第45話 暴風
「なんだこの霧! それに馬車が動かねーぞ!」
「シッ! 警戒しろ!」
男たちは、息を潜めた。
その瞬間、幌の中で何かが光った。
バリバリバリッ!!
馬車の幌の中にいた少年の体が跳ね、そのまま倒れた。
「ルーク!」
そばにいたロイがルークの肩を揺らした。手がビリビリする。
(雷に打たれた? いや、変だ)
ルークはぴくりともしなくなった。
「気配がする」
馬車の前にいるハロルドが隣のグスタフに囁いた。
アルルは、雷を一発打った後、荷馬車の少し手前に静かに降りた。
(馬車前に二人。近接武器の可能性が高い。もし攻撃が飛んできたら防御だ……)
色々な考えを巡らせた。
(失敗したら——死だ)
そう思うと、背中がゾクっとした。
考えを振り払うように、アルルは手を前にかざした。
(左の者よ、燃えろ!)
「うわああ! あちち!」
ハロルドの体がいきなり燃え始めた。懸命に炎を手で払うが、なかなか消えない。
「くそっ! ……あっちか!」
斧を持ったグスタフがアルルの方へ走った。
アルルの目には、うっすら赤い炎が動いているのが見えた。そこから斧を持った男が走ってきた。
その瞬間、硬直魔法を唱えた。
『硬直せよ!』
「凍れ!」
パリン! パキッ!
グスタフの体は凍って固まった。
「雷よ!」
グスタフの体が光った。アルルは夢中になって、無詠唱を忘れていた。
荷馬車の中のルークが、目を開けた。心配そうに見ていたロイが気づいた。
「はー! 死んだかと思ったぞ!」
ルークは頭を押さえている。
「ごめん、ロイ兄ちゃん」
「敵が来たぞ! 行くぞ!」
ロイは、幌の中から飛び出した。ハロルドの体の炎に気づいて、消すのを手伝う。
「おせーぞ! 何してたんだ! 敵は魔法使いだ」
ロイは背中の二本の短剣を両手に構えた。
霧が徐々に晴れていく。
アルルは、霧はもう出さない。相手の視界を遮る効果は、こちらでも同じだった。
目の前に四人が立っているのが目に入ると同時に、両手を広げ唱えた。手を頭の上で大きく旋回させた。
『ヴェント・アーナ(暴風よ、吹き荒れろ)!』
(ジャックさんに最後に教わった魔法——)
ゴオオオオオッ!!
四兄弟の足元から、猛烈な風が吹き上がった。
同時に頭上からも暴風が渦を巻いて降りてくる。
「うわあああっ!」
地面の土や草が巻き上げられ、上下から挟み込むように風が渦巻く。
四人は、体の制御が効かなくなり、逆さになったり横になったりして、空に連れて行かれた。
荷馬車の馬も空中でいなないていた。荷馬車は縦になった。
アルルの足元では、光がパチパチいっている。咄嗟に防御魔法を施していた。防護壁に石が当たっている光だった。
しばらくして、一気に風がおさまると、全てのものが地面に落ちた。
荷馬車は、落ちてきた馬の重みで、また元の形に戻った。だが、幌は吹き飛んで、屋根は無くなっていた。荷物もあちこちに散らばっていて、台風が去った後のようになっていた。
「う……」
男四人は、竜巻の中心に折り重なって落ちていた。まだピクリともしない。
「ヒヒーン!」
馬は二匹ともしばらく地面に倒れていたが、やがて一匹はゆっくりと立ち上がった。もう一匹の足は折れていて、横になったままだ。
「……」
アルルは魔法の凄さに驚きながらも、男たちを警戒し、盗られた売上金を探した。
荷馬車の中を探すと、金属の箱を見つけた。蓋を開けるとお金がたくさん入っていた。
「これだわ」
アルルが箱を手にすると、ヒュッと音がして、短剣が荷馬車の壁に刺さった。
男たちを見ると、ロイが地面に転がっていた。どうやら、落ちていた短剣を拾って投げたらしい。
(まだ、戦うの?!)
アルルは手を前に広げた。
「ま、待て……」と、ハロルド。
「それは俺たちの金だ!」と、ロイ。
「何いってるの?! あなたたち、盗んだでしょ!」
アルルは手を前に出すと、ロイに雷を撃った。
バリバリッ!
