第48話 ベルノアの反乱
セレスタ島を出港して三日目の朝。
アルルは船内で毛布にくるまり、横になって寝ていた。肩をポンポンと叩かれて目が覚めた。
「着いたぞ」
目をこすりながら外へ出ると、海岸のすぐ先は森になっていた。周囲を見回したが、海岸沿いはずっと森になっている。
(ここ、本当に本土?)
アルルはグスタフを少し睨んだ。
「この森を抜けてずっと行くと、街道に出るはずだ。街道を北に行くと、ベルノアに着く」
「そう……わかった!」
ロイもアルルの荷物を持って、船の中から出てきた。
「ベルノアなら人も多いし、魔王国もすぐには追ってこれないだろう」
グスタフは、船からのロープを木にくくりつけながら言った。
「アルル」
「ん?」
「いつか……魔王国と戦うことがあったら、一緒に戦おうぜ!」
グスタフは、拳をアルルの前に持っていくと、アルルもグーにしてくっつけた。
「いつか、ね」
ピーちゃんは、アルルの肩でそれをじっと見ていた。
「さあ、ここからはまた一人だ。シェンルーに無事着けることを祈っておくよ」
「ありがとう」
アルルは、《歩ガサス》を召喚した。魔法陣の真ん中から白い羽の生えたポニーが出現した。ピーちゃんはあわててポケットに潜り込む。
アルルは《歩ガサス》にまたぐと、グスタフとロイに手を振った。
「じゃあ」
アルルはそう言うと、海岸沿いを走る。蹄が湿った砂を蹴り上げる。白い翼が翻り、あっという間に空に駆けて行った。
ぐんぐん高くなる。しまいには雲に届くほど高く飛んだ。眼下には、森がずっと広がっていた。
グスタフとロイは、アルルの姿が見えなくなるまで見つめていた。そして見えなくなると、二人は船に戻った。
「さあ……帰るか」
「おう。ただ、少し休みたい」
「それもそうだな!」
そう言って、グスタフとロイは笑った。
◇
アルルは、日が暮れるまでずっと《歩ガサス》に乗っていた。
ポケットに入っているピーちゃんが顔を出した。
「アルル、俺の魔力はもう空だよ。アルルも無くなるだろ? そろそろ降りよう」
「そうだね」
《歩ガサス》は、森と森の間に降りた。
アルルは大きな木を探して、その木の根元に他から見えないように結界を張り、兄弟にもらったリュックを枕がわりにして毛布にくるまり寝た。
◇
翌朝の早朝。
寝心地は悪かったが、なんとか寝られた。
また《歩ガサス》で飛行し、街道手前の森まで空から移動した。
「ここら辺から人が増えるから、降りて移動しよう」
「そうだな」
「虫よ! あつまれー」
リンゴは無くなり、ピーちゃんは虫を食べて飢えを凌いでいた。
森には、魔物の気配がした。まだ午前なのに鬱蒼とした木々に囲まれて、薄暗い。
「アルル、何かいるぞ!」
「わかってる」
アルルは、ゆっくりと藪の中を進む。
パキッ。
アルルが枝を踏んだ瞬間、周りの木の幹が動いた。
ガルルルッ!
目の前に大きな狼が三体、行手を遮るように立ちはだかった。
(樹皮狼だ)
そう考えると同時、アルルの手が動いた。
一体は氷で足止めされ、一体は硬直したまま動けず、もう一体はぴょんぴょん意思とは関係なく、飛び跳ねていた。
アルルの両手が、下から天を押すように上へと舞った。
アルルの周囲の地面が氷柱を作りながら、凍っていく。範囲は段々と広がり、樹皮狼まで届くと、樹皮狼の足から頭の先まで凍らせた。
キラキラと氷の破片が舞っている。動いていた時の形のままで皆凍っていた。
「ふう」
「アルル、強いぞ! アルルは強い!」
ピーちゃんが大声で囃した。
「行こう!」
アルルは北東の街道を目指して歩いていった。
◇
森を抜けて街道に着くと、ベルノア方面から来る馬車、ベルノア方面に行く馬車で行き交っている。徒歩で移動する人も、ちらほらいた。
何より街道沿いには、住居だけでなく、店も並んでいた。
店を覗くだけでも楽しかった。
馬が繋がれている、馬車屋らしきお店から、焼きたてのパンの匂いがするパン屋まで、見ていて飽きない。
アルルのお腹が、ぐうっと鳴った。
「……お腹すいた」
「俺も」
肩に止まっているピーちゃんがそう言うと、アルルは笑った。
さっき通り過ぎた食堂に戻り、中へ入った。
中は広くなっていて、席がたくさんあった。旅行鞄を携えた旅行者でごった返している。皆、美味しそうな料理をうまそうに食べていた。
アルルは空いている席を探して座った。
壁にびっしりメニューが書かれていて、アルルはそれを眺める。
「何にしようかなあ」
アルルはしばらく考えて、肉料理にすることにした。
「ベルノア風煮込みにしよう! ピーちゃんにはフルーツ盛り合わせね」
「ピピピ」
ピーちゃんは嬉しそうに羽をばたつかせた。
しばらく待つと、肉煮込みとパンとフルーツが来た。美味しそうな匂いに思わず、直ぐスプーンを手に取りふうふうして食べた。
(美味しい!)
