第58話 旅路の新たな力
ドドーン!
大きな音を立てて、炎の塊が広がっていき、石や岩が四方に飛び散った。しばらくの間、地響きがこだまする。砂埃が収まると洞窟の壁が大きくえぐれているのが見えた。
狭い洞窟の中、アルルは爆発魔法を発動したため、辺りには熱風が漂っていた。
(やった!)
アルルは、高揚した顔でガッツポーズをして跳ねた。
「ピピピ! すごいぞ! アルル」
ピーちゃんも飛び回って喜んでいた。
イリヤは少し離れたところに腕を組んで立って、それを見ていた。
(思ったより、威力が高い……。ミシェルの子孫という話は、やはり本当なのか……)
「イリヤさん、壁壊しちゃった。ごめんなさい」
アルルは頭を掻きながら謝った。しかし、口では謝罪するものの全く悪びれた様子はなかった。
(この魔法、暴風や氷魔法より強い!)
ニコニコしているアルルを見て、イリヤが言った。
「ここら辺の岩盤は大変丈夫なので、それくらいは平気ですよ。……アルル殿、炎の魔法も覚えますか?」
アルルは、熱さで汗をかいた額を拭いながら、にこやかに笑った。
「もちろん、お願いします!」
「じゃあ、『イグニス、ディラータ(炎よ、広がれ)』を唱えて」
アルルが両手を前に出して、手のひらから炎を出そうとした時、神殿の方からシオンが歩いてきた。寝起きで少しふらついている。
『イグニス、ディラータ!!』
アルルが元気よく魔法を唱えると、手のひらから炎が勢いよくほとばしり、ものすごい音を立てて上下左右に広がった。
シオンは赤く燃えている洞窟を眺めた。
(炎魔法か……。ボスと同じだ。……いや? 何か違う)
シオンは、赤く燃えているのに黒く渦巻くエネルギーに気づいた。
(まさか……闇魔法か?!)
シオンは、アルルとイリヤに近づいていった。炎魔法は徐々に小さくなっていく。
アルルは、しぼんでいく炎を見ながら不満げにした。
「まだ持続力が足りないなー」
「最初にしては十分ですよ」
アルルとイリヤは、後ろから来る足音に気づいて振り返った。
「今のは闇魔法なのか? 初めて見た……」
「イリヤさんのイントネーションそのまま唱えるとそうなっちゃう」
「もう一回、見せてくれないか?」
「ちょっと洞窟が熱くなっちゃったから、一回氷魔法で冷やしてからね」
『グラキエス、ディラータ!(氷よ、広がれ!)』
アルルの伸ばした両手の先から、光が広がり、そこから冷気と氷が飛び出して遠くへ広がっていく。
イリヤがシオンに語りかけた。
「アルル殿は、稀に見る光と闇魔法の使い手です」
「やっぱりそうか……。光と闇を使う魔法使いは、今まで見たことがない」
シオンは、氷を洞窟のあちこちに振り撒いているアルルを眺めていた。
「相反する属性も自分のものにできる、極めて稀有な存在……。もしかしたら……」
「ん?」
「新しい最強魔法を編み出す方かもしれません」
「……ありえるかもな」
二人は、アルルが指さした方を見た。
「見て見てー! あそこの壁が削れてるところ、私が爆発魔法で削ったのよ!」
「すごいじゃないか! アルル」
満足そうな顔をしているアルルを見て、シオンは笑った。
「変身魔法も教わったのよ!」
「ほう。何に変身したんだ?」
アルルは、無詠唱を試してみた。すると、黒い影に包まれながらアルルの体は小さくなって、一匹のメジロになった。ピーちゃんも一緒に飛んでいる。
シオンは、メジロ二匹を見て笑った。
「どっちがアルルかわからないよ」
二匹は、シオンの周りをクルクル回って飛んだ。
「……しかし、このままいけば、全属性の魔法を使えるようになるんじゃないのか? アルル」
アルルのメジロは、シオンの肩に止まった。ピーちゃんも反対側の肩に止まった。
「全属性?」
アルルのメジロが、首を傾げた。
「古代魔法の氷、風、火が使えるようになったろ」
「あとは、土ですね」
