第5話 家を守る魔法
グレンとアルルは森に入って行く。リュカは罠を設置した。横に張った線に触れると、輪っかが萎み、足を瞬時に巻き取る。木の幹に固定した。両足に巻かれれば、すぐ動けなくなるはずだ。
矢を近くに立てて、リュカは少し離れたところに隠れた。
グレンとアルルは、森の中から胞子鹿の様子を窺う。
胞子鹿は、草原の草を食べては、たまに顔を上げて周囲を警戒している。
グレンが行くぞと合図した。
「うおーーー!!」
グレンとアルルが森から飛び出すと、鹿は驚いて反対側に逃げた。
追った場所が罠から少し外れてしまった。胞子鹿は森へと走る。アルルが魔法を唱えた。
「跳ねよ!」
鹿は自分の意思とは別に、垂直にぴょんぴょん跳ねた。
「「おおーーっ!?」」
グレンとリュカが驚きの声を上げた。
グレンは鹿に近寄る。リュカが叫んだ。
「混乱に気をつけて!」
胞子鹿が跳ねる周りには胞子が舞っていた。
リュカは、溜め撃ちで狙っている。
アルルは、状態異常解除の準備をする。グレンが胞子を吸ったのかアルルの方に走ってきた。
「清めよ!」
グレンの体を螺旋に回るようにキラキラした光に包まれた。グレンが立ち止まる。
「あぶねえ! アルルを攻撃するところだった」
グレンは踵を返して胞子鹿のところに戻る時、リュカの矢が唸ってものすごい勢いで鹿に刺さった。
シャーーッ! ドスッ!!
胸から血を流し、立派なツノを向けて、胞子鹿はこっちに向かってきた。
「止めるぜ!」
グレンが飛び上がり、胞子鹿の首に剣を突き刺した。グレンは息を止めていた。
(息しなきゃいいんだろ!)
そのまま胞子鹿の背に乗り、剣を抜いてまた刺した。
胞子鹿は、前足を高く上げると、アルルに向かってきた。
「やばい……」
アルルは、グレンが胞子鹿の背中に乗っていることを忘れ、叫んだ。
「跳ねよ!」
胞子鹿が激しく跳ねると、グレンは地面に叩きつけられた。
ドッ。
「いてっ!」
リュカは今度は連射弓で跳ねる胞子鹿を撃った。
ピッ! シュッ! ピッ! シュッ! ピッ! シュッ!
リュカの元にグレンが駆け寄る。
「息止めりゃなんてことねえ。跳んでるうちに罠嵌められるか?」
「やってみる」
胞子鹿は、跳ねるのをやめ、首をふっている。
アルルが叫んだ。
「跳ねよ!」
リュカは緑の粉を浴びながら、胞子鹿の下に罠を敷いた。
リュカは弓を撃ち続ける。
胞子鹿は跳ねるのをやめ、こちらにゆっくり歩き始めた瞬間、罠の蔓が引き締まり、前脚二本が巻き取られ歩けなくなった。
ドスン。
胞子鹿は倒れた。
すかさず、グレンが剣を急所に刺して息の根を止めた。
すると、緑の蛍光色の模様が入った体は、だんだん灰色になっていった。
リュカが、瓶を取り出し胞子を採取する。その後、ナイフでツノに切れ目を入れ、体重をかけてツノを折った。
「ツノも使えるの?」
「うん。このツノには、状態異常にかかりにくい成分が入ってるらしい」
「へえ!」
「アルルもいる?」
「私はすぐ無くしちゃうからいいや」
リュカは、しばらく考えた後、「もう少し貰っていこう」と言ってツノを採取している。
「なあ、こいつ食べたらうまいのか?」
リュカが、ナイフを動かしながら、「美味いらしいよ」と言うと、グレンが「肉持って帰ろう」と言う。
「私も!」と、アルル。
「持って帰るなら、練習ここまでになるよ」
「まあ……いいんじゃないか? 昨日頑張ったし」
グレンの言い訳じみた言い方にみんなが笑った。
この村……このオラン大陸は、魔王との対戦で親を失った子も多い。みな質素な生活をしていた。
「しかし、アルルの魔法には驚いたな」
「だねえ」
「そう?」
アルルはドヤ顔をした。
「鹿から落とされたけどな!」
「あー、それはごめんて」
リュカが笑った。
「次の練習は来週か――」
