第52話 ラウネの花嫁
シオン・グレイスと下っ端の兵士に護衛してもらい、馬車でラウネを通って、西へザイル山脈を抜け、東側からアストラに向かうことになった。
シオンとアルルは、馬車の中にいた。馬車の中には向かい合わせに長椅子があり、シオンとアルルは向かい合わせに座っていた。ピーちゃんはアルルの肩の上だ。
「アルルは、俺の恩人だし、ボスはやりすぎだと思ってる。本当にごめん」
「……」
アルルは、爆発の魔法を打たれた瞬間を思い出した。
(あの時は死んだと思った……)
そう思いながら、左手の指輪を触った。
「その指輪はどこで手に入れたの?」
「……これはお母さんの形見なの」
シオンが目を丸くした。
「アルルの親って、もしかして……?」
「戦争で亡くなったの……」
「そっか……俺らと一緒だね」
そう言って、寂しそうに笑った。
「俺たちは、王族を守るためにたまたま生き残っただけだ」
そのまま黙って遠い目をした。
「戦争で、いよいよになった時、俺たちはレオニス王をシャン国に逃がそうとしたんだ。……でも、レオニス王は逃げなかった。それに続いて、エレノア王妃、ルシアン王子、リリアン王女まで……」
シオンは、首をうな垂れた。
「最後におっしゃられた言葉は、『我はこの国の国民と共に運命を共にする』だった」
「しかも、我々が反旗を翻すことをお許しにならなかった。この国を守れと託されたんだ」
「最後は、自らの命をもって、残された国民の命をお守りになったんだ」
そう言って両手を強く握りしめた。手が震えていた。涙が頬を伝う。
「……この国を……守りましょう!」
アルルが明るい声で言った。晴れやかな表情をしていた。
「あんな酷い目に合わせたのに……」
シオンは右腕を胸に当て、アルルに向かって恭しく一礼した。
「……アストラまで、必ず送り届けます」
微笑むアルルをピーちゃんがじっと見ていた。
◇
夜は、近くに宿屋があればアルルだけを泊まらせ、シオンたちは馬車のそばで野営した。宿屋がなければ、全員でテントを張って野営した。
10日目にやっとザイル山脈の麓、ラウネ街に着いた。街といっても、村のような小さな街だ。
まずは宿屋へ向かう。今日はみんなで宿屋に泊まるらしい。
アルルが泊まる部屋は、ひと部屋だが、広い部屋だった。
「ふう」
アルルはベッドに寝転がった。ふかふかだ。夜は硬い地面の上のテントの中で寝ていたし、街道沿いの宿屋のベッドも硬くて、ゆっくり寝られなかった。
(ふかふかで、気持ちいい……)
ピーちゃんがテーブルの上から、アルルを見つめていた。
意識が遠のきそうになった時、ドアのノックで現実に戻された。
コンコンコン。
「……どうぞ」
アルルは慌てて起きてベッドに座った。
ドアが開いて、剣を携えたシオンが入ってきた。
「俺たちは買い出しに行ってくる。何かほしいものある?」
「ピーちゃんにリンゴとか果物を……」
「ピピピ!!」
ピーちゃんが羽ばたきながらぴょんぴょん跳ねた。
「ああ……わかった」
シオンが部屋を出ようとしてまた振り返った。
「部屋から出ないようにな。外出する時は、俺がついていく」
「……わかった」
シオンが出ていったあと、アルルはピーちゃんを見て微笑んだ。ピーちゃんは首を傾げた。
◇
「アルル」
「何? ピーちゃん」
「あいつらのこと、まだ信用しちゃダメだぞ」
「ん……。まあ、そうだね。……でも、魔王を倒したいのは同じと思う」
「アルルは優しすぎるんだよ!」
「そう……かな?」
アルルはそう言って部屋の窓を開けた。窓の外は目の前が街のメインストリートだった。
昼前のよく晴れた空。その澄み切った空とは対照的に、暗い顔をした老若男女が行列を作ってゆっくり歩いている。華やかな飾りを持っている者もいるし、花びらを撒いている者もいた。
行列の真ん中には綺麗な民族衣装を着て、髪飾りをつけ、薄い布で口を隠した少女が歩いている。俯いて表情は見えない。
「ねえ、ピーちゃん。あれなんの行列だろう?」
少女が聞こえたのか、アルルの方を向いた。目が合う。少女は泣いていた。
アルルはそれを見ると、胸がギュッとなった。
(なんで泣いているの?)
