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癒しの雫  作者: 蒼井みつき
第2章 アルル・ベリファードと古代魔法

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第56話 信じてもらえない真実

 イリヤが変身した大きなドラゴンは、両手で魔石の塊を掴み、背中にはアルルとシオン、御者、そして花嫁だったマリエルを乗せて、朝から晩まで飛んでいた。ピーちゃんは、アルルの胸ポケットの中で大人しくしている。

 みんな風で飛ばされないように、必死に背中のトゲトゲにしがみついていた。


 翼を広げると数十メートルにもなる巨躯は、驚くほどの速さで空を飛んだ。あっという間に眼下の森の木々が後ろに流れていく。


 バサッ、バサッ。

 ヒューッ。


 その日の夜には、ラウネの近くに着いた。街の近くの広場に着いて、ドラゴンから降りるとみんなで体を伸ばした。ピーちゃんは狭いポケットから飛び立って、アルルの肩で毛づくろいをしていた。


 夜の街の周囲には松明が点々と置かれ、辺りを明るく照らしていた。

 

 近くを通りかかった老人が、腰を抜かして倒れていた。

 

「あ……あわわ」


 他の若い商人は、叫びながら街に駆けて行った。


「ドラゴンが来たぞおぉーーっ!!」


 巨大ドラゴンは、街の入り口の方へドシンドシンと足音を立てながらゆっくり歩いて行った。


 誰が呼んだのか、街の入り口には若者が武器を持って集まってきていた。


 街の入り口を境に、外側にアルルとシオンと花嫁のマリエル、内側には剣や槍やクワなどを持った男らが対峙した。


「マリエル!」


 男が人垣をかき分け、駆け寄ってきた。


「エリアス……」


 マリエルは、口に手を当て、今にも泣きそうな表情で男を見ていた。

 

「やっぱり、諦められない!」

 

 男はマリエルを抱きしめた。マリエルも抱きしめ返した。


「俺が間違っていた。掟に反しても、行かせるべきじゃなかったんだ」

 

 マリエルの頬から涙が滴った。

 

 そのとき、背後からドラゴンの大きな足音が響いた。男はマリエルをかばうように前に出る。

 

「もう……マリエルは、渡さない!」

 

『デメタモルフォーゼ!(変身解除せよ!)』


 イリヤは自ら変身解除の魔法を放った。すると、大きな体が一気に小さくなり、人の形へと変化していった。


 武装した住民たちは、驚きの声を上げた。中には叫ぶ者もいた。


「ひっ!」

 

「おおーっ!?」


「人だったのか?!」


 怖いもの見たさなのか、よく見ようとしてなのか、住民は固まって徐々にイリヤに近づいていった。


「目が赤いぞ」


「爪が大きくて尖ってるぞ。あれで喉元を掻っ切られたらやばい」


 イリヤは、片膝をついた。住民たちはビクッとして、後ずさった。イリヤは俯き、左手を立てた膝に置き、右手を地面につけて謝罪した。


「今まで女性を無理やり嫁がせて申し訳なかった……。もう何も要求しない。怖がらせてすまなかった……」


 干し草用の大きなフォークを持った、少し年配の男が叫ぶ。

  

「何言ってやがんだ! 生贄じゃねーか! マリエルは……い、許嫁がいたんだぞ!」


「そうだ! そうだ!」


 周りの剣や槍を持った住民も武器を振り上げる。


「大昔から街を脅しやがって……こうしてやる!」


 フォークを持った男は、上からフォークを振りかぶり、イリヤの背中を打ちつけた。何度も。

 

「こいつ魔族だろ? 聞いたことがある。赤い目、黒い髪、高い鼻、大きな爪が魔族の特徴だって」

 

 若い男は、イリヤを指さして、汚いものを見るような目をした。そして、持っていた槍をイリヤの肩に刺した。イリヤの顔が苦痛の表情に歪む。


 槍を抜くたびに、傷口から血が滴り落ちていた。

 