グレンが呟いた。
「お休みの日も練習しちゃう?」
アルルが目を輝かせた。
「アルルは疲れないの?」
リュカが心配そうにする。
「んー、まあ、少し」
「無理にやると後で響くよ」
「俺は少し休みたいな。勉強もしたいし」
アルルは、グレンの口から《勉強》と言う言葉が出てきたことに驚いた。
「親父に一歩でも近づきたいんだ」
「グレンの父親は騎士団の団長だったもんね」
「そうなの!?」
「ああ、戦争で死んだけどな。回復魔法師のせいで……」
アルルは、いけないことを聞いてしまった気がした。
「お父さん目指して頑張るのっていいね。私もお母さんが回復魔法師だったから、目指してるよ」
アルルはそう言って左の薬指の指輪を二人に見せた。
「これお母さんの形見なんだ。癒しの雫」
「綺麗だね」
リュカが優しく言った。
「ありがとう」
「どんな効果があるんだ?」
グレンがぶっきらぼうに聞いた。
「回復量がすごく増えるの。いつも発動するわけじゃないけどね」
「それはいいな」
「でしょ」
「俺の命はアルルに預けた!」
「そんな……。まあ、頑張る」
リュカがアルルに囁く。
「ああ見えても、君のことすごく気遣ってるよ」
「へえ」
アルルは、この二人ならなんとかやっていけそうな気がした。
◇
「ただいま!」
アルルが家に帰ると、家の中が荒らされていた。家具は倒れ、薬草や道具が散乱し、瓶が割れている。
「おばあちゃん!?」
胸騒ぎを覚えながら、アルルは部屋へ飛び込む。
ベッドにはドリフィーが倒れ込むように横たわっていた。
呼びかけても、返事はない。
「おばあちゃん!」
(……どうしよう!)
ドリフィーの口元へ耳を近づけた。
(……息はある)
「汝を癒やせよ!」
回復魔法を使ったが、変化がない。
(なんで? 別の病気?)
「癒やせよ! ダメだ……」
ドリフィーは変わらず青い顔をしている。
左手の指輪に右手を当てて、集中した。
――おばあちゃん、助かって!!
『汝よ、元の姿に戻らせたまえ!』
アルルの口から古代ルーン語が飛び出した。
「ゲホッ」
ドリフィーが咳き込んだ。
「ハァハァ……」
「おばあちゃん、大丈夫?」
ドリフィーは、仰向けになり、枕に頭を置いた。
「アルルかい……」
「アルルだよ」
アルルは、ドリフィーの右手を掴んだ。
「お前一人かい?」
「そうだよ」
「ならよかった。魔王の使いが来てね……指輪があるはずだと探し回ってた。渡したら……ダメだよ」
「おばあちゃん……汝を癒やせよ!」
ドリフィーの顔色が良くなった。ドリフィーはベッドの上で起き上がった。
「はぁ、楽になった。ありがとう」
「よかっ……た」
アルルは、思わずほろほろと涙をこぼした。
「私は『指輪なんてない』と言っといたけど、また来るかもしれない。用心しておくれ」
「わかった。おばあちゃんはゆっくり休んで」
(おばあちゃんがやられるくらいなら、指輪渡していい)
「いや、結界魔法張っておくよ。外から来てこの家が見えないように。あと、誰か来たらすぐわかるように……。ちょっと手伝ってくれない?」
「うん。何したらいい?」
「手を繋いで」
二人は手を繋ぎ、魔力を増幅させる。
「天井の四隅に『隠せよ』、と古代語を書く」
ドリフィーが、天井の隅に文字を書くと光が宿る。アルルも真似してやってみた。同じような光が宿った。
もう二隅も結界を張り、最後に床と天井にも光を宿す。
ドリフィーが『知らせよ』といって、天井から床に腕を下ろすと、床に魔法陣が広がった。
「これで一安心かな」
「学校は大丈夫と思うけど、家と登下校は気をつけたほうがいいわね」
「そうだ……これ……」
アルルは今日仕留めた胞子鹿の話をした。
「ご馳走じゃない! 美味しいスープ作るわ」
「手伝うよ」
アルルはやっと日常が戻り、安心した。




