、絶対襲われるに決まってる!!」


「私だってやられっぱなしにはならないもの」


「反撃してお店壊したら、それこそ魔石売れないぞ!」


「う……」


 アルルは言い返せなくなった。


 (どうしたらいいんだろう……。次の船っていつなのかわからないし、ジャックさんが知ったら、私のこと探し回るかもしれない……)


 (心配かけらんないよ! どうしよう)


 アルルの頭の中にジャックと同じような風貌のさっきの旅行者の中年男性の顔が浮かんだ。


「ちょっと待って。……さっきのおじさん、闇市行ったと言ってたよね」


 アルルは人差し指を一本立てた。


「うん、言ってた」

 

 まだピーちゃんは、鼻息を荒くさせていた。

 

「あのおじさんに変身したらいいんじゃない?」

 

「うーん……」


 ピーちゃんは、首を傾けた。納得はしていないようだ。


「それならいいでしょ? 行こう!」


『メタモルフォーゼ!』


 アルルは、みるみるうちにさっきの旅行者の中年男性に変身した。


 ピーちゃんは納得しないまま、アルルの肩に乗った。


 ◇ 


『光よ』


 人差し指の先に光を宿しながら、真っ暗な路地を歩いていく。 

 アストラ港町に入り、五分くらい歩くと、少し明るい路地に出た。光を消して進んでいくと、薄暗い中に蝋燭の灯りだけでいくつもの露店が並んでいるのが見えた。


 露店の売物を見ると、怪しげな液体を陳列している店、よくわからない形の杖をたくさん売っている店、サイズや飾りがバラバラの剣を売っている店などがあった。


 (これ盗品とかなのかなあ?)


 店を覗きながら歩いていくと、魔石を並べて売っている店があった。丁寧に一つずつ値札がついている。


 (ここで聞いてみよう!)


「あの……」


 アルルは自分の高い声に気づき、咳払いをした。そして、出来るだけ低い声を出すように喉を広げた。


「すみません。こちらで魔石の買取はしていますか?」


 椅子に座って魔石を眺めていた老人の手が止まった。上目遣いで目だけ動いた。


 老人は何も言わず、顎を上に上げて向かいの方を示した。


 変身したアルルが振り返ると、骨董品らしい壺などを陳列している倉庫の窓が見えた。窓の奥には、頭にターバンを巻いた男性店主がいた。


「魔石の買取していますか?」


「物による。見せて」


 店主は手を出した。アルルは、魔石を三つ店主に渡した。店主はレンズを当てて何かを見ていた。さっき別のお店で売っていた、魔力が見えるレンズそっくりだった。


 店主はレンズを置いた。


「これは魔力の量が少ないから三つで銀貨一枚だな」

 

「そんな、言いがかり……。しかも、安すぎ!!」


 (五個しか持ってきてないわ……)

  

 文句でもあるのか? とでも言いたげな店主の目つき。アルルは咳払いをして声を大きくした。


「もっとちゃんと見てくれ」


「何度見たって同じだろう」


 アルルは店主の手から取り返すと、魔石をじっと見た。


 (多分、一つ金貨十枚くらいの価値はあるはず……)


 隣の店の若い売り子が興味深げにこっちを見ていた。


「おじさん! 俺がひとつ銀貨一枚ずつで買ってやろうか?」 


 骨董屋の店主は、ムッとした顔をした。


「お願い……よろしく」

 

「ひとつ小さいけど、五個で銀貨五枚ね」


 アルルは、持ってきた魔石五個を全て若い売り子に渡そうとした。

 

 その時、隣の骨董屋の店主はこっちに聞こえるように舌打ちして言った。


「しょーがねえな。五個で金貨一枚出すわ」


 骨董屋の店主が、若い売り子をちらっと見て言った。


「なら、そっちに頼むよ」


 アルルが若い売り子の手から魔石を取った。


 すると、若い売り子が歯をむき出して、力を込めて言った。


「こっちは、金貨二枚出すぜ!」 


「くー! 畜生め。最近は魔石が手に入らんから、譲れ!」


 骨董屋の店主が拳で窓枠を叩いた。


 アルルは内心喜んでいた。


 (これなら足りそう! もうちょっと行け!)


「商売は、金持ったもんが勝つんだよ! 金貨三枚!」

 

「売った!」


 アルルは、また若い売り子に魔石を渡した。


 骨董屋の店主は、顔を真っ赤にして倉庫の奥に引っ込んだ。


「まいど!」


 アルルは金貨三枚を受け取った。すると、骨董屋の店主がいつの間にか路上に出てきていた。隣の若い売り子に掴みかかった。


「てめえ! 邪魔すんじゃねえ!」


「商売だろ! 文句言うな!」


 二人が取っ組み合っている間に、アルルとピーちゃんは、そっと元の宿屋に戻った。後ろを見ても誰もついてきていない。


 (いけない! 入る前に変身解かないと)


 アルルは周りに誰もいないのを確認して、人目のない路地で変身を解いた。


『デメタモルフォーゼ』


 そして宿屋に入っていくと、食堂でスープを啜る中年男性の旅行者がいた。アルルが今まで変身していた姿の主だ。


 (危なかった……。変身解除してなかったら鉢合わせてた)


「夜中なのに、腹減っちゃってね。こんな夜中にどこ行ってたの?」


「あ……え、と」


 アルルは言い訳を考えた。


「この子……ピーちゃんが外で飛びたいって言うんで、連れてってたんです」


「ピピ」


「あはは。鳥と話ができるのかい?」


 男性はパンを引きちぎって食べた。

 アルルは笑って誤魔化した。


 受付の人は男性に交代していた。


「グレイ様」


 最初、アルルは呼ばれたことに気づかなかった。偽名で呼ばれたので、自分のことだとわからなかったのだ。 


「あっ、はい!」


「お風呂に入られますか? 入られるなら沸かし直しますよ」 


「あっ、じゃあお願いします」


「ピピ!」


「ピーちゃんも入るの?」


 ピーちゃんはコクンと頷いた。


 ◇


 アルルは、お風呂にゆっくり浸かった後、ふかふかのベッドの上で横になった。


 珍しくピーちゃんも水浴びをして、さっぱりした顔をしていた。


 アルルは天井を見ながら、今までに通った町や村のことを思い出していた。

 

 ピーちゃんは、アルルの枕元で毛繕いをしている。


 ——リュネ村のダリオさん、エラさん夫婦。若い夫婦だったけど、エラさんが凄かったな……。ミナちゃん、可愛かったな。お魚たくさん獲れるようになったかなー。


 ——あの盗賊四兄弟は、何してるだろう?

 長男のハロルド、次男のグスタフ、三男のロイ、四男のルーク。ほんとは、人を傷つけたりしてほしくないけど……。なんとなく、一度甘い蜜を吸ってしまった者は、なかなか戻れない、そんな気がした。


 ——ローガン……怖かったあの人。でも、厳しい人だから大人数をまとめられるんだろうか? 妹のネフィラさんは優しかったな。シチュー美味しかったな。


 ——シオンとイリヤさん。変身凄かったな……。私もあんなふうに変身できるようになるのかなあ?


 アルルは、自分の腕を枕にして横を向いた。


 (明日、船に乗る時どうやって魔王国軍の兵士の検閲抜けたらいいだろう……)


 アルルは考えながら眠ってしまっていた。

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