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癒しの雫  作者: 蒼井みつき
第2章 アルル・ベリファードと古代魔法

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第43話 漁村に残した魔法

 次の日、まだ日が上らない真っ暗な朝。


 ダリオとエラが朝ごはんを食べて支度していると、アルルとピーちゃんが起きてきた。


「まだ寝てていいんだよ。目が覚めちゃったかい?」


 エラがアルルに声をかけた。


「あの……私も船に乗ってもいいですか? 役に立つ魔法を教えたいんです」


 ダリオがご飯を匙で掬う手が止まる。


「いいけど……魔王国に追われてるんじゃないのか?」


「万が一、奴らがきたら、召喚獣で逃げますから、大丈夫です」


「そんな乗り物があるのか」


「アルル、まあ、朝ごはんお食べ」


 エラがご飯をよそってくれた。


「ご飯初めて食べたけど、すごく美味しいですね」


 アルルがそういうと、エラは笑った。


「そう? あたしらはいつも食べてるから……。マハラ島から米が安く入ってくるんだよ」


「そうなんだ」


 ピーちゃんは、眠そうな顔でイチジクをつついている。ミナはまだ夢の中だ。


 そうして、アルルは一緒に漁船に乗って行くことになった。


 海岸へ行くと八メートルほどの小型帆船が何隻も泊まっていた。

その一隻で、男性が漁の準備をしていた。 

 

 ダリオがアルルを見た。


「その鳥も一緒に行くのか? 海は風が強いぞ」


「多分、大丈夫です」


「ピピ!」


「おはよう、マルコ」


「おはよう、ダリオ」


 漁の支度をしていた人が船から降りてきた。


「こいつはマルコ。この船の共同所有者で、漁師仲間」


「アルルです」


「マルコだ。こいつとは、小さい頃からの付き合いだ」


「マルコ、アルルが役に立つ魔法を教えてくれるんだと」


「へえ! そいつは楽しみだ」


 マルコは、漁の網の紐をぐるぐる巻いていた。


「今日は、近場で漁するから」


 見送りに来たエラにダリオが言った。


「あいよ。アルルも気をつけて」


「ありがとう」


 東の空がうっすら白んできた。


 船尾にダリオ、船首にマルコ、真ん中にアルルが乗り、漁船は走り出した。


「行ってくる」


「気をつけて」


 エラが手を振った。ダリオとマルコも手を振り返した。


 沖に行くにつれ、風が少し強くなってきた。


「ここらでいいだろう」

  

 マルコが船首から錨を下ろした。


「見ててください」


 アルルが腕を伸ばした。


『生ある者を示せ』


 アルルの手から青白い光が広がる。海水へと飲み込まれると、くっきりと魚の形が浮かび上がった。


「おい! あれは魚の影か?!」


「そうです」


『生ある者を示せ』


 また青白い丸い光が広がっていく。少し離れたところに、たくさんの魚の影が見えた。


「あそこだ!」


 マルコがその場所を指差すと、急いで錨を上げた。ダリオは静かに船を動かした。


「このまま網を投げよう」


 ダリオは右舷から網を大きく投げた。

 円を描くように広がった網が、海面に落ちていく。

 網の端が沈んでいくのを待ってから、二人は網を引き始めた。 

 

 バシャバシャバシャバシャ!


 網から出れなくなった魚たちが勢いよく跳ねた。


「マルコ!」


「おう!」


 二人は阿吽の呼吸で、重い網をたぐり寄せ、船へと引き上げていった。 


「大漁だ!」


「すげー!」

 

「アルル、また頼む!」


 アルルは微笑んだ。


「いえ、魔法を教えます」


『エラン・ヴァ・ルーナ(生ある者を示せ)』


「エラン……?」


『エラン・ヴァ・ルーナ』


「エラン・ヴァ・ルー……」


『エラン・ヴァ・ルーナ』


『エラン・ヴァ・ルーナ!』 


 ダリオの手から青白い光が広がっていく。魚がくっきりと姿を現した。


「俺もやりたい!」


 マルコも身を乗り出した。


『エラン……ヴァ……ルーナ』  


 マルコの手からも青白い光が広がった。光が消えるまでずっと眺めている。


「これ、どのくらいの深さまで見れるんだ?」


「んー……わかんない」

 

