第51話 敵と味方
「……」
ローガンは森の上空から落ちていくアルルを見ていた。
森の中。
ピーちゃんは、必死に落ちていくアルルの下に潜り込んだ。そして、叫んだ。
「虫よ、集まれぇぇ!!」
すると、どこからかヴォルバグや大きな蜘蛛が糸を出しながらピーちゃんのもとへ一斉に飛んできた。他にも大小様々な虫が飛んでくる。
バキバキッ!
アルルの体は、枝を折り、虫たちにぶつかりながら、少しずつ落下速度を落としていった。
ドサッ。
アルルは落ち葉の上に仰向けに倒れた。意識はない。
ピーちゃんは、弾かれた衝撃で少し離れたところに転がっていた。
「いってぇ……」
アルルの方を見ると、急いで飛んでいった。
「アルル! アルル!!」
アルルは頭から血を流していた。まだ意識がない。
ピーちゃんは、アルルの頬に頭を押しつけた。何度も。
「アルル、起きてよ!!」
それでもアルルは起きなかった。ピーちゃんの目から大粒の涙が溢れた。
「アルル……死んじゃった……?」
ピーちゃんの体が震えた。
すると、背後でズザザーッと音がして、振り向くとドラゴンに乗ったローガンがいた。神妙な表情をしている。
「このぉぉっ!!」
ピーちゃんが怒りの表情で、ローガンに突進した。
「虫よ、集まれ!!!」
ピーちゃんは虫を引き連れながら、ローガンの顔を何度もつついた。
「このっ! このっ! アルルを返せ!!」
ローガンは、手で顔を庇った。
「やめろ!」
ピーちゃんはそれでもやめない。泣きながら猛攻撃する。
『コルプス・リーゲ!(肉体よ、硬直せよ!)』
ピーちゃんは、体が固まり、地面に落ちた。
(ああっ……)
目から涙がこぼれた。
ローガンは、アルルに近づき、首に手を当てた。
「……よかった。……すまん、アルル」
ローガンは、アルルの指輪に手をかけかけたが、止まった。
あどけなさの残る少女の顔を見ていた。
(命をかけて守ろうとしたな……)
その時、背後からローガンの仲間がそれぞれ召喚獣に乗って現れた。大きな虎や大きな鳥、大きな虫の召喚獣もいる。
「ボス! その子は……? 指輪は?」
ローガンは、立ち上がって振り返った。
「ネフィラ、この子を回復させてやってくれ。応急処置だ。残りは戻ってからにしよう」
ネフィラが、アルルのそばに腰を下ろし、頭に手を当てた。
だんだん白かったアルルの顔に赤みがさしてきた。
エドガーが、アルルの左手の指輪を見てローガンに聞いた。
「ボス、指輪は取らなくていいんですか?」
「……俺たちは、どんなことがあっても魔王国に鍵を渡してはならないという考えに、囚われ過ぎていたようだ」
ローガンは、ネフィラが回復魔法を施すのをじっと見ていた。
「……つまり?」
エドガーが地面に転がっているメジロに気づいて拾い上げた。
「今は、シャン国を狙う魔王国に対抗するには、仲間割れしている場合ではないことに気づいたのさ」
「やはり、あの噂は……魔王国がシャン国に戦争を仕掛けるのは、本当なんですか?」
エドガーの手のひらの上のピーちゃんが、目だけ動かしてエドガーの顔を見た。
「うちの潜入してる奴からの情報だ。しかし、まだ本腰入れて動く気配はないらしい」
「あー、あのドワーフの……」
「応急処置は終わったわ。もうしばらくすれば意識は戻るでしょう」
ネフィラがローガンを仰ぎ見た。
「ありがとう。……じゃあ、戻るぞ」
ローガンはそう言って、アルルを抱き上げた。
エドガーは、手のひらのピーちゃんを見ながらローガンに聞いた。
「こいつはどうします?」
「うるさいから帰ってから解除するか」
「了解」
ピーちゃんは、エドガーの手に包まれながら、安堵していた。
(アルル、生きてた。本当に良かった……)
皆、もと来た道を帰って行った。
◇
森の中の一軒家。反乱軍のアジト。
アルルは回復魔法を施され、ベッドに寝かされていた。ピーちゃんは、枕元でじっと見守っていた。
どこからか夕飯のシチューの匂いがしてきた。調理担当が、作っているのだろう。
アルルは、その匂いを嗅いだからか、目を覚ました。
「う……ん」
ピーちゃんが目を大きく広げた。
