第44話 歩ガサスと盗まれた売上金
「アルル、お腹すいた」
リュネ村からセレスタ街に向かう道中、ピーちゃんがアルルの頬をつついた。
「じゃあ、そこの木陰に座って食べようか」
「ピピピ!」
ピーちゃんは先に飛んで、木の根元の岩の上に止まった。
アルルは岩に座ると、まず布袋からイチジクを三つ取り出し、ナイフで開いてピーちゃんにあげた。
ピーちゃんは、ものすごい勢いでつついている。
「美味しい?」
「ピッ」
喋るのももどかしく、頭を動かしていた。
肩からぶら下げた水筒の栓を抜き、水を飲んだ。
「ピーちゃんも水飲む?」
ピーちゃんがアルルの腕に止まる。アルルは手のひらに水を注いだ。美味しそうに水を飲むピーちゃん。
アルルも魚のほぐし身を握り飯に乗せて、パクついた。
(美味しい……)
食べながら目の前の景色を眺めた。
歩いてきた道は舗装されておらず、草が結構生えている道だ。
周りは一面、原っぱが広がっている。その上には、うっすらと青い、雲が一つもない空が広がっている。
ただ、風は髪がたなびく程度に吹いていた。
まっすぐな道がどこまでも伸びている。
追われている身でなければ、のんびりと景色を楽しみながら食事ができただろう。
ピーちゃんは、開いたイチジクを綺麗に平らげて、嘴を広げて数回ゲップしていた。
「そろそろ急いだ方がいいかな……」
アルルが少し不安気に呟いた。
「召喚獣で?」
「うん」
魔王国軍がセレスタで待ち伏せているのかもわからない。しかし、シェンルーに向けて進んでいくしかなかった。
「アルルさ……」
「何?」
「イルカを長時間召喚できただろ?」
「うん。《居ルカ》ね」
「走る動物も召喚できるんじゃないか? 《舵チョウ》だと乗るの疲れるよな」
「あー……確かに」
(普通は馬よね……移動しやすい乗る動物といえば……でも……)
「飛べる方がいいよね?」
「そうだな……でも、こだわらなくていいと思う。飛べる《舵チョウ》いるし」
アルルはしばらく考えた。
周りを見回す。他に誰も居ない。手を伸ばし、魔法陣が現れた。その中心から、白馬が現れた。
しかし、小型で羽が生えていた。
「ポニーのペガサスで、歩ガサスよ!」
「おおー!」
「小さい方が魔力かからないからね」
「いいな!」
「ピーちゃん、ポケットに入っとく?」
「そうだな……付いてくの大変だから、そうする」
アルルは近くのツル植物の葉を取り、ツルでポニーに荷物を結えた。
ピーちゃんは、アルルの胸ポケットに入ると顔だけ出した。
「これはどれくらい召喚できそうなの?」
「多分、《居ルカ》より消費するから飛べて数時間かなあ」
「まあ、人がいないうちに行こう。落ちる前に下に降りるんだぞ!」
「わかってる」
アルルは《歩ガサス》にまたがった。大きな羽を広げながら走っていく。そして、ゆっくりと上昇していった。
眼下の小道が細くなっていく。周りの草原が遠くまで見渡せるようになった。
西の先はまだ草原が広がるばかりだ。後ろの東側には、まだリュネ村が小さく見え、海岸が広がっている。南の岬には白い灯台が見えた。
うっすら青い空に白い天馬、小さいながらも幻想的な雰囲気だった。
——二時間ほど飛んでいると眠気に襲われた。
「フラフラしてる!」
「……ああ、ごめん」
「そろそろ降りようか」
「うん」
一人、旅人が歩いているのをやり過ごし、草むらの中に降りた。
トットットッ。
アルルは、《歩ガサス》の腰の荷物を解いて肩にかけると、すぐに《歩ガサス》をしまった。
その間にピーちゃんは窮屈なポケットからするりと抜け出した。
ピーちゃんは、近くをパタパタ飛んでいた。飛びながら、西の道の方をじっと見ていた。
アルルもそちらを見ると、遠くから荷馬車のようなものが来るのが見えた。
「アルル、様子がおかしいぞ。あの荷馬車」
「どうして?」
「荷馬車が二台並んで止まってて、片方は武器を持った人に囲まれてる」
アルルは、眉間に皺を寄せた。
「……それって、襲われてる?」
「そうかも」
「助けないと!」
「でも、危ない。何人もいる!」
アルルは一瞬躊躇した。
(何人もを相手にするほど、私強くない……。でも……)
「無理しなくていい」
ピーちゃんは、アルルの頬に頭を擦り付けた。
(アルルが一番大事なんだ)
アルルは、肩にかけた袋の紐をぎゅっと引っ張った。
(私が行かなきゃ!)