 アルルは、笑った。


「多分、水平に広がる距離と同じくらい?」


「……じゃあ、かなりの深さだな」


 ダリオとマルコは、交互に唱えながら、網を投げていった。船の上が魚だらけになった。飛び跳ねた魚が海に戻っていく。


「あれ? 光が出てこないぞ!」


「……多分魔力が尽きたんだと思う。魔法使いじゃないと魔力はすぐ無くなる」


「まあ、これだけ取れたから良しとしよう」


「エラがなんて言うかな」


 ダリオとマルコは、顔を見合わせると大きな声で笑った。


 それを見ていたアルルも、胸が熱くなった。 


「帰ろう」


 ダリオとマルコは帆を張り直し、帰路に向かった。


 アルルは、山積みされた魚の山から跳ねて逃げないように見張っていた。


 ピーちゃんは、魚の上に飛び乗って魚をつついている。魚が動くとびっくりして、ぴょんと移動した。


 (ピーちゃんも魚食べれたらいいのに……)


 ピーちゃんは、アルルの視線を感じて首を傾げた。


 漁村が遠くに見えてきた。他の船も何艘か戻ってきたのが見えた。


 浜に着くと、エラとミナが待っていた。


「おかえり!」


「おかり!」


 船の上の魚の山を見て、エラは目をまるくした。


「どうしたの?! これ!」


「ははは! 樽たくさん用意してくれ!」


 ダリオは威勢よく頼んだ。


 エラが家に走っていく。アルルも手伝おうと家に向かった。


 ミナを抱いたエラについていくと、家の裏にある倉庫に入った。倉庫の中には大きな樽がたくさんあった。


「手伝ってくれるの? じゃこれお願い」


 アルルは、倉庫の真ん中に歩き、両手を掲げた。


『レヴィ・アーナ(軽くなれ)』


 すると、手から淡い光が倉庫全体に広がった。


「なあに、それ? 綺麗」


 エラが大きな樽を抱えて腰を落として持とうとした。その時、エラは大きく口を開けた。


「わっ! 軽いわ!」


 危うく後ろに倒れそうになっていた。


「軽くする魔法かけたの。しばらくしたら解けるけどね」


 アルルはそう言って笑った。

 

「すごい!」

 

 エラは、アルルが大きな樽をいくつも重ねて軽々抱え、海辺へ歩いていく姿から目が離せなかった。


 手元の樽をじっと見つめる。


 (アルルは、あとどんな魔法を知ってるの?)


 既にエラの目には、アルルはただの少女には見えなくなっていた。

 

