第53話 ドラゴンの巣穴
シオンとアルルは、馬車でドラゴンの巣穴へ移動していた。少しでも魔力を温存するためだった。それに、急いだところで花嫁は食われるわけではなく、花嫁としての扱いは受けるらしかった。
花嫁の馬車を見送ったあと、村のとあるお婆さんが色々教えてくれた。昔、花嫁が一度だけ実家に戻ったことがあるという。
当時の花嫁は、母親の具合が悪い時に嫁に出され、どうしても一度帰りたいと毎晩泣いていたそうだ。すると、『一晩だけだぞ』とドラゴンは許した。一晩だけ実家に帰り、母親と過ごしたそうだ。母親は、次の日亡くなってしまったが、穏やかな顔をしていたという。
「ちょっと待って下さい」
アルルは、おばあさんの前に手を出して制止した。
「ドラゴンは、喋れるんですか?」
「ああ、そうらしいなあ。なんでかは知らんが……」
(ピーちゃんと同じ?)
もうピーちゃんは、ドラゴン討伐に反対するのは疲れたようで、すました顔をしてアルルの肩で毛繕いをしている。
(なんかあったらシオンをドラゴンのエサにして、アルルを逃がそう……)
「あんたら、ドラゴン討伐はやめた方がいいと思うけどなあ。もし、災いが来たらどうしてくれるんじゃ?」
その言葉に、アルルは返す言葉がなかった。
シオンが口を出したそうに、はっきりとした口調で聞いた。
「婆さん、ドラゴンの巣穴はどの辺にあるんだ?」
「教えたくないが……」
お婆さんは口ごもった。シオンが小さな革袋をおばあさんに渡した。お婆さんは、袋の中身を覗くと、急に明るい表情になった。キョロキョロと周りを見回したあと、小声で言った。
「ここから街道沿い西にずっと行くと左手に山がある。その山の頂に向かって歩いていくと、断崖絶壁に大きな洞穴がある。その奥にいるそうだよ」
「ありがとう」
「まいど!」
お婆さんは革袋を大事そうにしまうと、そそくさと街の中へ行ってしまった。
アルルはなんとなく察した。
シオンがここまで乗ってきた馬車を指差した。
「これで行こう」
アルルがコクンと頷いた。
◇
「花嫁か……」
シオンが馬車の窓に肘をついて、呟いた。
アルルは、シオンの顔を見た。
「花嫁に何かあるの?」
「うちのボスの妹、ネフィラとエドガーは恋仲なんだ。でも、ネフィラは諜報活動してるから、表向きなんもないのさ。結婚式なんてとてもとても……」
「なら、仲間うちだけでも挙げられないの?」
「……ボスがなんて言うか……。恋愛禁止! までは行かないけど、反対してるからな」
「そっか……」
アルルは、ドラゴンの花嫁や、結婚式ができない花嫁の話を聞いて、胸がチクンと痛んだ。ふと、アランのことを思い出した。
(アラン、今頃何してるのかな……。私がもうシェンルーにいると思ってるかな?)
シオンがアルルの方に顔を向けた。
「アルルってさ、古代魔法なんでもできるんだよな?」
「なんでもってわけではないけど……どうして?」
「俺たち、それぞれ固有の魔法しか出来ないんだ」
シオンの話によると、ローガンは、爆発魔法と硬直魔法、ネフィラは氷魔法と沈黙、エドガーは暴風魔法が使えるが、他の魔法は使えないらしい。
「使えないという言い方は、語弊があるな。別系統の魔法を覚えようとすると、元々覚えていた魔法が弱くなっていく。それに、同系統の違う魔法は使えない。攻撃魔法や補助魔法は系統ごとに一つしか覚えられない。召喚獣も同じ種類の動物は一種類しか召喚できないだろ?」
「そうなんだ……」
(そんなこと考えたことなかった。魔法なんでも使えると思ってた)
「アルルは……たぶん、ミシェル大魔法師の血族だからだよ」
「そ、そうなのかな?」
「そうだと思う。それしか説明がつかない」
(あれ? ジャックさん……ジャックさんはなんで、なんでもできるんだろう?)
