第55話 蘇った記憶
シオンは手をかざして叫んだ。
『デメタモルフォーゼ!(変身解除せよ!)』
ドラゴンは、シオンへ炎を吐いた。
アルルがシオンの所へと飛びながら、防御魔法を唱えた。
すると、ドラゴンの炎は途中で蒸発するように消えた。ドラゴンの姿はだんだん小さくなり、やがて一人の背の高い黒髪の男になった。男は疲れているのか、しゃがんで地面に手をついた。
シオンが呟いた。
「やっぱりな……」
アルルは驚きながら、シオンの近くに降りた。
「どういうこと?」
「最低限の攻撃しかしてこなかった。魔力の消費を抑えるような攻撃の仕方をしていた。炎を数回吐いただけで、魔力を吸いに戻ってただろ? それにドラゴンが人に変身できると、聞いたことがない。それなら、逆だろって思ったのさ」
「なるほど」
アルルは歩ガサスを消して、シオンに近づいた。
「怪我してる」
シオンの背中の服が破れて、傷が露わになっていた。アルルが手をかざして癒した。
「ありがとう」
「ピピ」
ピーちゃんがアルルの肩にとまって言った。
「あの黒髪のやつ、どうするの? もう悪いことできないようにしてよ。花嫁が可哀想だから」
岩陰に隠れていた花嫁がこちらに歩いて来た。ガウンを頭からかぶって、体が震えている。
「ここで待ってて、アルルと俺で話してくる」
シオンとアルルは、しゃがんでいる黒髪の男の前に歩いて行った。ピーちゃんは、アルルの肩にとまったままだ。
二人は黒髪の男を見下ろした。最初にシオンが口を開いた。
「……お前は誰だ?」
黒髪の男はまだ地面に手をついている。首から血を流していた。翼獅子のシオンが噛み付いた場所だ。
男は何も言わない。アルルが怪我を治そうと手を伸ばす。
「……ない」
男は、掠れる声で呟いた。
「何?」
シオンがもう一度聞いた。すると男は咳払いを一回した。
「覚えてないんだ……自分が人間だったってことも。名前すら知らない。ただ、花嫁が欲しかった。それだけだ」
アルルとシオンは、互いに目を合わせた。
「あなたは……魔族?」
アルルが、男の容姿を見て、そう聞いた。
男は黒髪で、赤みがかった瞳をしていた。指先には、人間よりも大きく尖った爪が伸びている。昔、ドリフィーから魔族の特徴について聞いたことがあった。黒髪に赤みがかった瞳、大きな爪。
「わからない……」
男は頭を抱えた。
「じゃあ、名前は?」
シオンの柔らかい声だった。アルルは、男の首に手を当てて傷を癒そうとした。
「名前……。出てこない」
「む? 本当なのか? 適当に嘘つくなよ?」
シオンは剣の柄を握った。
アルルが静止するように手を出す。
「まあまあ……」
アルルは片手で男の傷を癒しながら考えていた。
(名前も出てこないとしたら……頭を打った? いや、怪我はしてないみたい)
シオンは今にも剣を抜きそうだった。
「痛い目に遭わせたら吐くだろ」
「ちょっと待って!」
アルルは、少し考える。
(本当に名前すら覚えていないなら、強い忘却魔法をかけられている可能性がある……。でも思い出す魔法知らないんだよなあ)
「ピーちゃん。記憶を取り戻す魔法とか聞いたり、覚えてない?」
アルルの肩に乗っているピーちゃんは、右や左に頭を傾けた。
「聞いたことないなあ……」
「そっか」
アルルの癒し魔法によって、男の首の傷は塞がり、動くたびに出血していたのは止まった。
「……じゃあ、試してみよう!」
アルルは、しゃがんでいる男の頭に手のひらを向けた。
『メモリア!(思い出せ!)』
……変化はない。
『レヴェルサ・メモリア!(記憶を呼び戻せ)』
男は上を向いた。……が、頭を左右に振った。
(……ダメか)
『レナス・メモリア、レヴェルサ!(失われし記憶よ、蘇れ)』
男は俯いている。
『ソムヌス・メモリア、エウゲ!(眠れる記憶よ、目覚めよ)』
男に変化はなかった。シオンが黙ってみていたが、耐えられずアルルに聞いた。
「何してるんだ? この男の話を真に受けてるのか?」
「うん……。嘘ついてるようには見えなくて」
(忘却魔法が、『オブリヴィア(忘れろ)』なんだから……)
『オブリヴィア・メモリア、レヴェルサ!(忘れし記憶を、戻せ!)』
すると、男は天井を向いて目を見開いた。
「ああ……。思い出しそうで思い出せない」
男は太腿のあたりの布を、強く握りしめた。
アルルは、魔法の効果に少し手応えを感じた。
(どこか違うんだろうな……。消された記憶ってどこにあるんだろう?)
