第42話 海辺の出会い
ルーヴェンの南側にある小さな家。
アレン・ドレヴァンは、いつも護衛を頼まれている商会のツテで小さな家を借りられることになり、一人で住んでいた。
今日は休日で、朝から護衛の仕事に行って、昼前に戻ってきたところだった。
昼食の準備をしていると、コンコンと家の扉を叩く音が聞こえた。
(誰だろう?)
扉を開けると、少しやつれた顔の母親のリゼ・ドレヴァンだった。以前は、綺麗に化粧をし、小綺麗な格好をしていたが、今は見る影もなかった。
「アレン……やっと見つけた」
「……母さん」
アレンはリゼを椅子に座らせた。
「今まで、どこに行ってたの?」
「……飲み屋の常連さんの家に居候になってた」
「そうか」
一瞬迷ったが口を開いた。
「母さんが、アルルの家に火をつけたの?」
「違うわ!! ダンテに頼まれたけど、私は断った!」
「……ダンテ?」
リゼは、今までのことを全てアレンに話した。
「お金が尽きたから、俺のところに来たんじゃないのか?」
「……」
リゼは、黙った。
「……私、間違ってた。アルルがそんなにアレンの大事な人と思ってなかった。……ごめんなさい」
昼食を盛り付けようとしていた手が止まる。
「……思ってなかったから、何だよ。アルルが俺にとって大事じゃなかったら、あんなことしてもよかったのかよ」
「……」
「それに、もう酒場でなんて、働くなよ。服とか、宝石にお金をかけるから、酒場で働かなきゃいけなくなるんだろ!」
「……ごめんなさい。苦労かけさせてしまって……」
リゼはハンカチで涙を拭った。
しばらく沈黙が流れた。アレンはリゼの前にパンとスープを置いた。
「……ほんとにわかったのか?」
リゼは何度も頷いた。
「……食えよ。腹空いてんだろ?」
リゼは、『待て』が解除された犬のように勢いよく食べ始めた。
アレンは、ため息をつきながらリゼが食べているのを見ていた。リゼが苦しそうに胸を叩いた。
「ほら水!」
アレンが水の入ったカップを置くと、リゼはゴクゴクと勢いよく飲み干した。
リゼは一息つくと、こう言った。
「魔王国は、アルルの指輪を狙っているらしいわ」
アレンはアルルが左手に指輪をしていたことを思い出した。
(指輪を……? あの指輪は単なる指輪じゃないのか? 魔王国が狙うほどの……)
アレンもようやく昼食を食べ始めた。
◇
「「陸だ!!」」
アルルは西に向かって泳いだ。スピードは自然に速くなっていく。
「ピピピ! ピーーーー! ピピピピ!」
アルルの肩に乗っているピーちゃんが、耳元でずっと鳴いている。
「うるさい! ピーちゃん!」
ピーちゃんは尻尾を落として、シュンとした。それを見てアルルが笑った。
だんだんと陸が近づいてきたが、崖が多く、海岸が見つからない。崖の上には、石造りの高い塔が立っていた。
「もう少し行くと、入江の中に砂浜があるよ」
「……ありがとう」
しばらく行くと、ピーちゃんのいう通り、入江が見えてきた。その奥には砂浜が広がり、小舟が何艘も陸揚げされている。近くには家々が点在し、漁村になっていた。
アルルは、召喚獣を突っ込んで陸にあげた。召喚獣が消えると、白い砂に足を取られ、転んだ。
「大丈夫?」
ピーちゃんが心配そうにした。
「大丈夫」
体を起こして、歩き始めた。
漁村の家々を訪ねて回ると、三軒目で若い女性が出てきた。
「すみません。ここはなんていう場所ですか?」
「あんた誰?」
女性はびしょ濡れのアルルの姿を足から頭まで眺めていた。
「アルル・ベリファードと言います。あの……ここは、どこですか?」
「リュネ村だよ。……セレスタの」
「セレスタ……」
アルルは頭の中で地図を描いた。
ルーヴェンやマルタ港町から西へシルヴァ山脈を越え、さらに西に行くとエルミナ半島がある。そこから海路で南へ行くと大きなセレスタ島があったのを思い出した。
奥から小さな女の子が走ってきて、女性の足にしがみついた。
「この辺に教会か修道院ありますか?」
アルルは女性に尋ねた。休ませてもらえる場所を考えてのことだった。
女性は女の子を抱き抱えた。女の子は恥ずかしがって顔を隠した。
「この村にはない。セレスタに行けばある」
「セレスタまで、どれくらいかかりますか?」
「歩きなら一週間はかかる」
「そうですか……」
アルルは、肩に乗ってるピーちゃんに話しかけた。
「どうする? まだ魔力回復してないよ」
「どこかで休んでいく? でも、また奴らが来るかも……」
ピーちゃんは、頭を振った。すると、女性がまんまるの目をした。女の子がピーちゃんを指差して、「アー」と言った。
「鳥が喋った?!」
「ああ……喋る鳥なんです」
アルルが慌てた。
「あんたら、どこから来たの?」
そう女性が聞くと、女の子は母親の顔とアルルの顔を交互に見た。
(なんて言おう……)
「船から落ちて……ここまで流れ着いたんです……」
「ま……」
女性の顔つきが急に変わった。女性は右手でアルルの肩に触れた。
「こんなに体が冷え切ってるじゃんか。……早くこっちに」
女性は、部屋の中へアルルを引き入れた。そして、家の奥へ連れていった。
女性が引き戸を開けると、板張りの部屋があった。壁際には手桶が置いてある。