ピーちゃんは、ものすごい勢いでオレンジやリンゴをつついている。その様子を周りの人が驚くように見ていた。
すると、隣の席の年配お爺さんがアルルに声をかけてきた。
「お嬢ちゃん、旅人かい?」
「はい」
「親は? こんな若いお嬢ちゃんが一人ってことはないだろう?」
「一人です」
アルルは食べながら答える。
「ほんとに?」
お爺さんが驚いた表情をした。
「……ベルノアは、初めてかい?」
「はい」
「城塞の中に行くなら、警備隊には気をつけな。魔王国ではないが、魔王国に従ってる奴らさ。反抗するものなら直ぐ捕まるから……お嬢ちゃんには関係のない話か」
お爺さんはそう言って一人で笑った。
「泊まるところは決まってんのかい?」
「まだ……」
「じゃあ、城塞の先に行くと、『旅人の宿』がある。そこは安全だ」
「……ありがとう」
アルルが礼を言うと、お爺さんはカウンターにお金を置いて店を出て行った。
「きいつけてな」
お爺さんは、手を軽く振って言葉をかけてくれた。
アルルは、ふとテーブルを見ると、ピーちゃんが膨らんだお腹を見せながら横に倒れていた。
「食い過ぎた……」
「ピーちゃんでも食べすぎることあるのね」
アルルは小さく笑った。
◇
店を出ると、中規模の城塞都市、ベルノアへ足を向けた。
街道の先に、高くそびえ立つ城塞が見えてきた。
その周囲には町が広がり、さらに町全体を高い城壁がぐるりと囲んでいる。
アルルは南口門の前に行くと、大門の隣に小さな入り口があって、そこに警備兵が二人立っている。馬車は大門から入るようで、人はこの小さな入り口から出入りするようだった。
アルルが門を通る時、警備員に顔をチラッと見られた。声をかけられることもなく、すんなり門を通れた。
城壁の中は、綺麗な石造りの建物がずらっと並んでおり、大通りから街の中心の城の塔がいくつも見えた。
アルルは食堂で会ったお爺さんから聞いた、『旅人の宿』を探した。
建物のない、広くなった場所がある。その周りにたくさんの人だかりができていた。
「ピピ?」
肩に乗っているピーちゃんは、アルルの頭の上に飛び乗った。
アルルは気になって、人だかりを掻き分け、人だかりの先頭へ移動した。
すると、若い男性が三人、それぞれ長い杭に括り付けられていた。暴行を受けたのか、ぐったりしている。
隣の男性が声をかけてきた。
「お嬢ちゃん、もう少ししたら犯罪者の処刑が行われるんだよ。あんまり見てても楽しくないぞ」
アルルが返事をしようとした時、けたたましい爆音がした。
見ると、処刑管理官が座っていた場所が煙だらけになって、管理官が数名倒れていた。
「なんだ?!」
「あいつらだ!!」
隣の男性が指をさす方向を見ると、近くの建物の一階から武装した兵士が次々と出てきた。数十名いるだろうか。
城塞方面、入り口の門からの警備兵が集まってきた。元々見物をしていた一般市民は蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
子供の泣き声、警備兵の怒声、そして、武装した兵士と警備兵の戦いが起こり、一瞬にして戦場と化した。
武装した兵士は、処刑者の縄を外して肩に担いでいる。
アルルの目の前で、武装した兵士一人と警備兵三人がやり合っていた。武装した兵士が足を取られ転んだ。
警備兵の剣が武装した兵士を突き刺そうとした瞬間、アルルの手が動いた。
パキッ!!
剣が透明な壁に弾いて剣が地面に転がった。次の瞬間、三人の警備兵は、硬直して動けなくなったり、足が凍って動けなくなったり、跳ねたりしている。
(つい、やっちゃった!)
「お前も仲間か!!」
ぴょんぴょんと跳ねている警備兵が叫んだ。
周りの武装した兵士はアルルの前の一人しかいなくなった。みんなどこかへ逃げていた。
一人残った兵士が立ち上がり、アルルをじっと見た後、腕を掴んだ。
「一緒に来てくれ」
アルルはそのまま手を引かれて、武装した兵士が乗っている馬車に乗せられそうになった。
「ピピピ!」
ピーちゃんが、羽をバタバタさせてアルルの周りを飛ぶ。
すると、リーダー格らしい兵士がアルルの隣に近づいてきた。
「お前、古代魔法使えるんだろ?」
「えっ?」
(なんでわかるの?! 無詠唱だったし、古代魔法わかる人いるの?)
アルルは驚いたまま立ち尽くした。
もう一台、馬車が横付けされた。少し年配の兵士がアルルの顔をじっと見ている。
「早くしろ。敵が来る! お前も魔王国を倒したいなら、一緒に来てくれ」
アルルは、促されるまま、馬車に乗った。