『オブリヴィア・メモリア、ヒク!(忘れし記憶を、今ここに!)』
すると、男は頭を抱え、苦しそうに呻いた。
「うっ……」
男はしばらくすると、ゆっくりと頭を起こした。
「……思い出した……すべてを」
男は俯いたまま黙っていた。やがて、遠くを見つめるような目をした。
アルルとシオンは、男を凝視しながら立ち尽くした。
「あなたは……誰?」
男は静かだが、しっかりとした口調で話し始めた。
「私は、イリヤ・オルフェウスといいます。お嬢さんのおっしゃる通り、魔族です」
シオンが、剣を抜いた。男の目の前に剣先を向けた。しかし、男は落ち着いていた。
「私は、長いことバエル……今でいう、魔王に仕えていました。……最初は友人のような関係でした。しかし、魔法力は普通の人を遥かに超えていたため、周りの人から一目置かれるようになり、次第に人を支配するようになっていきました」
シオンは、『魔王』という言葉に、全身に力が入った。
「あなたは、ミシェルに連れられて過去に行った人?」
アルルが、ふと疑問を口にした。
「大魔法師をご存知ですか?」
イリヤは、驚いた顔をした。遠い記憶を探るようにゆっくりと話し始めた。
「大魔法師は……色々な動物や虫、植物、さらに十人ほどの人間を用意し、過去へ送り込む魔法を使いました。その旅は過酷で……ほとんど命を落としました。……体の中にたくさんの魔力が注がれて体が耐えられなかったんです」
「最後に生き残った人間は、男二人だけでした。私とバエルです」
イリヤは足を崩して、あぐらをかいた。シオンは、剣を突き出していたが、次第に力が抜け、剣先を地面に向けた。
「我々は、不老不死の魔法もかけられていました。バエルは現地人の若い女性を、何人も娶りました。私は、それを疎ましく思いながらもどこかで羨ましかったんです」
「……だから花嫁を欲しがったのか」
シオンが吐いて捨てるように言った。
「なんでドラゴンになっていたの?」
アルルが聞くと、イリヤはすぐ答えた。
「我々は、森が多いオラン大陸を離れ、魔石が多いタタル大陸に移動しました。強大な魔法には魔力が、どうしても必要なんです。そこにはもともとドワーフが住んでいました。……バエルは、戦わないドワーフたちを……」
イリヤは両手で顔を覆った。彼は泣いていた。
「物や家畜同然で扱い、奴隷として今も使っています」
しばらく、涙を流していたが、ようやく息をつき、また話し始めた。脳裏にはどんな光景が蘇ったのか……。
「私は、バエルに反発してドワーフたちを守ろうとしました。すると、ドワーフの中にもスパイがいて、私の行動がバエルの耳に入りました。私は捕まり、牢屋に閉じ込められました」
「それでも、奴隷のドワーフたちは、私を丁重に扱い、逃げるように計らってくれようとしたのですが、バエルに知られてしまいました」
アルルとシオン、ピーちゃんはバエルの話を黙って聞いていた。
「バエルは私にドラゴンに変身するよう騙し、私の記憶を消した後、この洞窟の魔石を守るように私に命じました」
「最後にバエルは、ラウネで花嫁を娶れ。ラウネの奴らが歯向かったら村を襲えと……」
アルルは、少し疑問に思った。
「なんで、魔王の言う通りにしたの?」
「私は自分がドラゴンだと思い込んでいました。気性もドラゴンになっていたようです。……バエルの魔法かもしれません」
「はあ……で、これからどうするんだ?」
シオンは、剣を鞘に収めて壁に寄りかかり、手で前髪をかきあげながら言った。
「馬車もないし、どうやって帰るんだよ」
「……私がドラゴンに変身して、皆さんをラウネに送りましょう。皆さんにお詫びをしなければならない」
アルルとシオンは、目を合わせた。今までのドラゴンとの違いになぜか笑いそうになっていた。