 海岸に行くと、人だかりが増えていた。


「すげーな!」


 帰ってきたばかりの漁師仲間が魚の数に圧倒されている。


「樽持ってきたよー!」


 アルルとエラが樽を並べるのを手伝った漁師が、「ひゃあ! 何でこんなに軽いんだ?!」と驚いた。


「樽が軽いのは、アルルの魔法のおかげよ」


 エラがそう言って微笑んだ。


「俺もアルルに魚が見える魔法を教わったんだよ!」


 ダリオが海に走り出した。漁師がついていく。


『エラン・ヴァ・ルーナ!』


「おおーーーっ!! 魚が見えるぞ!」


「俺にも教えろ!」


「俺にも!」


「俺が先だよ」


 アルルとエラは、騒いでいるみんなを笑いながら眺めていた。


「アルル、軽くする魔法なんて言うんだっけ?」


「『レヴィ・アーナ』だよ」


 エラは、船に向かって唱えた。


『レヴィ・アーナ!』


 エラは、船の横を持つと、両手で持ち上げた。


「ふんっ」


 ミシミシという音と共に船が前に傾いていく。


 魚が船首から樽に流れていく。


 ドドド。


 大きな樽五つが魚で満杯になった。エラは海に船を放り投げた。


「……ちょっと重かったな」


 エラが額の汗を手で拭うと、割れんばかりの歓声が起こった。


「すげー! 一人で船を持ち上げたぞ! しかも魚がいっぱい乗ったやつ!」


「これもアルルに軽くする魔法を教わったからなの!」


 みんなの視線が一斉にアルルに集まった。


「それも教えて下さい!」


「『レヴィ・アーナ』、だよ」


 そこかしこで魔法を唱える声が響く。


「あの! 魔王国の攻撃にあうって聞いて……こっちの魔法も教えたいんです」


 アルルはおもむろに右手を天に掲げた。


『ネブラ・ヴェル(霧よ、覆え)』


 すると、地面や海から白い霧が一気に湧き出し、周囲数百メートルがあっという間に霧に包まれた。漁師らは、ただ目の前の様子に声も出せずにいた。


「何も見えねえ!」


「きっと皆さんなら、霧の中でも迷わず逃げられますよね?」


「うん! 漁場はみんなの庭だ。真っ暗でもわかる!」


「……良かった」


『ネブラ・リヴァ(霧よ、晴れろ)』


 アルルが手を横に動かして詠唱すると、一斉に霧が晴れていった。


 ここまで来ると、みんなポカンと口を開けていた。


「アルル……アルル様、それも教えて下さい」


 年配の漁師がアルルの手を取った。


「はい!」


 アルルは、にこやかに答えた。


「ピピ!」


 なぜかピーちゃんが偉そうに胸を張っていた。


「さて、内臓取って下処理しないと!」


 エラは、軽くする魔法を唱えて、樽を倉庫に持っていった。他の漁師も続く。


 アルルは年配の漁師に、霧を出す魔法と晴らす魔法を教えた。 


「ありがとうございます!」


 年配の漁師はお辞儀をすると、倉庫に魚の処理を手伝いに行った。

 そして、浜辺にはアルルとピーちゃんだけになった。


「そろそろ行った方がいいよね? 魔王国の動きがわからないし」


「そうだな……行く時はイチジクいっぱいもらっといてよ」


「わかった」


 アルルは思わず笑った。


「挨拶してから、行く」


「ピピ」


 ピーちゃんは、アルルの肩に止まった。


 倉庫の中と外で、十人ほどの人が魚を捌いていた。


 アルルは、エラに声をかけた。


「エラさん、そろそろ行きます。セレスタはどの方向ですか?」


「えっ! もう行っちまうのかい? セレスタは西だよ……ちょっと待って」


 ミナをおんぶしたエラが倉庫から出てきた。


「渡したいものがあるからさ」


 そうして家の中に入っていくと、しばらくして布に包まれたものと布袋を持ってきて、アルルに渡した。


「これ、にぎり飯と魚のほぐし身。道中で食べな」


「ありがとう」


「それから、着てた服も洗っておいたよ。あと、ポケットにナイフが入ってたよ」


 アルルは革の鞘に収められた小さなナイフを見つめた。マリーにもらったナイフだった。


 (ポケットに入れてたんだった……)


 エラは畳んだ服とナイフをアルルに差し出した。


「エラさん、この服もありがとうございました。返します」


 アルルが服の裾をつまむ。


「何言ってんだい。それはあんたにあげるよ」


「いいんですか?」


「旅をするんだろ? 服はいくらあっても困らないさ」


「……ありがとう。大切にします」


 アルルが布袋の中を見ると、たくさんイチジクが入っていた。


「それはピーちゃんの分」


「ピピピ!」


 ピーちゃんは、アルルの肩の上で羽をばたつかせた。


「本当にありがとうございました」


 アルルはお辞儀をした。


「こっちもだよ。魔法を教えてもらって、みんなすごく喜んでたよ」


「気をつけてな」


 エラはアルルが見えなくなるまで、ずっと手を振っていた。

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