「っ……」


 アルルは、目の前の光景に耐えられず、両手を広げて前に出した。


「待って! やめて! この人は、魔王に歯向かってる人なの」


 割って入ったアルルに対して、槍を持った若い男は言い放った。


「誰だよ、お前! 邪魔すんな! 歯向かってようが、このラウネのみんなをこいつはずっと利用してたんだよ!」


 若い男の後ろから、同じく若い男が拳を振り上げて叫んだ。 


「殺しちまえ! 殺せ! 殺せ!」


 何人もの住民が武器を使って殴ったり、蹴ったりし始めた。周りの女性たちも、怒りの声を上げた。


「そうよ! 今までどれだけ怖い思いをしたと思ってるの!」


「やっちまいな! もう二度とこんなことができないようにしてやれ!」


「今までの花嫁を返せ! この化け物!」


 女性たちの声に、男たちの怒りもますます激しくなった。


「そうだ! 二度と街に近づけるな!」


「ぶっ殺せ!」


 イリヤは抵抗しなかった。ただ、殴られ、武器で刺され、蹴られても、地面に頭を擦り付けていた。


 (イリヤさんは、不老不死と言ったけど、このままじゃ本当に死んでしまうのでは……)


 アルルは、無抵抗のイリヤを見ていられなかった。身体中血だらけになり、唸りながら苦痛に耐えている。


 (そうだ。イリヤさんだって、魔王の犠牲者よね……。花嫁を求めたのは良くないけれど……)


 珍しくピーちゃんがこう言った。アルルの肩で羽をばたつかせる。


「ちょっとやりすぎと思うな!」


 シオンは、見るに耐えないと言った表情をしていた。 


「アルル、ラウネで馬車を調達してから出発しよう」


「うん。わかった」


 シオンは離れたところで見ていた御者にも声をかけた。

 三人は、市民のかたまりを避けて街に入ろうとした。イリヤの姿は住民に囲まれていて、見えない。


 フォークを持った男が、両手を広げて住民達の前に出た。


「一旦離れろ! ……死んだか確認する」


 アルル達は、ちょうど横を通り過ぎた時、仰向けで倒れているイリヤの姿が目に入った。


 フォークを持った男がしゃがみ込み、イリヤの胸に手を当て、顔に耳を傾けた。


「……まだ、微かに息がある。胸に杭でも打ち込むか?」


 アルルはこの言葉を聞いた時、いてもたってもいられなくなった。


 ——無理!


 アルルは、イリヤと住民の間に走っていく。


「殺さないで! この人も被害者なの!」


 アルルは、両腕を広げて木の杭を持って寄ってきた男を遮った。


「魔王に騙されて……。記憶も消されて……。自分はドラゴンだと思い込んでたみたいなの! 許してあげて!」


 アルルは、何とか住民の怒りを止められないかと、必死に声を張り上げた。


「こいつが、そう言ってたんか?」


 アルルの前にいる、杭を持った男が言った。


「……お前、騙されてんだよ」


 アルルが振り向くと、イリヤの隣に立っている、大きなフォークを持った男が言った。


「長い間、若い女の子を奪っては弄んでたんだよ。作り話さ。こういう輩は嘘をつくのが得意なんだよ」

 

 そう言って、イリヤを蹴飛ばした。

 

「……でも、こんなにされても抵抗してないじゃない!」

 

 アルルは、怯まなかった。


「彼は、お詫びをしたいと言っていたわ」


 すると、周りの住民が静まり返った。アルルは、やっと気持ちが通じたのかと思った。しかし、次の住民の言葉に、アルルは衝撃を受けた。


「……そこまで庇うなんて、お前……仲間か?」


「ち、違うわ!」 


「お前ら、この子も捕まえろ!」


 フォークを持った男が叫んだ。その時、どこからか猛獣の低く響き渡る鳴き声が聞こえた。


 ガォーーーーーッ!


 みんなが一斉に鳴き声の方を向くと、大きな羽の生えたライオン——翼獅子が、大きな手足をゆっくりと動かしながら、静かに近づいてきた。


 いきなり出現した猛獣に、住民は慌てて逃げ出した。腰を抜かして逃げられないもの、足がすくんで動けないものもいた。


 フォークを持った男と杭を持った男は、逃げずに倒れたイリヤの所に立ったままだ。


 翼獅子が大きな口を開けて、一声咆哮すると、二人とも一目散に逃げて行った。


 翼獅子は、イリヤの胸の服を噛んで持ち上げて、自らの背中に乗せた。


「アルル、乗って。もう住民を説得するのは諦めよう」


 翼獅子が乗りやすいように手足を曲げた。アルルは何とか背中に乗ると、イリヤが落ちないように支えた。

 

「ピピッ」


 ピーちゃんは慌ててアルルのポケットに潜り込んだ。


 翼獅子は、羽を広げると、悠々と山脈の方へ飛んで行った。


 住民は、身を隠しながらも飛び立つ翼獅子を見ていた。

 満月が照らす、明るい夜だった。

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