「待った! 俺の魔力を吸ってくれ! 今ほとんどないだろ!」
アルルは、手をピーちゃんに向けた。青い筋の光がアルルの手のひらに消えていく。
「よし!」
(内心怖い。でも、信じる!)
アルルは手を伸ばした。
『我が召喚獣を召喚させたまえ! 歩ガサス!』
緑色の魔法陣が地面に広がり、小さな白馬が姿を現した。
アルルはその背に飛び乗る。
「行こう!」
《歩ガサス》が砂利道を駆け出した。
荷馬車に着くと、荷馬車を運転する御者が倒れていた。向こう側には急いで立ち去る荷馬車が走っていった。
男性が倒れた御者に声をかけている。そばに立ち尽くした女性がいた。
「大丈夫ですか!?」
アルルは《歩ガサス》から飛び降りた。
「私たちに怪我はない。御者が……斬られた」
肩口が血で染まっている。アルルはそっと服を剥がした。手を添えて唱える。
しばらくの間、アルルは熱心に呟きながら唱えていた。その間も血がどくどくと流れていた。
(深い傷は治るのが遅いわ! ……治って!!)
徐々に噴出していた血が引いていく。アルルの袖とズボンが血に染まっていた。そして完全に流血は止まり、傷口は塞がった。
(とりあえず、応急処置はできた!)
軽くため息をつくと、男性に問いかけた。
「他に被害はありますか?」
「村の……売上金が全部取られた。みんなに何て言えばいいんだ……」
男性は、頭を抱えて地面に膝をついた。
女性がか細い声でアルルに訴えるように言った。
「私たちは、リュネ村の村長の息子と妻です。村の……売上金を全て脅し取られました。助けてください……みんなの生活費なんです」
そう言って女性は泣き出した。
アルルの脳裏には、あの優しげな村の人たちの笑顔が浮かんだ。
「わかりました。……取り返してきます!」
「アルル! そんなこと言っていいのか!?」
アルルの肩の上でピーちゃんが羽根をパタパタさせた。
「アルル!」
ピーちゃんの言葉も聞かず、アルルは《歩ガサス》を召喚した。アルルが跨いで乗ると、短く鳴いた。
「ヒヒン!」
あっという間に上空へと飛び立った。ピーちゃんは、取り残されて、一生懸命追いつこうと後を追った。
《歩ガサス》は、《舵チョウ》よりかなり速い。しかし、なかなか荷馬車が見つからない。アルルはそのまま一本道の上空を進んだ。
(だいぶ離された……。もしかして道沿いじゃなくて別にアジトがある?)
しかし、荷馬車では凸凹した草原を走るのは難しいだろう。
(こんな時、ピーちゃんがいたら……って、置いてきちゃった!)
振り向いて後ろを見たが、ピーちゃんの姿は見えない。
(ああ、どうしよう……でも、ピーちゃん目がいいからわかるでしょ!)
アルルは西へ伸びている道に対して、南と北に波を描くように進んだ。しばらくして南方面へ進んだ時、遠くに荷馬車がゆっくり走っているのを見つけた。往来の寂しい道、きっとあの馬車に違いなかった。
(あれだ!)
すぐに真上についた。まだ気づかれていない。息を吸って深呼吸する。
(近接には足止め、後衛には硬直……)
必死に今まで習ったことを思い出す。
(まず、重くしてから霧を出そう……)
アルルは手を前に出した。そしてつぶやく。
『エラン・ヴァ・ルーナ(生ある者を示せ)』
人の形が四つ浮かんだ。人の配置は覚えた。頭の中で一瞬にして戦闘の段取りを浮かべた。
『グラヴィ・アーナ(重くなれ)』
荷馬車がパタッと止まった。
『ネブラ・ヴェル(霧よ、覆え)』
周りから霧が立ち込め、アルルの方まで霧がかかる。
アルルは、《歩ガサス》に乗ったまま、霧の中へ飛び込んでいった。
【歩ガサス】
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