「アルル!」
アルルが首を動かして、周りを見回した。
「……ここは?」
「奴らのアジトだよ」
アルルは慌てて毛布から左手を出して確認した。癒しの雫のピンクの石が淡く光っている。
「あれ? ある……」
ベッドから起きあがろうとして、ふらっと倒れた。
「アルル、無理しないで」
ピーちゃんがベッドの上で羽をパタパタした。
コンコン。
扉をノックする音がして、ローガンとその後ろにネフィラが入ってきた。ネフィラは夕食を乗せた盆を持っている。
「食欲あれば食べてね」
ネフィラがアルルの顔の前、ベッドの上に盆を置いた。スープとパンだった。
ローガンは、ベッドの隣の椅子に座った。木が軋んだ。
アルルは、指輪を守るように手を後ろに回して、ローガンを睨んだ。
「アルルが命をかけて指輪を守っているのはわかった。もう襲わないよ。……痛めつけて申し訳なかった」
アルルはじっとローガンの目を見た。褐色の瞳だった。
「魔王国には、その指輪は何としても渡してはならない。もし、魔王国が手に入れたら、過去から歴史を変えに行くだろう」
アルルの厳しい目つきが緩まった。
「……歴史はどう変わってしまうの?」
「ミシェル大魔法師が犯した過ちを、今度は理由をもって遂行しに行くだろう。全世界は魔族に支配されているかもしれない。現にタタル大陸は魔族に支配されて、元々いたドワーフは奴隷として扱われている」
「ドワーフ……」
「そうだ。タタル大陸で平和に暮らしていたのはドワーフだ。ドワーフは元々争いを好まなかったからな。……今や魔石の採掘にこき使われている」
「俺はこの魔族の侵攻を早く終わらせたい。前回の敗戦を無駄にしたくない」
ローガンはそう言って遠い目をした。
「えと……あなたも戦争に行ったの?」
アルルはゆっくりと起き上がると、ベッドに座った。
「みんな戦争に行ったさ。王を守るのに一生懸命だった。結局、王は殺された。……でも、俺たちは諦めなかった。今も仲間を集めては、反撃の時期を窺っている」
しばらく沈黙した後、ローガンはうっすら微笑んだ。
「さあ……食べて。毒は入ってない」
「ピピピ」
ピーちゃんがスープにクチバシを突っ込んだ。
「あちち!!」
アルルがその様子を見て、思わず笑った。
「毒は入ってないようだぞ」
ピーちゃんが頭を振っている。スープが飛び散った。アルルは少しずつスープを口に持っていった。
「これからどこに向かうんだ? 場合によっては……」
ローガンが剣の柄に手を当てると、ピーちゃんが威嚇した。
「ピピピ!!」
「兄さんやめて。アルルを認めたんでしょう?」
ローガンの妹のネフィラが諌めた。
「……シェンルーです」
アルルは、スープを見ながら呟いた。
「それはなぜ?」
アルルはしばらく黙ったが、やがて口を開いた。
「ジャックさんの知り合いに会うためです」
「誰だ?」
(なんで細かいところまで知りたがるんだろう?)
アルルは疑問に思いながらも答えた。
「……古代魔法学者のロアンさんに会うためです」
「ロアン……あいつか。あいつは、早くからシャン国に逃げた奴だ。……まあいたとしても、戦力にはならなかった奴だがな!」
ローガンはそう言って高笑いした。
ローガンの隣に立っているネフィラがアルルに訊ねた。
「アルルは、シェンルーまでどう行くの? アストラから船よね?」
「……はい。なんとか船のチケットを手に入れて行こうと思っています」
ローガンは、どこからか地図を持って来て広げた。
「南海岸沿いの街は、魔王国の兵士らがいるから、ラウネを通って、ザイル山脈を抜け、東からアストラに行くのがいいだろう。馬車も貸そう。ただし、山脈を抜けたところまでだ。俺らはアストラには入れない」
アルルはまだ信じきれてはいなかったが、また召喚獣での移動の辛さを考えると、頷くしかなかった。
「アルル、俺に指輪くれないか?」
ローガンが笑いながら言うと、アルルはじろっと睨んだ。
「ピピピ!」
ピーちゃんがローガンの頭をつついた。
「いてて……」
その光景を見て、ネフィラ、エドガー、シオンは笑っていた。