女性がお湯の入った、たらいを持ってきた。
「お湯であったまりな。着替えはあたしのだけど、着替えときな。あんたのは洗って干しておくから」
「……ありがとうございます」
「鳥も水浴びするかい?」
女性は、小さなたらいに樽から水を汲んで置いてくれた。アルルには体を拭く布を渡してくれた。
「ピピ!」
ピーちゃんは、気持ちよさそうに水浴びをしている。アルルもお湯で体を拭いた。
お湯の温かみで体だけではなく、心まで温かくなった気がした。
アルルが水浴び場から出ると、女性が夕飯をテーブルに並べていた。
「ちょうどいいサイズだね。……食ってくだろ? 泊まってきな」
「あ……いいんですか?」
「ピピ!」
ピーちゃんが羽をばたつかせた。
「アルル、移動しないと、奴らが来るぞ!」
「訳ありか……。あたしらはなんもしないよ。もし追っ手が来たら、船で逃してやるよ」
「なんでそんなに親切にしてくれるの?」
アルルは髪を布で乾かしながら、テーブルに座った。
「うちら漁師には昔からの言い伝えがあるのさ」
女性は、おんぶしている女の子をあやした。
「船から落ちた人には優しくしろってね。巡り巡って自分たちのためになるんだと」
「いい話ですね」
女性は笑った。
「あ、名乗ってなかった……あたしは、エラ。この子は、ミナだよ」
「改めて……私はアルル・ベリファード。この鳥は、ピーちゃん」
「ピーちゃんか……可愛い名前だな。何食うの?」
「りんごとか、甘い実とか。虫も食べるみたい」
「……贅沢だな」
ピーちゃんは、抗議したそうな顔でエラを見た。
エラは焼いた魚の身を少しだけほぐし、皿の端に置いた。
「ほら。これなら食うかい?」
ピーちゃんが首を傾げる。
「ピピ……」
「食わないのかい?」
アルルが笑った。
「ピーちゃん、魚は食べないよ」
「そうかい。じゃあ贅沢鳥だね」
「ピピピ!」
「……近所にイチジクが確かなってたわ。取ってくるから待ってな」
エラが出て行ったその時、玄関の扉が開いた。
「ただいまー」
男性が入ってきた。エラの旦那だろう。
「……誰? エラは?」
「今イチジク取りに行ってくれてます。私はアルル・ベリファードって言います。船から落ちて、流れ着いて、エラさんにお世話になってます」
「そうかい。大変だったねえ。ゆっくりしてきな」
男性は、水浴び場に入って行った。
エラが裏口から帰ってきた。両手にはたくさんのイチジクを抱えている。
「ピピピピッ!」
ピーちゃんは嬉しそうに羽ばたいて、エラの周りを飛んだ。
(すごくお腹空いてたんだな……ピーちゃん)
エラは水浴び場の男性に声をかけていた。
「あの人、ダリオ。あたしの亭主さ。……働き者でさ」
エラは少し照れたように笑うと、キッチンの方へ向かった。
ダリオが戻ってきた。
「うちの女房は、料理がうまいんだぞ! いっぱい食ってけ」
「やめてよ! 恥ずかしい」
エラの膝の上でミナが焼き魚を食べている。エラが骨を取ってあげたものだ。
「いただきます!」
アルルは、焼き魚をおかずに、ご飯をかき込んだ。
(すごく美味しい!!)
アルルもお腹が空いていた。ピーちゃんは、イチジクをすごい速さでついばんでいる。
ダリオは木の杯に入った麦酒を一口飲んだ。
「はぁ……うまい」
ダリオは一息つくと、アルルに聞いた。
「あんた、どこに行こうとしてたんだい?」
アルルは頬にご飯粒をつけながら答えた。
「シェンルーです」
「シェンルーって……シュミジャール?!」
「そうです」
「てことは、定期船かい?」
「はい」
「そこから落ちてよくここまで来れたよ。ほんと……奇跡だね」
エラの言葉に、アルルは心の中でつぶやいた。
(奇跡……。確かにそうかもしれない。何度、もうダメかと思ったか……)
「ピーちゃんが言ってた奴らって……もしかして魔王国の奴らのこと?」
エラがミナに食べさせている合間に、ご飯をパクついた。
ピーちゃんの食べる動きが止まった。
「……うん、そうなんだ」
「あたしらも魔王国にやられてるからね。なあ、あんた」
「ああ、魔王国は漁船ですら目障りらしい。攻撃することもある。船を沈められた仲間もいた。……助からなかった仲間もいた」
アルルは、肩に力が入る。
「私の両親は、魔王国との戦争で亡くなりました」
「そうだったのか……それは辛い……」
「悪いことを聞いちゃったな」
アルルは首を振った。
「いえ、私は……いつか、平和な世の中にしたいと思っています」
エラとダリオは、アルルの決意の目に感嘆した。
「こんなに若いのに……」
「……でもどうやって? 魔王国は強くて、とてつもなく大きいぞ」
「私は古代魔法が使えます。みんなに教えたいんです。それで、みんなで魔王国を倒したいんです」
二人はしばらく黙った。二人の目には、冗談のような話をする少女に驚いたものの、希望の光が瞬いていた。
「それは本気?」
「はい」
「うーん……でも、にわかには信じがたいな」
ダリオはそう言って笑った。
アルルは、静かに話し始めた。
「明日……お礼に使える魔法を教えます。それと……古代魔法を紹介します」
アルルの真剣な眼差しに、エラとダリオはアルルの顔をずっと見つめていた。