「あれは、結婚式の行列に見える。でも花婿がいないな!」
ピーちゃんは窓枠に飛びうつって、アルルと一緒に行列を眺めた。
(結婚式……?)
アルルは、なぜ花嫁が泣いているのか、どうしても知りたくなった。
「ちょっと行列の人に聞いてくる!」
そう言うと、部屋を飛び出した。慌ててピーちゃんが追いかけた。
「アルル! シオンが部屋を出るなと言っていたぞ!」
アルルは足を止めて振り返った。
「あいつら信用するなって言ったの、ピーちゃんじゃないの」
ピーちゃんは、クチバシを開けて何か言おうとしたが、言葉が出てこなかった。
アルルは行列に追いつき、最後尾のお婆さんにそっと尋ねた。ピーちゃんは、アルルの肩に止まった。
「これは結婚式の行列ですか?」
お婆さんはアルルの顔を見たあと、足元から服装を眺めた。
「旅のものかね?」
「はい」
「部外者にゃ関係ないがね……『祝い事』の行列だよ」
「……どうして花嫁は泣いてるの?」
お婆さんは一瞬驚いたように目を見開いたあと、こう言った。
「ザイル山脈に住む、ドラゴンに嫁いでいくのさ」
「えっ?」
お婆さんは足を止めて、遠くの山々を見上げた。
「人がたどり着けない場所にドラゴンの巣があってな。花嫁を貰いにくるんじゃ。反抗しようものなら、災いが起こる」
「それって……」
(生贄でしょ……そんな……酷い。私より年下みたいだった)
「仕方ないんじゃ。このラウネには代々伝わる掟なんだよ。花嫁が死んだら、また貰いにくるんじゃ」
アルルは立ち尽くした。
(生まれた場所が違うだけで、こんなに運命が違うなんて)
街の外れの馬車を取り囲むように人が集まっていた。
綺麗な花嫁が、花々で飾られた馬車に乗り込んでいた。
「綺麗だ。……あの子は家族がいないばっかりに……」
お婆さんが呟いた。
「……家族がいないからなの?」
「そうさ。家族のいる娘を差し出すわけにはいかんからね」
その一言が、アルルの胸に暗い影を落とした。
「ドラゴンは倒せないの?」
お婆さんは、アルルを一瞥した。
「なーに言っとるんか。断崖絶壁の大きな洞穴に住んでいてな。翼を広げりゃ三十メートルはあるんじゃ。お前なんて、ドラゴンの息ひと吹きで真っ黒焦げだよ」
アルルは頭の中でドラゴンを想像した。
(ジャックさんのネブリスより、でかい……よね)
「アルル、変なこと考えるなよ?」
ピーちゃんが、羽をばたつかせた。アルルは何も言わなかった。
花嫁を乗せた馬車は街の西門から周りの人に見送られて、山脈に向けて走っていった。
「アルル!」
後ろから声をかけられて振り向くと、シオンだった。
「探したぞ! 勝手に出るなと言ったのに」
シオンはアルルの腕を掴んで引っ張ろうとした。しかし、アルルはその手を振り解いた。
「私、あの子を助けたい」
「あの子って?」
アルルは、お婆さんから聞いた話と花嫁の様子などをシオンに話した。
シオンは腕を組んだ。
「アルルの気持ちはわかるけど、今騒ぎを起こしたら、魔王国軍に見つかる可能性がある。それに、そんな大きなドラゴン倒せるのか?」
「どうなるかわからないけど……やってみる」
「ピピピ!!」
ピーちゃんが抗議するようにアルルの顔の周りを飛んだ。
決意の目をしたアルルを見ながら、シオンは一言言い捨てた。
「……俺は、ボスにアストラまで送り届けろと言われただけだ。アルルがどうなろうと、俺の任務じゃない」
「ならいいよね」
アルルはシオンに厳しい目を向けた。
「個人としては、ベルノアで助けてもらった恩は返したい」
シオンは微笑んだ。
「手伝うよ」
アルルは、驚いた表情でシオンを見た。ピーちゃんもアルルの頭の上に乗ったまま、目を丸くしてシオンを見ていた。