イリヤが付け足した。
「もしかしたら……勝手な予測ですが、砂漠の民に土魔法の使い手がいるのかもしれませんね」
「砂漠の民?」
「シュミジャール大陸の住民だよ。あっちの大陸は砂漠が多いんだ」
「へえ!」
そう言って、アルルのメジロはパタパタと羽をばたつかせた。
シオンが何かを思い出したように、イリヤに話しかけた。
「イリヤさん、頼みがあるのだけど……」
「はい、何でしょう?」
「魔石から魔力を取り出すやり方を教えてほしい」
アルルのメジロが、飛び立った。
「私も知ってるよ!」
アルルは変身を解いて、イリヤがシオンに魔力を吸い取る方法を教える手伝いをした。
「一気に魔力を吸い取るのは大変危険です!」
「そうそう、少しずつだよ!」
二人に手取り足取り教わり、シオンはなんとか魔石から魔力を吸えるようになった。
「これはすごいな! すぐ魔力がみなぎるなー!」
シオンは翼獅子に変身した。魔石を咥えると、魔石から口の中へ魔力の光が吸い寄せられるように入っていった。
イリヤがアルルに遠慮がちに小声で話しかけた。
「アルル殿……もし、よろしければ、治癒魔法や防御魔法を教えて下さいませんか? 自分で治療や防御が出来るようになりたいのです」
アルルはニコッと笑った。
「喜んで!」
アルルがそう言うと、イリヤも笑い返した。
「まずは、治癒からね」
「俺がちょいと傷つけようか?」
シオンが前足を上げて、鋭い爪を出した。
「うーん……。それはいいよ」
アルルはイリヤの手をとった。
「ごめんなさい……」
そして、イリヤの手の甲をつねった。
「そんなんじゃ、治ったのかわからないんじゃね?」
シオンが軽くイリヤの手の甲を撫でると、鋭い爪が深い傷を作って、血がどくどくと流れた。
「ああっ!」
アルルは、血が流れる傷をまじまじと見ていた。
(シオン、傷深すぎ!)
「だ、大丈夫です。治癒魔法を教えてください」
アルルは気を落ち着けて、傷口に手のひらを向けた。
「自分の魔力を傷口に届けるように流して、傷跡が治っていく様子を想像するの。『癒やせよ』って唱える」
すると、淡い光が手のひらから湧き出てイリヤの手の甲を包み、傷口が徐々に塞がっていく。そして、流血が止まった。
「続きをイリヤさん、やってみて」
「癒やせよ」
イリヤは反対の手のひらを手の甲にかざした。
しばらくすると、黒いエネルギーが手のひらから現れた。そして手の甲を包むと、傷が徐々に元に戻っていった。
「そう。そんな感じだよ!」
「おお!」
イリヤは自分で驚いていた。
「癒しというのは、このような気持ちになるのですね」
アルルは、頬を赤くしているイリヤを見て微笑んだ。
シオンがまた何か参加したそうにしていた。
「シオンは危ないからダメ」
アルルがピシャリと言うと、「ちぇ!」と言って、シオンは翼獅子から人の姿に戻った。
「次は、防御魔法ね。透明な壁を作るのをイメージして。『護れ』って唱える。私が魔法で攻撃するから合わせてね」
イリヤは小さく頷いた。アルルは、少しイリヤから離れるように移動した。そして、腕を前に出した。
「行くよ」
アルルの手のひらから一陣の風が、イリヤの方へ吹いた。
「護れ」
イリヤの黒髪が揺れた。風はそのまま通過していた。
「難しい……」
「うんと……壁の概念が難しいのかな? 盾を作るイメージはどう?」
「やってみます」
「行くよ」
アルルは少し強めの風魔法を送った。少し黒いエネルギーが集まりかけるも、消えてしまう。
イリヤはため息をついた。
「魔族は、魔力を送る対象がないと魔法が使いづらいのかもしれません。……でも、頑張ります」
それでも根気よく二人が練習するうちに、壁らしいものが出来てきた。そして……。
「行くよ! 今度こそ」
「はい!」
アルルが手を向ける。
「護れ!」
すると、黒いエネルギーが固まり、透明な壁が風を受けてイリヤまで到達しなかった。
