第54話 翼獅子
アルルは、馬車のドアが勢いよく開く音で飛び起きた。
「なになに?!」
「ピピ?」
シオンがドアから顔を出した。
「ごめん。ドラゴンが来る!」
アルルは慌てて馬車から降りると、断崖絶壁の方を見上げた。すると、上から体は赤褐色、羽は黒色の大きなドラゴンが飛んでくるのが目に入った。
アルルは歩ガサスを召喚した。緑の魔法陣が広がる。
ピーちゃんはアルルの周りを飛んでいた。
「アルル、早く!」
歩ガサスの体が魔法陣の真ん中から現れる。その間、アルルはシオンの方を見た。
シオンは両腕を胸の前で交差させると、何か呪文を唱えた。すると、だんだん大きな黄色の羽の生えた動物に変身した。
体長六メートル、高さ三メートルくらいの、羽のあるライオン、翼獅子だった。
アルルは歩ガサスにまたがり、空を飛んだ。ピーちゃんも後に続く。
翼獅子も空を駆けた。
間一髪、二人がいた場所を大きなドラゴンがドスンという音を立てて降りた。
すると、馬車は壊れ、馬はそのままどこかへ走って行ってしまった。御者は、遠くで震えながらその様子を見ていた。
翼獅子は、回転して方向転換すると、すぐにドラゴンに向かった。
ドラゴンは翼獅子に炎を吐いた。
数十メートルもの炎柱がゆっくりと方向を変えながら翼獅子を捉えようとするが、翼獅子は素早く炎柱を潜って避けると、ドラゴンの背中に乗った。翼獅子は首元に噛み付いた。
ドラゴンは振り解こうとするが、翼獅子の牙が深く刺さっていて、なかなか離れない。翼獅子も爪を立てて必死に振り落とされないように堪えていた。
アルルは、歩ガサスに乗りながら空中から猛獣たちの戦闘を見ていた。巨大な戦闘を目の前にして、どう攻撃したらいいのかを考えていた。
ドラゴンに近づけば、炎をまともに受けてしまう。かといって、遠くからでは魔法の威力が落ちる。しかも、範囲魔法を撃てばシオンも巻き込んでしまう。
「アルル、今のうちに逃げろ!」
ピーちゃんがアルルの顔の周りを飛び回る。
「逃げないよ! それよりピーちゃん、花嫁のところに行って、巣穴の出口のところまで連れて来て!」
「え……」
「早く!」
ピーちゃんは、何か言いたげだったが、巣穴に向かって飛んで行った。
アルルは、猛獣の戦闘に視線を戻した。
まだ翼獅子はドラゴンに噛み付いている。ドラゴンの首から血が滴っている。
ドラゴンは、高く舞い上がったかと思うと、断崖絶壁に背中を打ち付けた。翼獅子は岩とドラゴンの間に挟まれた。ものすごい音がした。
ドン!
ガラガラ。
崩れ落ちた岩が、地面に落ちていった。
翼獅子が、ドラゴンから離れて少し落ちると、ドラゴンが翼獅子に炎を吐いた。翼獅子のたてがみが黒く焦げた。背中は傷だらけで大量に出血していた。
ドラゴンは、翼獅子に追い打ちをかけると思いきや、踵を返して巣穴の方へ向かって飛んでいく。
(あれ? なんでだ?)
深手を負ったわけではないドラゴンが、巣穴に戻っていく様を見て、アルルとシオンは疑問に思った。
翼獅子のシオンがアルルを見た。アルルもシオンを見た。二人とも巣穴へ向かった。
一方、その頃ピーちゃんは花嫁と会話していた。
「アルルとシオンが助けに来る。出口に行こう!」
「……でも、私が帰れば、街が襲われてしまう……」
「大丈夫だよ。二人がなんとかしてくれる! さあ行こう!」
花嫁は立ち上がり、重い足を動かした。ピーちゃんは、花嫁を出口に誘いながら、パタパタと舞うように飛んだ。
巣穴の入口に戻ったドラゴンは、体を揺らしながら歩いて巣穴の奥に移動していた。
洞窟の中腹まで行くと、壁には魔石がたくさん埋まっていて、青白く輝いていた。
ドラゴンは魔石に近づき、頭を地面に近づけると、口を開いた。
青白い筋が口の中に吸い込まれてゆく。
ドラゴンは、魔石から魔力を吸っていた。
アルルと翼獅子は、並んで巣穴に向かって飛んでいた。
「俺が囮になるから、その隙にアルルは攻撃してくれ」
「わかった。……気をつけてね」
「おう」
二人は巣穴の入り口から入り、ドラゴンを探しながら奥へと進んで行った。
巣穴の中腹に行くと、ドラゴンが魔石から魔力を吸っているのが見えた。
(魔力を吸うために戻ったのか……)
それを見てシオンは違和感を覚えた。
(炎を吐いてるだけなのになんでそんなに魔力を吸うんだ?)
翼獅子のシオンは、構わずドラゴンの方へ近づいていった。アルルも後を追う。
二人に気づいたドラゴンは魔力を吸うのをやめて、二人の方を向いた。
(そろそろ変身が溶けてしまう……)
翼獅子のシオンは、焦ってそのままドラゴンに突っ込んだ。
ドラゴンは、翼獅子に炎を吐いた。翼獅子は間一髪、炎を避けた。
(今だ!)
アルルは、腕を前に突き出した。古代魔法を唱えた。
『グラキエス、ディラータ!(氷よ、広がれ!)』
すると、ドラゴンの足元から徐々に体が凍っていく。驚いたドラゴンは、アルルに向かって炎を吐いた。アルルは歩ガサスを右へ飛ばして避けた。
ドラゴンの巨体は、下腹部ほどしか凍らなかった。しかし、動きをしばらく封じることはできた。
(変身が溶ける!)
翼獅子から人間の形へと姿が戻っていった。シオンは走ってドラゴンから離れた。
アルルは歩ガサスに乗って炎柱を避けながら戦う。炎を避けるのに距離をとると、こちらの魔法の威力も半減してしまう。
アルルの攻撃が当たるとドラゴンにダメージを与えたが、それほど効いていないようだった。
白かったドラゴンの足元が通常の色に戻り、移動を始めた。
シオンが走ってドラゴンに向かった。ドラゴンもシオンの方へ歩いていく。
(ドラゴンは最低限の攻撃しかしてこない……この違和感はなんだ?!)
ドラゴンがシオンに炎を吐いた。徒歩なので避けきれない。
「危ない!!」
アルルは、シオンに近づいて、防御魔法を放った。
間一髪、防護壁に遮られ、炎柱はシオンまで届かなかった。
そしてアルルは、また古代魔法の氷魔法をドラゴンにかけた。
シオンは走ってドラゴンから離れた。
「ありがとう、アルル」
アルルは、歩ガサスで飛行しながら思った。
攻撃が効かなすぎる。
——魔力が尽きたら……このままじゃ、燃やされて終わる。
洞窟の奥から、ピーちゃんと花嫁の姿がこちらに来るのが見えた。ピーちゃんがアルルに近づいてくる。何か言っている。
「ドラゴンは、人に変身できるらしいぞ!」
「人に変身?」
それを聞いたシオンが、俯いていた顔を上げた。
(まさか……。いや、試す価値はある。まだ、それくらいの魔力は残ってるからいける!)
シオンがドラゴンの方へ走って行った。
それを見てアルルは焦った。シオンの後を追う。
「シオン、危ない!」
ドラゴンは、シオンへ炎を吐いた。
シオンは手をかざして叫んだ。
『デメタモルフォーゼ!』