ロイは体を硬直させた後、意識を失った。
「おい! ロイッ!」
よろよろとグスタフが立ち上がって、拳を胸の前に構えた。アルルはまたグスタフに凍結魔法をかけると、グスタフは膝をついて倒れた。
アルルは、みんな動けなくなったのを確かめると、荷馬車の骨折した馬に近づいた。まだ馬は横になっている。
「ブルルルッ」
「癒やせよ」
なかなか治らないが、何度も繰り返した。徐々に足が元の形に戻っていく。
そのうちすっかり治ったのか、立ち上がった。
「ヒヒーン!」
アルルが首をさすると、その手を馬が舐めた。
「アルルーー!!」
アルルが振り向くと、ピーちゃんがアルルの肩に突進した。
「つ、疲れた! 探し回ったんだからな!」
ピーちゃんは、安堵すると、キョロキョロして周りを見回した。
「アルル……もしかして、盗賊団を一人でやっつけたの?」
「うん! これもみて!」
箱の蓋を開けてピーちゃんに見せた。
「わあ! やったじゃん!」
ピーちゃんは、盗賊団の方へ飛んでいく。
「こいつら……死んでるの?」
ピーちゃんが四人の上で飛んでいると、ハロルドが頭を起こして、ルークの顔に手を当てた。
ピーちゃんが驚いた。
「わっ! 生きてる!」
アルルは近づいていく。
ハロルドがアルルの方を見て、か細い声で言った。
「助けてくれ……ルークが息が浅いんだ。さっき馬を治していたろ?」
アルルは、一番体の小さなルークの頬に手を当てた。しばらくそうしていた。
ピーちゃんは、アルルの肩でその様子をじっと見ていた。
(アルルらしいな……)
そのうちに顔に赤みがさして、普通の息遣いに戻ると、目を覚ました。
「……あれ? お兄ちゃんたち、なんで寝てるの? あ……」
ルークは思い出したように、アルルを睨みつけた。ルークは見た目まだ十歳くらいのような外見だった。ルークは拳を作った。
「ルークやめろ! 俺たちの負けだ……」
「ハロルド兄ちゃん、いいの?」
「仕方ない。また稼げばいい」
「あなたたち、兄弟なの?」
アルルが、グスタフに向かって手をかざしている。白くなった指先に徐々に赤みが増していった。
「四兄弟さ」
ハロルドが静かに答えた。
しばらくすると、グスタフは深呼吸をして立ち上がった。状況が飲み込めない顔をしている。
「なんで助ける……?」
アルルは答えず、次に感電したロイ、その次にハロルドの火傷を治していった。
「……もう悪いことはしないで!」
アルルは、腰に手を当てて言い放った。
「いや、無理だ。ずっと俺たちは戦争に負けてから、親がいなくても自分たちで生きてきたんだ」
ハロルドが、散らばった物を拾い集めていた。グスタフ、ロイも拾い始めた。
アルルはおもむろに両手を出した。
『レパラ・アーナ(修復せよ)』
散乱した布、外れていた車輪、金属の棒、割れたガラスなどが、集まり、くっつきながら宙を舞う。
四兄弟は、呆然としながら眺めていた。
『オルディ・アーナ(元の配置に戻れ)』
元の姿に戻った荷物が、ゆっくりと幌馬車に向かっていく。
最後に馬車の幌が綺麗に元の形に覆い被さった。
アルルは、握りしめていた箱をかざして叫んだ。
「元の持ち主に早く返さなきゃ!」
アルルはピーちゃんを胸ポケットに入れて、手を地面にかざした。
地面に大きな緑の魔法陣が広がり、真ん中から《歩ガサス》が姿を現した。
アルルは素早く飛び乗ると、あっという間に駆け飛んでいった。
「なんなんだ? あいつは……」とハロルド。
「かっこいい……」とグスタフ。
「早え!」とロイ。
「……」と無言のルーク。
四兄弟はしばらくの間、アルルの後ろ姿があった場所をじっと見ていた。
◇
アルルが急いでリュネ村方面へ道の上空を飛行していると、遠くからこちらにくる白い点が見えた。
「あ! 村長さんの息子の馬車だ」
《歩ガサス》は翼を広げ、滑空するようにゆっくりと道へ降りていった。
御者も気づいたらしく、荷馬車の速度を落として止まった。
「取り返しましたよー!」
アルルが手を振って声をかけると、幌の中から村長の息子夫婦が顔を出した。
《歩ガサス》の輪郭が薄くなって消えていった。アルルは荷馬車に駆け寄り、村長の息子にお金が入った箱を手渡した。
「これは!! 私たちのです!」
そう言いながら、箱の蓋を開けて中身を確認していた。
「もう……なんて言ったらいいのか……」
村長の息子は顔をくしゃくしゃにして喜んだ。妻も涙を流していた。
「お礼がしたい! 是非、うちに寄ってってくれませんか?」
村長の息子がアルルの手を引っ張って、馬車に乗せようとした。しかし、アルルは優しく振りほどいた。
「私、追われているので長く居られません」
「そうですか……でも、服が血だらけになってしまっているし、着替えた方がいいのでは?」
アルルは自分の姿を見直すと、袖口と裾は泥で汚れ、腕と足が血でまみれ、赤黒く染まっていた。御者の血だ。本人は動けるようになっていて、手綱を握っていた。
「着替えがあるので、どこかで着替えます」
「そうですか……なら……」
村長の息子は、箱の中からお金を取り出してアルルに渡した。
「ほんの気持ちです」
「あっ……」
アルルは所持金のなさに、つい受け取ってしまった。
「ありがとう……すみません」
御者が馬車の席からにこやかに笑う。
「では」
アルルは、お辞儀をして西へ歩き出した。
振り返ると、まだ村長の息子夫婦がこちらをみていた。お辞儀をしている。
アルルは、ふっと笑った。
「ピピ」
ピーちゃんも笑ったように見えた。
(さてと……)
「ピーちゃん。あと何時間飛んだらセレスタに着くだろう?」
「さあ……わからないけど、頑張ったら今日中には着くんじゃないか?」
「そうかな。頑張るか!」
「もう、置いてくなよ!!」
ピーちゃんは羽をバタバタさせた。
「あはは、ごめんごめん」
笑いながら左手を地面に伸ばすと、緑の美しい魔法陣が浮き出て、中から白い羽を生やしたポニー《歩ガサス》が現れた。
「ヒヒーン」
「さあ、行くよ」
慌ててピーちゃんがアルルのポケットに滑り込む。
あっという間に、空の高いところまで駆けて行った。