「あ、シオンは、なんの魔法ができるの?」
「俺は……これさ」
シオンが何か呟くと、シューという音と共に、体が小さくなっていった。
馬車の座席には、一匹の可愛らしいリスがいた。
「ピピピ?!」
ピーちゃんが目を丸くしてみている。
「変身だ!」
アルルは思わず、叫んだ。リスに手を持っていくと、手のひらに飛び乗った。
「変身はあくまで、魔力で姿を変えているだけだ。魔力がなくなれば変身は解除される」
可愛らしい顔からシオンの声がする。アルルは小さく笑った。
◇
何日も馬車を走らせているが、なかなか山に辿り着けない。しかし、だんだんと高い木々は無くなり、高山植物が生えていて、見晴らしが良くなってきた。その代わり、大きな砂利が多く馬車がよく揺れる。
「今日の夕方にはドラゴンの巣穴の近くに着くだろう。いよいよ明日だな」
「花嫁の馬車には追いつけなかったね」
「そうだな。ゆっくり行くものと思ってたんだが、早かったな」
そんな話をしていると、反対側から白い馬車が走ってきた。悪路なのに飛ばしている。よく見ると、花嫁が乗っていた馬車だった。
シオンが馬車を降りて、両手を広げて白い馬車を止めた。
御者が物凄い剣幕で怒っている。ムチでシオンを叩きそうな勢いだ。
「なんだよ、お前! 邪魔すんな!」
「花嫁は?」
「ドラゴンが連れてったよ! とっとと帰るんだからどいてくれ! あー、怖え!」
シオンが仕方なく体を脇へ避けると、御者は馬に鞭をあててあっという間に過ぎ去った。
シオンが馬車に戻る。
「……花嫁はもうドラゴンの元に行ったようだ」
「そう……」
アルルは窓から左手にそびえ立つ山を仰ぎ見た。
しばらく砂利が多い街道を進むと、左手に断崖絶壁が見えてきた。すでに日は傾きそうな夕暮れだった。
「明日の朝、巣穴に向かおう」
二人は、テントは張らず、馬車の中で寝ることにした。
パンを食べた後、アルルは横になった。ピーちゃんは、馬車の外で、虫集め魔法で虫を食べていた。
隣にはシオンがすでに横になっていて、フードを顔にかけて寝ている。
(シオンて、変身してから戦うのかなあ?)
ピーちゃんが食事から戻って来た。座席の背もたれの上にとまった。
アルルは毛布をかぶるが、明日のドラゴンとの戦闘のやり方を頭の中で考えていた。
(歩ガサスに乗りながら、飛んで魔法を撃つ方がいいのかな? それとも、巣穴の中は歩きの方がいいのかな……)
そのうちアルルは意識が遠くなっていった。
◇
夜明け前。
一羽のフクロウが、断崖絶壁を上昇しながら飛んでいく。
羽音はしない。静かに羽ばたきながらドラゴンの巣穴へ入っていった。
洞窟の中は真っ暗だった。フクロウは暗闇をもろともせず、見えているかのように天井に近い空間を颯爽と飛んでいった。
洞窟は奥に行くほど、広くなっていった。地面にはところどころボーッと青白く光っているところがある。魔石だった。
洞窟を進めば進むほど、魔石の数は多くなり、うっすら周りの景色が見えるほどにあちこち光っていた。
急に高い天井の空間に出た。そこには、神殿のような建物が建てられていた。白い柱に支えられて、白い天井も石でできている。
フクロウは少しの間、神殿の手前で停滞飛行していたが、ヒューっと吸い込まれるように入っていった。
神殿に入ったところは、正面が壁に隔てられ、左右に通路が分かれている。フクロウはその壁の左通路を進むと、神殿の中の部屋が見えた。
壁には蝋燭の灯りが備え付けられており、中が見渡せた。数十メートルもあるような広い部屋で、中央の台座には赤褐色のドラゴンが頭を地面につけて寝ていた。
右側にはベッドがあり、花嫁が横になって寝ていた。
フクロウは、ベッドの上に止まった。
「おい……起きてくれ」
フクロウは、花嫁の頬をつついた。
「痛い!」
花嫁は、体を起こした。
「何? ……フクロウ?」
「シッ。静かに」
花嫁は、しゃべるフクロウを目の前にして目を丸くした。
「俺は、シオン。変身魔法だ。助けに来た。逃げよう」
花嫁は、首を横に振った。
「私が逃げたら……ドラゴンが怒って街を襲うの」
「そうなる前に、俺たちがドラゴンを倒すよ」
花嫁はまた首を横に振った。
「そんなの無理よ」
その時、何かが大きく軋む音がした。
『誰かいるのか?!』
フクロウが後ろを振り向くと、ドラゴンの顔があった。
慌ててフクロウは、出口に向かって飛んでいく。ドラゴンは燃え盛る息を吐いた。
フクロウは入り口の壁の向こう側へ逃げた。間一髪、炎は壁を焦がした。フクロウは神殿の外に出た。
『待ちやがれ!』
ドラゴンは巨体を揺らしながら神殿の外へ出た。その時には、フクロウはすでに洞窟の出口へ向かっていた。
フクロウは洞窟を出ると、少し離れた街道に止まっている馬車の近くへ降りた。
魔法を唱えると、フクロウから男性の姿に変身した。
シオンは馬車の扉を開けた。
空は夜が明けて、もう明るくなっていた。