「やったね!」
「ピピピ!」
アルルは自分のことのように腕を上げて喜んだ。イリヤは安堵の表情で笑った。イリヤを警戒していたピーちゃんまで、アルルの肩の上で喜んで羽をパタパタ広げた。
座って魔石をいじっていたシオンも「やるじゃん!」と微笑んだ。
その後もイリヤは、何度も一人で練習していた。シオンは食材を探しに出かけた。
その日の夕方、集めた夕食の素材から料理をすると、また豪華な食卓になった。
丸鶏の香草焼き、野菜の煮込み、そして焼きリンゴだった。
「美味しそう」
シオンがすぐにも食べたそうな表情をして席に着いた。アルルがシオンに料理を指さして説明した。
「これもこれも全部、イリヤさんが作ったんだよ。私はちょっと材料切ったり手伝っただけだった」
「たまたまお肉や野菜が残ってて作れただけですよ。洞窟の奥は、ひんやりして物が腐りにくいんです」
ピーちゃんは、もう既にテーブルのリンゴをつついて食べていた。
「さあ、食べましょうか」
イリヤが促すと、シオンが勢いよく食べ始めた。
「イリヤさんて、前も料理してたんですか?」
アルルが食べながらイリヤに聞いた。聞いてから、しまった、と思った。
「私はずっと自分がドラゴンと思ってましたから、妻に作ってもらっていましたね」
イリヤの表情が少し暗くなった。
しばらく沈黙が続いた。
シオンが掻き込んで食べるのにやっと一息ついて、口を開いた。
「アルルって、もうアストラに向かうの?」
「あ……うん。明日出発しようかと……」
「なら、山脈越えるところまでは俺が送るよ」
シオンがお腹を苦しそうに椅子にもたれた。
「私がドラゴンになれば速いので、山脈越えるところまでは私が乗せていきますよ」
イリヤがにこやかに言った。
「じゃあ、俺はアストラの手前まで乗せるわ。魔石から魔力が吸えるようになったし、腐るほどあるし。俺は街には入れないからそこまでだな。大きな港町だから、魔王軍がいるんだ」
シオンはパンパンになったお腹をさすった。
「二人とも、ありがとう」
アルルは微笑んだ。
(早く行かないとシェンルーで待ってるロアンさんが心配するかもしれない……)
アルルの頭の中に、ふっとジャックの顔が浮かんだ。
(私がまだ着いてないとジャックさんに知られたら、探しに来るかもしれないわ)
ジャックが手料理が大好きなことを思い出していた。
(おばあちゃんも、元気かな……?)
◇
ルーヴェンの洞窟の近くのドリフィーの家。
ジャックは、今日もドリフィーの家で夕食を食べていた。
「はあ、今日もうまかった」
ジャックは満足そうに楊枝で歯の掃除をしていた。
「最近太ったんじゃないのかい?」
ドリフィーが笑いながら突っ込んだ。
「腹の周りがやばいよ。運動しなくちゃ!」
ジャックが自分のお腹を叩いた。
「先生の仕事をもっと真面目にやればいいんだよ」
「俺が不真面目みたいに言うなよ」
ジャックが口を尖らせた。
「成長しそうな子はいるのかい?」
ドリフィーが食器を片付けながら聞いた。
「そうだなあ……いるけど、アルルには敵わないな」
「そうかい」
ドリフィーは、笑いながら台所に行った。
(そろそろアルル着いたろうから、あいつに伝書鳥送るか)
「ご馳走様! また明日」
ジャックは、そう言ってドリフィーの家を後にした。
(明日、明後日は学校も休みだし、伝書鳥を出すのに都合がいいな)
我が家の洞窟に戻ると、伝書鳥を召喚した。
ジャックはロアンへの言付けを伝書鳥に伝えた。
(アルル……無事ついてるといいんだが……。ピーがついてるし、何かあればピーがこっちに来てるはずだ)
ジャックは小舟で夜の海に漕ぎ出して、星空を眺めた。
「ロアンに届けておくれ」
伝書鳥は頷くと、夜の海の空を飛んでいった。
ジャックはしばらくの間、海風に当たりながら星空を眺めていた。




